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学園祭事件――名も知れない失踪者に関する多角的な視点⑨

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9.発見by嵜本シニカ

「あれ? なになに? 
これってどういう状況なのかさっぱり解らないや」

あたしは逆光の中に生徒会長の青い目を見つけた。
艶やかな黒髪の帳に閉じ込められている。
仰向けの背中が、妙にふんわりしているのはコスモス畑のせいだ。

そうそう。
あたしは玉座に座ったんだよね。
そして行方不明になったはず。
それから――?

「あなたは助かった」
生徒会長の声は、早い冬の凍てつきを帯びていた。
「おー。そうなんだ! でもなんで馬乗り? ……ちょっと怖いよ」

なんて言ってみる。
この感じからして、白ウサギの問題を貼って回ったことまではバレてるな。
問題の最後にこんな仕掛けがあったら、まー、それも含めてあたしの仕業ってことになるか。

「あなたと情報部が白ウサギを掲示したの?」
案の定、生徒会長はそう問うた。
「えー? 何の話かさっぱりだよ」
あたしはあえてかき回してから、
「ごめん、嘘。
あたし達がやったのは今年だけだし、過去問を配置しただけだよ」
「何のために?」

あたしは目をそらした。
コスモスがそよいで、空を撫でている。
講堂の方から※オーケストラル・ヒット(各楽器を一斉に短く鳴らすこと)が聞こえてくる。
ここだけが異界。

「あたしたちは、と言うか特にあたしは、最果てに何があるか識りたかっただけ。
だってさ、自分で準備しといて、最後の大仕掛けに引っかかるわけないじゃん。
だからこの場所については、識らなかったよ。
この仕組みについても」

あれ。なんだこれ。
そんなに強く制圧されているわけではないのに、お腹の芯が重く冷えた。

あたしが話した内容は、生徒会長にとって全て既知なのかもしれない。
活発に動かしていた唇が、風に冷えて戦|《おのの》く。

じゃあなんで?
行方不明の真犯人じゃないと解っているのに、なんで生徒会長はあたしを危険視しているのだろう。
やったことを責めていないなら、あたしが何であるかが問題ってことで――。

黒い花びらがひとつ頬を転がり落ちる。

それが鋭く二つに裂けたとき、あたしは生徒会長の下を抜け出して、後方高く、階段設備の上へ転移していた。

「人間だったら死んでるって!」
「人間じゃないから、生きているわ」
「で、でもさあ、本当に行方不明には関わってないよ」
「……関わらせた」

屋上は風が強い。私はその場にしゃがんだ。
「え? ごめん聞こえなかった」
「魔述を知らない人を、巻き込んだ」

あたしは玉座に目をやる。
目が焦点を結ばない場所に送られてしまった、同級生。
あたしの身代わりになった久世くん。
あーあ。”短絡的”だなあ。
何でそんなことするんだか。

巻き込んだと言われれば、そっか。確かに目の前でやることはなかったかな。

『君がこうも軽率なのは、誰かに命を救われたことがないからだ』

「はは……」
口がどうしても笑顔になってしまう。
「あたしがこうも軽率なのはね――」

「あたしがそう望んだからに決まってる」

強めの魔述で行方不明になってもらおう。
本来の犯罪に一つくらい加わっても、誤差の範囲だ。

後ろ手にしていた両手を前に向けると、そこには魔述が灯っている。
右手には万物にクラックを入れる力。
左手には中身を隆起させ、別物に変える力。

人間に死をもたらすだけじゃなく、見た目酷くなるけど、そこはごめん。

「ルール、ロキ」

発動詞が完了する紙一重の隙間。
そこに二頭の獣が割り込んできた。
あたしの両肩に牙を突き立て、逆方向に一回転。
ねじ切られた腕が落ち、あたしはトルソー状態になって、横一線に血しぶきを上げた。

魔術師がいるところ、イデアを警戒するのは当然。
むしろ戦力として格段に劣る幣魔術師は、デコイに過ぎないって常識でしょ。

さっきの魔述、結構複雑なことをしているんだよ。
敵を十全に仕留めきれる攻撃の発信源でありながら、あのあたしは偽物。

この魔述は狙いが精密な相手への返報向きで、”ルール”の発動詞は2回言っている。
1回目で完成させておいて、よく聞こえるように意味の無い2度目を発音している。

まだ間に合うって誤解して、あたしを叩こうとしちゃうよね。
だからほら、生徒会長のイデアはひびが入ったり、内側がせり上がって躰が火山みたいに噴火してる。

あたし自身は距離を取るのが定石なんだけど。
今日は特別だ。

彼女の真後ろに転移して、黒いセーラーカラーの向こう。
心臓を抜いておこう。

「ル――」
「遅い」

あれ。空が見えて背中には押しつぶされたコスモス畑。
振り出しに戻る、じゃなくて……まずい。詰みかな。

生徒会長は、さっきのようにあたしに馬乗りにはならず、立ったままだった。
「ごめん……ごめんなさい」
彼女は無言だ。
「もうこんなことしない。
そっちに攻撃したり、情報を誰にも漏らしたりしない」
あたしは短絡的なたちだから、命乞いをするのもこれが初めてではなかった。

「協力するって。久世くんを戻すのもそうだし、もっと別の。
長期的な目標の手助けだってできるよ。
だから、お願い。ね?」
文言はすらすらと出た。

「諱名に誓うよ。ううん、諱名を渡してもいい」
言い終えてから、死よりもまずい領域に踏み込んだことを悟った。
何いってるんだろう、あたし。
諱名を渡すのは、どうされても構わないという意味だ。
操り人形と化すことを甘んじて受け入れると、自ら申し出たのだ。

「今の発言も魔述の構成にしても、随分慎重だわ。
私の識っているあなたらしくないのね」
生徒会長が、私の胸に突き刺さっている理論武装を握り替えた。
「……」

口がすべったんじゃない。
あたしは、そのくらい生き延びたいのだ。
いや、今を続けたいのかもしれない。

これが、”そういう”ことなのかな。
あたしが軽率でなくなるとしたら、誰かに命を救われたときだ。

「もう暫く、あたしをこの学校の生徒でいさせて。
何でもする」
なんだこれ。本心からの懇願だ。

久世くん。久世正宗か。
恨むよ、あんたのこと。

「あたしの諱名は――」

生徒会長は言葉半ばで、久世くんに向き直った。
やっと本題だと言わんばかりで、少し傷ついた。

行方不明になった久世くんの残骸は、無数の船の航跡のようなものだ。
この椅子は灯台。

船の動力が繊細だから、何か所か負荷をかけている場所に魔述で触れれば、久世くんは帰ってくる。
それ以外の残骸さえ残っていない人は、どこに行ったか解らないから、引き返しては来れない。

生徒会長の長い髪が、魔述の影響で靡き、色を変える。
ついこの前魔述師になったばかりのはずなのに、手際がいい。
基礎しか学ばなかったようなのに、天性の応用力で未知をねじ伏せている。
お利口さんの優等生に似合わないアウトサイダー・アートのような手法だ。

その間、彼女のイデア達は、傷を癒やしながら屋上の出入り口の方を向いて座っていた。

こんな結末だって、朝のあたしは信じられる?
白ウサギを追っていった先には、識らない自分と他人があった。

「本当に変な日だったなあ」

そう言ってしまってから、これも久世くんの予言だったのを思い出した。


→次 10.思い出の終わり、あるいはby久世正宗


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