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美術館と新しい感覚


先日、高校時代の友達と美術館に行き、ランチと買い物もしてきた。

いつも助けてくれて、今回の引っ越しでも手伝い(まだ終わっていない荷解きもしてくれるという)をしてくれた上に引っ越し祝いまでくれたので、お礼にランチをご馳走したのだ。

芸術に触れるのが好き

美術館は連休の間に3回目。
この連休は遠出はできなかったから(親の介護のために戻ったし、まだ暮らしも落ち着かない中で旅に出る気力もなかった)、私の数日のお休みは美術館に行くことに費やされた。

まだまだ行きたい展覧会があるから、時間を見つけて行きたいと思っている。

とにかく美術館が好きで社会人になってからもずっと行っている。
絵が中心だったが、このところ工芸品なども見るようになった。

清水九兵衛と六兵衛

昨日は彫刻も見た。
(というよりも、知らずに見ることになった。)

あまり知らない人なので
見に行こうと思った
陶芸家だと思ったら、彫刻家でもあって
私の苦手なよく分からない感じの作品が多かった
タイトルを思い出そうとしても思い出せない
裏側から作品を見たところ

川村美術館に似たようなオブジェがあったなぁと思ったら、展示の後半のパネルと映像でやはり同じ人の作品だと知った。

京都駅にも札幌の芸術の森にも作品はあるようだが、いずれも何回も訪れているのに全く気づいていなかった。

それほどこの手のものにアンテナが立っていなかったのだと思う。

最初は苦手な感じがして、見ていて疲れてしまった。

なので作品を見ても、長く見ていられなくて常設展の普通の?絵画を見たらホッとしてしまった。

常設展の作品(一部)

椿貞夫さんの静物画
京焼の図案
絵本のような穏やかな絵
諏訪湖湖畔でくつろぐ女性の絵


他にも土田麦僊や伊藤小坡などの作品もあった。

伊藤小坡の作品


伊藤小坡は三重県度会郡宇治浦田町に生まれ、京都を中心に風俗画、美人画を描いた日本画家。
以前三重県の桑名市博物館で展示を見たが素敵だった。

新しい感覚

帰宅してから、昨日見た彫刻(というのだろうか)がじわじわと気になってきて、
今更もう少しじっくり見たらよかったという気もしてきた。

後半は赤くない作品もあり、それは写真を撮る気力もなくなっていたのだけれど、撮っておけばよかったと思った。

じわじわと後から気になってくる新しい感覚。

抽象画やこういう作品を見ると『本人に解説してもらいたい』といつも思う。

なぜこういう表現なのか?
どこがどうそうなのか?

見ていて、分からないところがモヤモヤしてしまうのだ。

そういう理解の仕方は必要ないジャンルでただただ作品を受け止めれば良いのかもしれないのだが、今回沢山の作品を見たら、

よく分からない、まぜこぜの感情が、
ただ受け止める、ということより勝ってしまい、無駄に疲れたのだと思う。

期間中もう一度行ってみようか、と悩んでいる。

今年はこの清水九兵衛の生誕100年。
こんな有名な人を知らないとは、私はどれだけこの手のものを苦手だったんだろう。

陶芸家時代の作品に、数点じっくり見ることができたものがあった。

慣れてきたら、良さが分かるのかもしれない。

新たな扉を開いてくれたかもしれない

昨日見た作品達は、料理に例えると、

初めて見る料理で見た目もそそられないし、一口食べたら、よく分からない味だったけれど、
後から思い出したら気になって、もう一度よく味わって食べればよかったなあ

なんていう感覚。

分かっていたら、わざわざ見に行かなかったかもしれないが、結論見に行ってよかった。

現代アートにも新たに踏み入れてみてもいいかもと思えた展覧会だった。

抽象画やよく分からないオブジェなどは、苦手で避けてきたのだが、そんな私に『これからはちょっと見てみようかな』と思わせてくれた展覧会だった。

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