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日韓関係の現在地 ~今月7日の岸田首相の韓国訪問を前に~

■今月7日の岸田総理の韓国訪問で、韓国側はどのような成果を期待しているのか?

5月7日から8日にかけて、岸田総理大臣が就任後初めて、韓国を訪問します。3月に続き2回目となる日韓首脳会談では、どのような点に注目すべきか、背景などを少しまとめてみました。

韓国側としては、徴用工問題の解決策を発表したときから、日本側の「誠意ある呼応」を求めています。朴振外相は解決策の発表時にこう話しています。

「コップに水が半分以上は入ったと思う。今後続く日本の”誠意ある呼応”によって コップ(残り半分)はさらに満たされると期待する」

この残りコップ半分が、日本側から『思ったほど満たされていない』という考えが韓国側に強くあり、政権が批判にされされました。

具体的に一番、韓国側が期待するものは、岸田総理の口から徴用工問題など過去の歴史問題について、”お詫び”があること、です。
前回の首脳会談では、「歴代内閣の歴史認識を継承」という言い回しにとどめていますが、実際に言葉で語ってほしいわけです。

例えば、1998年の小渕総理・金大中大統領による日韓共同宣言の一節、「今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により、多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫び」という文言をなぞる形であっても、岸田総理自らの口から話すべきだろう、というのが韓国側の考えです。
(特に尹大統領がリスクをとって決断したのだから…という不公平感が韓国側に強いように思います)

あとは、金銭面の貢献も期待されています。
日本企業の賠償を肩代わりする政府傘下の財団に、今は、ポスコなどの韓国企業が中心に出資しています。ただ、日本側の企業も何らかの形で自主的に出資をするべきだと韓国側は期待しています。
形を変えて、経団連などによる未来世代向けの新たな基金は創設されましたが、韓国世論は、それは代わりにならないとの理解が大勢です。

■日韓の“シャトル外交”の再開。ただ、韓国では野党議員の竹島上陸、訪韓反対デモも。 韓国国内はそもそもどのような状況なのか?

もともと、韓国の世論は反共の軍事政権の流れをくむ「保守」と、民主化運動の出身者らを中心とする「革新」という構図で、大きくは2つに割れています。対北朝鮮政策、対日政策なども逆のベクトルとも言えるほど、思想が異なります。

去年3月の大統領選挙では、尹錫悦候補(保守:現大統領)と李在明候補(革新:現野党代表)でわずか0.7ポイント差で政権交代が行われました。
半分の支持を得ない状態で当選しているので、革新系の支持層が尹大統領の対日外交政策を支持しないのは、ある意味で当然のことです。

まして、革新系の最大野党「共に民主党」は代表になった李在明氏は、都市開発をめぐる巨額の背任で検察に在宅起訴された状態で、刑事被告人の立場です。自らの政治生命すら危うくなっている中で、"反日フレーム"を取り出して政権批判に利用している状態です。
そもそも今回の野党議員の竹島上陸や訪韓反対のデモも含めて、韓国国内向けのパフォーマンスの色合いが強いものと言えます。

とはいえ、国会の議席では、多数派が野党「共に民主党」です。
政権を担っている与党「国民の力」とは、国会で力関係に"ねじれ"がある点もポイントです。野党の強い反発を受ければ、法案、人事などがスタックするという状況が続いています。

一方で、尹大統領の対日外交の姿勢も、"振り切れ方"が強いため支持層である保守も困惑するほどです。
尹大統領は訪日後、3月下旬の閣議で「日本はすでに数十回にわたって歴史問題で反省と謝罪を表明している」と発言。
また、4月24日の「ワシントン・ポスト」のインタビューでも「(日本人が)100年前の(植民地支配の)歴史のためひざまずかなければならないという考えは 受け入れられない」との発言したことが報じられると、韓国国内では強い反発が出ました。

これは“過去にこだわりすぎず、未来に向けて両国関係を作っていこう“という尹大統領の強い意志を反映した発言です。しかし、韓国国内では日本側が改めて謝罪すべきとの意識が根強く、過去の政治家では考えられないほど踏み込んだ対日姿勢、発言であるためハレーションは大きいのです。

そのため、支持率は低下傾向です。(ただし、政権発足時点から高くはない…)最新のデータではやや持ち直したものの、支持3割ギリギリの局面が続いています。
[リアルメーター世論調査] http://www.realmeter.net/bbgmcpwuij8lp/

■いわゆる元徴用工問題や、輸出管理の「ホワイト国」再指定などでは前進。 ほかに日韓の懸案はどのようなものがあるか?

