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青木優・小山龍介対談|コロナ後のインバウンド ー「新しい日常」への対策と飛躍のヒント

海外からのインバウンド観光客が絶大な信頼を寄せるウェブメディ「MATCHA」を立ち上げた青木さんに伺いたいのは、ズバリ、コロナ後のインバウンドです。

4・5月は海外からの観光客がほぼゼロとなり、緊急事態宣言が解除されたあともしばらくは大きな影響が残るであろうと言われている海外観光客向けの観光事業。当面は、まずなんとかこの状況を生き延びる必要がありますが、一方で「コロナ後」の対策も着々と進めておく必要があるでしょう。

それぞれの業界でコロナ対策のガイドラインも発表されています。「新しい生活様式」(厚生省)とか「新しい日常」(東京都)と呼ばれるライフスタイルが普及し、これからの旅行もかたちを変えてしまうでしょう。一体どんな対策をし、コロナ後にどんな飛躍を準備すればいいのか。青木さんと議論していこうと思っています。(小山龍介)

コロナのインパクトと早期回復の声

小山龍介(以下、小山) 青木さんには、私が日本遺産のプロデューサーとして文化庁のお仕事をしているところで、いろいろお手伝いいただきました。

日本遺産は、今年合計100個認定したあとにオリンピックを迎え、観戦に来たインバウンドのお客さんに各地域もめぐってもらおうという段取りだったのです。それが、コロナの件で大きく崩れますね。

インバウンド観光は、飛行機が飛ばないのでほとんどゼロという感じで、旅館の中には廃業するところもたくさん出てきています。先が見通せない中で、青木さんには、コロナ後のインバウンドの回復やチャンスについて、もしくは今までと違う考え方をしないといけないのか、その辺りをぜひ伺っていきたいと思います。

コロナによって、インバウンド系はどれぐらいのインパクトがあったのですか。

青木優(以下、青木) 実際に4月は99%減という話がありました。もともと3月、4月は桜のシーズンなので、旅行者が年間を通じてトップクラスに多い。そこ(極端な言い方ですが)ゼロになったので、インバウンド向けの事業の準備をしていた事業者の方は大きなインパクトを受けています。

うちのメディアも、今年1月の時点では全世界で330万人ぐらいの人に使っていただいていたのが100万人ぐらいまで落ちてしまい7割減という状況です。

小山 開店休業状態ですよね。旅館にしても、借り入れをして固定費をなんとか捻出しながら、時期を待っているのですが、回復はいつ頃するものなんですかね。

青木 タイやオーストラリアといった3~4カ国ぐらいが、早期に回復していこうという声を出しています。台湾は、10月から国際観光を戻していこうという声を国として出しているんです。

声とともにうちのトラフィックもちょっと上がったりして、「また日本に行こうかな」みたいなところがありますが、一般的には1年~1年半かかると言われています。ですから、来年の5月かもしれないですし、もしかしたらオリンピックを過ぎた10月かもしれない。

ウイルスがどういった状況なのか、新しく病気を防ぐ薬やワクチンが出るかどうか、そこに正直寄っていくなというのがありますね。

コロナ収束の1年半後までに何をすべきか

小山 この1年半の間に、どういうふうに過ごしていけばいいのでしょうか。

青木 インバウンドが戻るまでの3段階のシナリオがあります。まずは国内観光が戻る。今、マイクロツーリズム(=小さな旅行)という言葉を、星野リゾートの星野さんがおっしゃっていますが、近隣だったり地域らしさだったり、あとは安心を意識しながらの観光が戻ってきて、だんだん県外を越えた観光が戻ってきます。

そして次には、国として安心安全宣言を世界に出していく。「日本はコロナクリーンになりました。これで大丈夫です」。東日本大震災のときも、実は政府として100億ぐらいの予算を使って、日本は今大丈夫ですよというプロモーションを出したんです。それを、今回もやるだろうと言われています。

そこからようやく、コロナが大丈夫な国からまた観光が戻ってくるという順番なので、インバウンドは最後なんですね。

まず今フォーカスすべきは、国内観光を大事にすることです。その上でキーになってくるのは、安心安全というところですね。旅行はやはり行きたい、外でいい体験をしたい。ただ、感染のリスクがあるために、どれだけいい風景やいい旅館だとしても、なかなか行きにくい。

