あと1日、しんどいが成長の一歩

こんばんは。今日もおつかれさまです。


あと一日って思ったら普段は喜びの感情が生まれるのに今日はしんどい。


なぜか今日が金曜日の感覚だったから

明日もあるのか…って。



でもこの嫌な一歩を乗り越えたら私少し成長してるじゃんと思える気がする。


今でも覚えてる中学時代の部活の話。

中学一年生、

当時流されるまま入部したソフトテニス部に所属していた私は走るのが嫌いだった。

なぜなら足が遅いから


先輩どころか同学年の誰よりも遅く、

自分が走り切って座り込む時には皆の汗は乾き

別の話題に切り替わっている頃だった。



付き添って背中をさすって走ってくれた先輩がいたのは今でも覚えているし、忘れるわけがない。

何か声をかけてくれたような気もしたが、

走ることに必死だったので何も覚えていない。


そんなある日、
「明日は5km走やるぞー。」と、顧問が言った。



皆嫌がっていたが、私は多分比べ物にならないくらい嫌だった。




皆は嫌と言いつつも、どうせ下には私がいるから走るのがそんなに嫌いじゃないんだと思っていた。


でも結構嫌がっていたので一人くらい休むだろうと思っていた。



休んだのは自分だけだった。


しかも翌日、昨日の5km走どうだった?と聞いたら

「あーあれね。やらなかったよ!普通に練習試合で終わった!」って

なんだか自分が逃げたのを見透かされたような気がした。


誰にも責められていないけれど

私 VS   顧問+その他

みたいな構成になっている気がした。


急に恥ずかしくなったような感情が生まれた。



それからの私は、あまり部活やスピーチなど

嫌なことがある日でも休まなくなった。



それは社会人になった今でも続いている。

あの時遅いながらも日々全力疾走していた私は、
中学2年、3年と学年が上がるにつれ足が速くなり

いつのまにか当時の30人くらいの部員の中で二番目にゴールする足が速い人ポジになっていた。





顧問や同じ部活の人達に

"嫌なことから逃げる奴"

と思われたことが、少し恥ずかしくて

悔しかったんだ。



あの日休んだことを後悔はしていない。


何故なら自分が少し成長できた気がしたから。



嫌なことからは、逃げていいのかもしれない。


けれど、

やってみなきゃ分からない。



この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし、踏み出せばその一歩が道となる、迷わずゆけよ、ゆけばわかるさ。

一休 宗純 Sojun Ikkyuu

室町時代の禅僧 臨済宗大徳寺派 1394~1481


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