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学園祭事件――名も知れない失踪者に関する多角的な視点⑩

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10.思い出の終わり、あるいはby久世正宗

ああ、こういう末路だ。

僕は待っている。
真昼の日が翳ったあの時。
人を行方不明にする王座に寄りかかるように。

事件を起こしたのは不比等だ。
間に何が介在してようと、その結論に変わりは無い。
嵜本さんが生徒会を動かしたことで、余計に不比等は影に潜むことになったけれど。

これも彼女の予定の裡だろうか。
不比等の耳にさえ届くように、行方不明事件の解明を掲げて。
真犯人|《かれ》を遠ざけ、弱毒化した行方不明の終幕に、生徒会長を辿り着かせる。

好奇心に突き動かされた嵜本さんを含めた情報部にも、危機を払えた生徒会にも、win-winのシナリオ。

けれど実際は。

カンカンと階段を上る音がする。
僕が黒ウサギの謎を解かなくても、生徒会長は15分ほどの遅れでここに辿り着く。

屋上のドアが開き、彼女はこの光景に直面する。
誰もいない朽ちた玉座。
黒いコスモスが、秋の澄んだ青空の底を撫でている。
花言葉は思い出の終わり。あるいは、変わらない気持ち。

例えばこんな風に、生徒会長が玉座の膝下のプレートに気を取られたときだろうか。
ここまでの事態を総括するために、その怜悧な脳が動き出す。

一手。いや、彼女のことだから0.1手。その遅滞でさえ命取りになる。

不比等は彼女を制圧する。抱え上げて、空の椅子に座らせる。
学園祭事件には新たなページが付け加わるだろう。
事件を追っていた生徒会長の失踪をもって。

これが起きえた出来事だ。
そして僕は、それに関与はしない。
僕が手を出せば、もっと酷い様相を呈したことだろう。

だから僕は、

『邪魔が入らないように、君の後ろのドアを封鎖してくれ』

示唆と共に行方不明になる必要があった。
存在しない僕は、事態を悪化させることはできない。
そして、生徒会長は早期に警戒に入れる。

僕はあらためて、消毒液を含んだ保健室の空気を吸った。
布団の中にしまわれた腕を空気にさらす。
次第にピントが合ってくる。

僕が大丈夫なら、嵜本さんも同様だろう。

ぐっと拳を握ると、緑色の静脈が透けた。
あと少しで、不比等に届いた。現実は届かなかった手。
そう。僕はこういう末路だ。
生徒会長の力が無ければ、ここに帰ってくることも叶わなかった。

窓の外では、まだ学園祭が盛況だ。
僕は家に帰ることにした。

「あーっ、サボろうとしてる!」
保健室を出たところで、僕は嵜本さんの大声を浴びた。
「自分だってそうだろ」
「だっかっら! この世に仕事がたまるのよ。
あんたも起き次第、働くように言われてるんだから!」

僕たちはその後、この事件に触れることはなかった。
僕が真実を識るまで、さらに時間と犠牲が必要になる。



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