うちの会社は「ソーシャル・ディスタンス・トラベル」という話をしているのですが、うちは、こういうマニュアルを持って対応していますよというのを前提としながら、情報発信したり受け入れていく。何かあったときにすぐ対応できるオペレーションを組んでいく。そういったことを、インバウンドが戻るまでかなり意識しなければいけません。

この夏のマイクロツーリズムを獲得する

小山 直近で言うと、夏休みにマイクロツーリズムをきちっと取っていくというのが、まず最初のステップだと思うんです。

そのときに熱を測ったり、いわゆるバイキング方式はやめたりとガイドラインに沿ってやる。一方で、たとえば京都の清水寺に行くという選択肢が、この夏の段階ではまだないんだと思うんです。みんな、すごく混雑するところに行きたいと思わない。

そうすると逆に、今まであまり脚光を浴びず人がいかなかった秘境が、ソーシャルディスタンシングを自然の中で確保できるマイクロツーリズムとして、魅力を打ち出すチャンスですよね。それを夏休みの子ども向け家族向けに打ち出す。1年間家に閉じこもって何の思い出もないというのは、寂しいじゃないですか。

二週間ぐらいの夏休みですが、そこでどうPRしていくかというと、秘境がむしろ安心安全ですよということを積極的に打ち出していく。

青木 まさにそう思いますね。むしろチャンスだと思います。新潟・佐渡ヶ島は自然豊かな場所で、新潟から1時間ぐらいで行けるという安心安全を第一義としながら、より純粋な日本を楽しめる島ですよというのを今アピールしているんです。すごくいい試みだと思いますし、家族と共に旅行に行くことは間違いなく増えると思います。

小山 そこにプラスαをすると、今までの旅行は、初日はここ2日目はここ、3日目はここと移動しながら旅行していたのが、移動すればするほどコロナの危険性もある。同じ場所に長期滞在するというメニューのほうが、いいと思うんですよね。

そのときに、じゃあ佐渡ヶ島でたとえば4泊5日のいろいろな体験というのを、どうコーディネートできるか。本来的に、インバウンドは長期滞在型だと言われてきましたよね。マイクロツーリズムだけれども長期滞在型というプログラムが、1年半後のインバウンドの回復時期への前向きな準備として活きてくるんじゃないかと思うんです。

体験学習型旅行のポイント

青木 そう思います。今までの旅館は、団体旅行や修学旅行をメインにしていると基本1泊2日で、2泊以上泊まるともう違うメニューはなかったりします。そこが、今後どんどん個人旅行を受け入れていく。

コロナの間にちゃんと地域の掘り起こしをして、長期滞在できる体験学習型のプログラムを企画する。体験だけでなく学習の要素も入りながら、その人の人生につながるような旅のプランをつくっていくところが、これから絶対増えていくと思います。

小山 学習の要素というのは、具体的にはどんなことが学べるのですか。

青木 例としておもしろいのは2個あります。ひとつは佐賀の有田市で「アーティスト・イン・レジデンス」のような場所をつくっていて、香港のアーティストが有田焼の蔵を貸して自由に使っていいですよということをやっています。

また、宿泊施設も1カ月分お貸ししますみたいな形で、そこに泊まりながら有田焼を学べるという学習型プランを、3年前ぐらいからのSAGAナイトで佐賀の幸楽窯さんがされています。

ふたつ目の香川の三豊市の「うどんハウス」では、ただうどん体験をするだけではないんです。「そもそも、うどんは塩と水と小麦からできています、小麦は香川さんのものとオーストラリア産のものをブレンドして出しています、だしはこの4つを組み合わせるとこうやって味が変わります」というところからやるのです。それからようやく、うどんをつくって食べて、間に島めぐりをしてというプランを提供しています。

ただの体験ではなく背景を聞くと、人に語りたくなるんですね。そういう旅の提供の仕方が、多分コロナ後の観光プランを磨いていくポイントではないかと考えています。

小山 今までのたとえばそば打ち体験などで、食べる時間も含めて2時間みたいなものよりも、長い時間をかけてプログラムを組むほうが、実はお客さんにとってもすごく納得度や満足度が高い。長期滞在型では、従来のツアーの「時間効率」という考え方じゃない考え方になっていくんでしょうね。

