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SF小説「ジャングル・ニップス」第1章、5・6


ジャングル・ニップス 第一章 集合

エピソード・5  ハイヤー・グラウンド

「あれエースケだね。」

ヤスオさんも気づいたようだ。

唄が聞こえる。

クルマが近づいてきた。ハイヤー・グラウンドだ。懐かしいコーラスが店の裏を通り過ぎた。

スティービー・ワンダーの名曲を、メジャー・デビューしたばかりの頃のレッチリがカヴァーしたあの曲は、エースケさんにピッタリだとショーネンは思った。

四つ角の信号が変わると、業務用ハッチバック・プロボックスバンが、駐車場全体を舐めるようにカーブを描き、二人の前に滑り込んできた。

いつもながらの近所迷惑なボリューム設定をしている。

エースケさんが音楽を消す。何をしようとしたのかワイパーを2・3回往復させてから、エンジンを止めた。

まだ朝6時すぎだ。数カ所でカラスがカーカーと鳴いている。

窓をおろして、サングラスをかけた初老のオトコが顔を出し、二人に手をあげて挨拶をした。

「オッツー」

「エースケ遅いよ、ショーネン氏がオメエを呪詛して叩き起こそうとしてたぞ。」

ヤスオさんが顔に似合わない太い声でまくし立てた。

「マジか?そりゃやばかった、ニット帽被ってこなかったから、あやうく事故るとこだったじゃんよ。」

サングラスをはずしてエースケさんが驚いたふりをしている。

「オレが止めなかったら、あの電波塔介して、ピンポイントでスピーカー破壊してたとこだ、馬鹿野郎。ちゃんとショーネン氏に謝れ。」

「チューっす。ショーネン。オイラが悪かった。」

ショーネンが片手を上げてコクリと会釈をする。それを観て二人が少し笑った。

あのBGM、良かったですと、ショーネンが言おうとしたその時、ふわりと漆黒のカラスが道路向こうの電信柱に舞い降りたのが見えた。

「エースケ、オマエ、コーヒー買ってきな。マチコさんがオレに話があるらしい。」

エースケさんはヤスオさんの目線の方を振り返り、ああと言うように頷くと、クルマから出て体を伸ばした。

ヤスオさんが電信柱に向かって歩いていく。

「ウンコしてくる。ショーネンも一緒に来いよ。」

カーゴパンツの半ズボンにダンガリーシャツ。白髪のロン毛を後ろで束ねたエースケさんは、初老に見えるがまだ60になっていない。ヤスオさんとは同級生の幼馴染だ。

痩せたふくらはぎが真っ白で眩しい。

「なんだよ、オレの足、そんなに色っぽいか?」

エースケさんに顕在想念を読まれたが、ショーネンは悪びれず頷いた。

「なんか少女の膝の裏みたいですよ、エースケさん。」

「心にもねえこと言うんじゃねえよ。」

エースケが気分良さそうにおどけてみせる。


ジャングル・ニップス 第一章 集合

エピソード6  アメリカン・ニューシネマ

「鼻血出てるぞ。」

「えっ?」

ショーネンが慌てて鼻をこする。

「なわけねえだろ。」

エースケさんが真顔になっている。

「ヤスオが気づかなくて良かったな。オメ、朝っぱらから無実のジジイに何してんだよ。千葉中のバンパイヤに地元がどこか教える気かよ。千葉のラウンドテーブルがどうなってるか聞いてんだろ?マチコさん多分そのことでアイツをよこしたはずだから、オメ、あんなことばっかしてたら、愛しのヤスオさんに嫌われちゃうぞ、嫌われたらオレとももう遊べなくなんだぞ、だから、泣くなよ、ほら、そんな顔して泣くなって。ごめん泣かないでくれよ、おねがい。」

泣くなと言いながら、シミーズ姿の色っぽい熟女バンパイヤが木魚を叩く映像を脳裏に点滅され、ショーネンは耐えきれず爆笑してしまった。

「ハイヤー・グラウンドってあれ、スティービー、輪廻転生を歌ったんですよね?」

笑いが収まりやっと質問することが出来た。

「ここの店員、オレスキなんだよな。アイツ何か絶対持ってるだろショーネン。」

質問を無視し、エースケはショーネンの肩に手を置きローソンのドアの前で立ち止まった。

「いえ、あのオトコは、魔導には目覚めそうにないと思います。」

「魔導ってオメ、また失礼な野郎だな、江戸時代のお侍さんかよ。」

「エースケさん、たぶんそれ陰間です。」

エースケさんもあの店員を知っているようだ。

「馬鹿野郎、陰間っつったら、オトコの娼婦だろうがこの野郎。オカマは皆チキンボーイなんてオメ、アメリカンニューシネマの観過ぎか、こらっ、マジシャンって言いやがれこの野郎、朝っぱらから、魔導が淫魔で陰間のキャバクラなんて、くだらねえこと言わすな馬鹿野郎、なにが陰間だ、オレのふくらはぎ見てなに妄想してやがんだ、えっ?チョコレートアイス買うんだろ?ウンコしてくっから、さっさと買ってペロペロしてろ、この変態野郎。」

「ラジャーです、エースケさん。ラジャーです。」

エースケが、背中でドアを押してスタスタとトイレに向かっていった。

かなわないよ、まったくこの二人には。

ヤスオさんは知っていた。たぶんどこかのカラスに耳打ちされたのだろう。

エースケさんに怒鳴るふりをして釘をさされたのは、さすがのオレでもすぐに気づいた。

エースケさんもそれに気づいたからオレを笑わせたのだ。

でも、とりあえず今は、エースケさんと、この店に入るのは勘弁してもらいたい。これはけっこう痛い。ここはオレのお気に入りのスポットなのだ。

マチコさんとのやり取りを、オレに聞かさないよう、エースケさんに指示を出したヤスオさんを少し恨んでいる。

ヤスオさんがスマホを耳にあてている。

マチコさんはヤスオさんと連絡を取りたい時はカラスにそれを伝えるよう指示をする。

マチコさんはなぜか向こうから直接電話をしてこない。ラインのグループなんてとんでもない話だ。メールもたぶん使わないはずだ。

そのことを尋ねた時、デザインが気に入らないんじゃねえか、エースケさんはそんな事を言って誤魔化していた。

しょうがねえな。これも修行だ。

ショーネンは諦めて店に入ることにした。

まあ、どう抗ったところで、あの二人が津田沼から四街道まで、地元最強のコンビなのだ。從うしかない。

二人はマチコさんの有能なスケさんカクさんで、オレは修行中の「少年一号」だ。

30過ぎていようとオレのアダ名はショーネンなのだ。


つづく。


ありがとうございます。