キャッシュバックと生保レディ

 会社で昼食を食べ終えた私が午後の仕事に備えて机で寝ていると、不意に肩を叩かれた。

「○○さん○○さん!」

 顔を上げると50代後半くらいの保険外交員が立っていた。いわゆる生保レディだ。

生「保険料がお安くなるプラン作ったんだけど見てもらっていい?」

 いや。待って欲しい。亜高速でそちらの用件に移行する前に、まずマイマインドに折り合いを付けさせていただきたい。

 まずはありがたい。決して裕福ではない我が家にとって、お安いプランの提案は非常に魅力的だ。
 そして保険外交員の営業時間がお昼休みである事も承知している。だからこの時間の来訪には何ら不満はない。

 しかしわたしは寝ていた。平井堅を凌ぐ勢いで瞳を閉じていたんだ。なのになぜ肩を叩く? つつくだろ普通。寝ている誰かを起こそうとするならば、肩か二の腕のいずれかを人差し指でツンツンと優しくつつくのが世間一般の相場だ。

生「いい? ちょっとプラン見てもらっていい?」

 だからイヤだ。良くない。わたしは眠いんだ。昨夜はゲームに夢中になりすぎて1時間30分しか眠れていないんだよ。あなたの説明を聞いていたら貴重なお昼休みが終わってしまう。

生「キャッシュバックあるから!」

私「え?」

生「いまプラン変更してくれるとキャッシュバックあるから!」

私「いやでも、変更するにも内容を確認してみないと……」

生「だからいま私が説明するから!」

私「……」

生「キャッシュバックあるから!」

 この野郎。なぜこの空気が読めない。シドニィ・シェルダンが書いたのかと思うほどに読みやすい空気だぞ。悪いけど今はあなたの話は聞きたくないんだよ。お昼休みが終わってしまうから。あなたは俺に午後の仕事を白目むいてこなせと言うつもりか?

 だいたいあなたが俺のところに来るのはいつぶりか。ちょうど一年前くらいだろ。ロードかお前は。これは何章目のロードであと何章続くのかA4用紙1枚にまとめて明日までに提出しろ。もちろん紙ベースで。言うまでもないが白黒だぞ。カラー印刷は菊池風磨が許さないからな。

 あと声が大きい。あなたのそのキャッシュバック連呼は周囲にも聴こえているんだぞ。このタイミングで「プラン変更します」とでも言おうものなら、「あいつキャッシュバックに釣られてプラン変更しやがったぜ」ってなるんだよ。

 そうしたらどうなる? 何がじゃないよ俺の今後のあだ名だよ。鼻血を出しただけで翌日から『鼻血男爵」の異名を頂戴した俺だぞ。ほぼ間違いなく『キャッシュバック伯爵』に決定だ。男爵から伯爵に爵位が上がって良かったねってうるさいよ。そこまでいったら公爵を目指そうかじゃないんだよ。公爵だぞ。デュークだよ。デュークいいね。悪くない。悪くはないけれどあふれ出る更家感に多少の戸惑いを覚える夏の終わり。

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