生活をアップデートする旅行

青木 そば打ちだとしたら、今パッと思いつきですが、そばはやはり水が大事なので水から取りに行くなど、できることはたくさんあると思うんですよね。その一連のプロセスに2日なり3日なりかけて、そばをつくっている人の話を聞いたりという旅行。家に帰ったときに、その人のライフスタイルの中にお皿だったり食事だったりが染み渡るというか、そういう提供の仕方に移っていくんじゃないかと思います。

小山 それで言うと、今回マスクがなくなって、みんな手づくりをし始めた。今回のコロナでは、すごくおもしろいなと思ったいろいろな現象がありました。そのひとつは、みんなが自分でつくれるものを自分でつくることに目覚めたということです。

ですから、そばは麺打ちからとかパンは自分でベーカリーで焼くとか、食事もすごくていねいになった。在宅勤務で家にいる時間が長くなったので、それだけ準備もできるようになったんですね。

この流れの中で、学びのテーマはやはり「生活を豊かにする」ということだと思うんですね。バブル期の豊かさではなく、自分で納得がいって制作プロセスもわかるものをつくり出して、おいしくいただくとか器を楽しむ。そういう、旅行に行った後の生活がすごく豊かになるというのがひとつ重要だなという感じがします。

青木 たしかに、間違いなくそうですね。明らかに、この間自分がつくった料理をきれいな器に乗せて撮る人が増えています。また、毎日外食だった人が、今外食は週イチですみたいなことをFacebookで投稿している。

多分そういう自分の住む場所や住み方に重きを置いてきているのがこの時期かなと思うと、旅行の体験もそこに関わるかどうかというところです。そこに旅行に行ったから自分の生活がこうアップデートされましたみたいな話は、多分旅行者が無意識に求めるポイントになりますよね。

小山 たとえば九州の大川市という家具で有名な町がありますが、そこに自分の一生モノの椅子を作りに行こうとかね。

青木 それはいいですね。

小山 そういうのがあると、風光明媚(ふうこうめいび)な風景以外が目的で旅行が生まれます。

日常をアップデートする旅行

青木 僕は福井の鯖江の眼鏡をずっと使っているので、一回そこに行きたいなと思って行ってみたら、「あなたの生活・ライフスタイルを豊かにする眼鏡をつくります」という売り方をしている眼鏡屋さんは1軒もありませんでした。

でも、中国でも眼鏡に「JAPAN」や「鯖江」とあるだけで、価格が全然変わったり意識が変わるらしいんです。そういうすごく強いブランドなので1個いっこの眼鏡は素晴らしいのですが、実際に鯖江に行ってみるとメッセージと共に眼鏡が届いていない感じがしました。

僕は、そこがすごくもったいないというか、むしろそこはすごい伸びしろだと思います。今小山さんのお話を聞いて、そういう部分を訴えかけていくのが必要なんじゃないかと思い出しました。

小山 今までは、旅行というと「非日常」というキーワードだったと思うんです。ところが、「新しい日常」というか「日常のアップデートができる」旅行が、われわれの新しい旅行概念として出てくるのかなと思います。

青木 それはおもしろいですね。

小山 そこまでそこにフォーカスした旅行商品というのは、なかったですよね。やはり風光明媚な風景がパンフレットの表にどーんと出ている。温泉にしたって、非日常の経験ができますよということです。

青木 そこは日本人だろうが海外の人だろうが、僕は一緒だと思うんです。日本の方にすごく刺さったものであれば、伝え方を間違えなければ海外の人にも絶対届いてくれる。ですから、国内観光が戻り始めてきたタイミングで、これからの旅は非日常ではなくて日常をアップデートするものになりますというふうに出していったら、けっこう売れる感じはありますね。

日常をアップデートするポイントは「朝食」

青木 自分の生活や価値観をアップデートするためという意識で旅行をしている人は、あまりいなかった気がするんですよね。でも、そこは多分これから求められるポイントになっていく。

小山 日常をアップデートするポイントは、「朝食」だと思うんですよね。というのは、在宅勤務で何がいいかというと、通勤時間がないからゆっくり朝食を食べられる。朝ごはんがしっかりしていると、幸福感があるじゃないですか。

旅館がいちばん気を抜いてしまう料理は朝食なんですよね。夕食は豪華なんだけれども、朝は目玉焼きとかシャケとかが出てきて、せっかくの朝がちょっとがっかりみたいなことが多い。

気の利いたところは、ちょっといい朝食を出していると思うのです。そういった意味で、旅行先の朝のデザインみたいなものが、日常をアップデートするのにポイントになりそうだという気がしました。

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