●元徴用工をめぐる問題
解決の道筋はついたものの、リスクも残っています。
韓国外務省によれば、すでに対象原告の大部分(15人中10人)が、財団から賠償金相当額を受け取っています。ただ、残る原告は受け取りを拒否しています。
司法の判断は、資産売却命令が再抗告され、最高裁で判断待ちの状態です。
裁判所が(おそらく)"政権の意をくんで"、判断を先延ばししているだけの状態で、依然として、不安定な状態は変わりません。

●福島第一原発の処理水の海洋放出
韓国国内では、依然として強い懸念が出ている状態です。
夏頃に実際に海洋放出が行われれば、再びより大きな問題になる可能性が高いです。以前のBSE問題に代表されるように、食の安全についての韓国国内の世論は苛烈です。
科学的な裏付けを超越した説得が必要ですが、ハードルは高すぎます…。
4月には、最大野党「共に民主党」の議員らが、勝手に福島に現地視察に行くなど日本批判、政権批判の材料探しを続けている状態です。

●自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題
日韓の防衛当局間の協力が途絶えた最大の理由がこの事件です。
火器管制レーダーが「照射された」という日本側と、「していない」と否定する韓国側の主張は変わらぬまま。
GSOMIAが正常化され、今後、日米韓のリアルタイムでの北朝鮮ミサイル情報共有なども進んでいますが、この問題は、宙に浮いた状態です。
映像など証拠があり、レーダー照射は行われた可能性が高いのですが、今さら韓国軍としては「照射していました」とは言えないという事情もあります。(軍の信頼は地に落ちます…)

●「佐渡島の金山」の世界遺産登録
日本が世界遺産への登録を目指しているものの、韓国側はここでも強制労働があったとして反対しています。野党は申請の撤回を求めています。
また、すでに世界遺産登録されている軍艦島を含む「明治日本の産業革命遺産」についての展示についても、改善を要求しています。

●慰安婦問題
日本側が出資した「和解・癒やし財団」には残金があったのですが、財団が文在寅政権下で、解散されて宙に浮いたままです。
2015年の慰安婦をめぐる日韓合意は、骨抜きになったものの、文政権も「政府間合意」とは政権末期に認めてはいます。
ソウルでは、日本大使館の敷地前に慰安婦像が建てられているため、大使館の再建築も進まず、更地の状態です。
(今の日本大使館は、隣接する民間ビルに仮入居を継続)

■この先、もし政権が変わった場合は、日韓関係は再び悪化するのか?

最近では、今の尹大統領ほど日韓関係の改善に強い意志がある大統領はいないのではないかと思います。同じ保守系の中でも、ここまで強い信念で国内の批判を受けながら進められる大統領が出てくるかも疑問です。政権が変われば、日韓関係の優先順位も、モメンタムも後退すると考えられます。
まして、政権交代で左派の革新系政権になれば、当然、尹政権が進めたことを戻そうとするでしょう。
ですから、日本政府としても「今の尹政権のうちに」「韓国の総選挙で政局になる前に妥結を」と考えていたわけです。

今回の岸田総理の訪問は、先日の訪日への”応答訪問”の位置づけです。表立っては言えないものの、元徴用工をめぐる問題では、日本政府としては満額回答だったでしょう。
尹政権が、その後に批判を受けて、韓国で支持率をすり減らしている状態であることは実は現場の“日本の外交官たち”も相当に気をもんでいます。
尹政権自体が沈んでいき、総選挙でもまた野党が勝利し、次に革新系の政権となれば日本側もダメージが大きすぎるからです。

ですから、日本側としても、ある程度のスピード感を持って韓国側に応えて総理が訪問し、G7広島サミットでも日米韓首脳会談を円満に行いたいと考えていたと思います。

前回の大統領選挙で僅差だったことからもわかるように、韓国政治の次は読めません。日本としては「今の尹政権のうちに」できるだけ、より強固な日韓関係をつくり、解決できる懸案は解消していく、これが最善の方策かと思います。

一方で、将来の政権交代をにらみ、革新系を切り捨てるのではなく、人脈を作っていくことも日本外交にとって重要です。結局、いつかは再び向き合うべき相手です…。

3月16日 日韓首脳会談後の共同記者会見(提供:首相官邸)

■【参考解説】日韓関係の正常化 一気に動いたワケ なぜ今? 尹大統領の対日観は?

こちらは、前回3月に尹大統領が日本を訪問した際に、まとめた解説記事です。その時点での日韓の状況などをまとめて記載していますので、参考まで。