SF小説。「ジャングル・ニップス」第1章、1・2
エピソード1・エピソード2同時掲載。
ジャングル・ニップス 第一章 集合
エピソード1・除草剤
除草剤を撒きやがった。
黄色いまだら模様で空地が台無しになっている。
先週、刈払機を入れてやったばかりだってのに、何やッてやがんだ、あの馬鹿野郎。
ショーネンは、寝起きのまどろみと、新鮮な朝の空気を台無した、その犯人のハゲヅラを想い、アスファルトにツバを吐き仁王立ちした。
明けた天を見上げ、地に無礼を謝罪し、ヤンキースの帽子を脱ぐ。
土地の神々に対する非礼を四方に詫び、眉間に深いシワを寄せ、黙祷をはじめた。
地を汚した主犯者の想念に、頭痛と吐き気をもようす程度の、軽い呪詛を贈っているのだ。
朝モヤが晴れ始めた5月の早朝。ショーネンのサイエネルギーに呼応し雑木林の野鳥が一斉に鳴き始める。
カラス達が工場街からコンビニ、国道周りへと異変を知らせ合う声が聞こえる。
「届いた。」
サイキの空白の中心にチクリとした痛みを確認すると、ショーネンは息を強く吐き、天に合唱し地に頭を下げた。
ネズミ顔のメガネ爺は、神奈川県、逗子とか鎌倉とか、そういった文化の香りがする土地に住んでいる資産家だ。
東京をはさんで反対側の千葉、それも畑と廃材集積所ばかりのこんな田舎に、なんの因果で土地を購入しやがったのか見当もつかない。
景色が台無しになるから、ワタシがたまに刈払機入れるんで、管理しなくても大丈夫です。そう伝えてあるのだが、ネズミ顔のメガネ爺は、キチンと管理しているというアピールでもご近所さんにしたいのか、たまに突然、除草剤でこの景色を荒らしやがる。
近所に住む、野鳥も、野良猫も、散歩する犬も、あのネズミ野郎の頭にはまったく入っていない。毒を平気で撒きやがる。
そもそも除草剤なんて言葉を使うのが悪いのだ。
「枯葉剤だろ。」 ショーネンは黄色く斑に汚れてしまった景色を睨んでそうツブヤイタ。
久しぶりにヤスオさんとエースケさんとオレの三人で、これからマチコさんからの司令に応えるべく、ローソンで待ち合わせているのに。
「台無しじゃねえか。」
ネズミ爺はたぶん今頃、突然の頭痛に眼を覚まし悶絶しているだろう。
「いい気味だ。」
花が咲きようやく種を孕み始めた、あの美しい風景を踏みにじりやがって。
これはオレからオマエへの天誅である。
無神経な野郎にお灸を据えたくらいでカルマが汚れるほどオイラの魂は綺麗ではない。
土地の神々も今のは許してくれている。
防滴使用のヤッケの袖を手首から少しずらし、ショーネンが煙草と財布と鍵とスマホを確認するように、短パンのポケットを両手でポンポンと叩いて邪気をはらう。
朝日を確認し、気を取り直し、待ち合わせ場所へ向かう足取りを早める。
まあ、まだヤスオさんも、エースケさんも、寝床からも出ていないはずだ。
ショーネンの頭上高くを、カラスが旋回し、東の森に向かって下降していく。
カラスが森に消えるまで眺め、ヤンキースの帽子を被り直し、煙草に火を付けた。
ショーネンが大股でまた歩き始める。
ジャングル・ニップス 第一章 集合
エピソード2・ケンゾー
協栄建設の駐車場を曲がると、ヤスオさんが灰皿の前の手すりに座っているのが見えた。
新聞を脇に挟み、スマホをスクロールしながら煙草を吸っている。
太モモと腕にアルファベットで何かデザインされたスウェットの上下。ヤスオさんには若すぎてヤクザっぽい。腰にファニーパックを付けているようだ。
近所のオッサンの散歩姿じゃないっすかヤスオさん。ショーネンはゆっくりと近づきながら、そう思って笑った。
「オウッ、早いね、ショーネン氏。」
咥え煙草のままココに座れと首を横にふる。
「おはようございます。」
ヤスオさんは、80年代、SF小説や科学雑誌の表紙絵をエアーブラシのイラストで飾ってきた、本物の画家だが、そんな空気をまったく身にまとっていない。
たしか最近もオーストラリアの女性ミュージシャンからラブコールを受けLPのジャケットを仕上げたばかりのはずだ。
「あのさあ、タカダケンゾーって、ショーネン知っている?」
ケンゾーっていったら、デザイナーのタカダケンゾーだなとショーネンは思ったが、あまり知識がなかったので、首をかしげヤスオさんのスマホに眼を向けた。
「ああ、ヨミウリにさ、今、ファッションデザイナーの高田賢三が、自伝エッセーみたいの書いているんだけど、これがなんだか素敵なんだよなぁ。なんていうか、日本のね、復活の兆しの中で、連中がね、世界に眼を向け始る、キッカケとか、あと人間関係とかがさぁ。」
「キッカケですか。」
「何ていうか、ヨーロッパとか、純粋に憧れでしかなかった時代にね、情報が限られた場所にいる若者達がさ、雑誌の写真とかに刺激を受けて行動を起こすんだよ、カッコイイだろ?」
ショーネンがヤスオさんの、スウェットの派手なデザインを見てから、笑顔で応える。
「かっこいいっすね。」
「オレもそう思うよ。若いっていいよな。素敵だよな。」
「ははっ、ステキっすね。」
ヤスオさんが道路向こうの高圧線の鉄塔を下から上に眺め、煙草の煙をゆっくり吐いた。
「コーヒーもう飲んだか?」
ショーネンが立ち上がろうと尻をあげる。
「ちゃう。オレが買ってくるから待っててよ。」
そう言って立ち上がり、灰皿に煙草を落とすと、ヤスオさんはショーネンに新聞を渡し、スタスタと入り口に歩きだした。
真っ白のケーススイスがイキだなとショーネンは思った。
「ミルクと砂糖なしのそのまんまブラックだったよね、ショーネンは。」
「はい。」
ショーネンがケンゾーのエッセーを探すのをやめて頷く。
「いいよ、いいよ、内容はオレが話すほうが面白いから。」
ドアを押しながらヤスオさんが声をあげる。
手に取るのは久しぶりだな、そう思いながらショーネンは、大きく持ち直し、遠手に新聞を眺めることにした。
つづく