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透析液の成分・組成

拡散

はきだしたタバコの煙が風がなくとも霧散していくように濃いものは薄い方に拡散していく性質をもっています。人工腎臓、ダイアライザーはストロー状の透析膜を約1万本束ねた構造をしており、ストローの中を血液が、外側を透析液が流れ、小さな穴(ポア)をもつ透析膜を介して血液と透析液が接触し、透析液よりも血液中に高い濃度をもつ物質は血液中から透析液側に除去され、血液中より透析液中に高い濃度である物質は透析液中から血液側に補われます。この「拡散」による溶質の除去と補給は濃度勾配に応じた推進力をもちます。

拡散による物質の除去は分子量500以下の小分子量物質では効率がよいが、中分子量物質や分子量5000以上の中分子蛋白では効率は低下します。透析膜表面には小さな穴(ポア)が開いており、小さな物質ほど通りやすく除去されやすいのは当然のことです。分子量500以下の小分子領域を除去することで延命は可能です。しかし透析アミロイドーシスや手根幹症候群など透析患者の生活の質を悪化させる透析合併症は拡散で除去しにくい「中分子蛋白」が原因であると考えられています。

濾過

腎不全になると尿が出なくなります。体にたまった余分な水分を除去するために透析膜を介し透析液側と血液側に圧力差を生じさせ、血液側から水分を濾過します。このとき濾過された水と同時に、膜孔を通過可能な溶質も体内から透析液側に移動します。これを対流といい、拡散による物質の除去よりも透析合併症の原因となる「中分子蛋白」の除去効率がよくなります。

下のグラフは拡散濾過のクリアランス曲線です。

拡散と濾過のクリアランス曲線

拡散」は小分子量の除去効率がよく、分子量が大きくなるほど穴を通りにくく、効率が落ちています。「濾過」は拡散に比べ透析合併症の原因となる「中分子蛋白」、β2MGの除去効率が良好です。β2MGより分子量の大きいアルブミンは体に有用な物質です。透析前血清アルブミン濃度、3.5~4.0g/dl の患者の一年間生存率を1としたとき、3.0~3.5g/dl では生存率に与えるリスクは3倍、3g/dl 未満では120倍に跳ね上がります。適正なアルブミンの濃度の値は栄養状態が良いことであり、食事ができないような病的状態にないことを意味します。アルブミンの値を適正な範囲に保つことは透析患者の生命予後にとって非常に重要な因子です。

アルブミンは除去したくない物質ですが分子量の近いβ2MGは除去したい。血液透析濾過(HDF)は拡散よりも濾過のほうが中分子用物質の除去効率が向上することを利用した治療法です。透析中に4リッター以上の補液を行い、同時に同量の除水を行うものです。除水は透析液に陰圧をかけ除水を行いますが、血液はポンプにより循環しているため陽圧がかかります。この圧力の和をTMP(膜間圧力差)といいます。この圧力(TMP)はダイアライザー全体に均一ではなく、血液入り口側は血液側の圧力が高く、圧力損失を生じ、出口側では血液側圧力は低下します。そのため、除水を行っていても、意図する、しないにかかわらず、透析液から血液側への水の移動が起きています。

ダイアライザの逆ろ過

透析膜表面のポアは小さく、細菌を通しませんが細菌のフラグメント(断片)はここを通過します。この断片に炎症を起こす作用があり、この炎症がさまざまな合併症を起こす要因となっていることが知られています。きれいな透析液を使うということが重要なのです。透析液には尿毒症物質を生体から除去し、生命維持に必要な物質を生体に送り込み、除去する必要のない物質をなるべく除去せず、体液と同等の浸透圧をもち、有害な物質を含まないことが求められます。

透析液の組成

ナトリウム

透析液中のナトリウム濃度は透析開発当初、130mEq/l程度に設定されました。当時はダイアライザー、透析機器の除水性能が悪く、浸透圧によって除水を行うためです。不均衡症候群の原因となるため現在では生理的濃度である140mEq/l まで高められました。

ブドウ糖

ブドウ糖もナトリウムと同じく浸透圧を高めるため1970年代には2000mg/dl に設定されました。ブドウ糖は細菌の繁殖をまねくため1980年代にはブドウ糖の含有していない透析液が使われるようになりますが長期的にエネルギーを喪失させ、危険な糖尿病患者の低血糖を引き起こすことから現在では生理的濃度である100~150mg/dl の透析液が用いられています。余分な糖は体内で変換され、脂肪として蓄積されます。透析患者は高トリグリセリド血症となることが多く、よく出題されます。透析液のブドウ糖が特徴的な脂質異常に関与していると考えられています。

カリウム

国内で市販されている透析液のカリウム濃度は2.0mE/l か2.5mE/l です。食事摂取ができる患者さんでは高カリウム血症、食事のできない患者さんでは透析後の低カリウムが不整脈の要因となります。それを予防するため、透析中にカリウム製剤を持続注入することがありますがワンショットで注入し患者が死亡するという事故が起こっています。死刑執行以外にカリウム製剤をワンショットで使用することはありません。

リン

透析液中にリンは入っていません!透析技術認定士試験ののひっかけ問題として出題されました。

マグネシウム

透析患者のMg濃度が低値をしめすのはまれです。血清Mg濃度が6mg/dl以上となると悪心、血圧低下などの症状がでることがあります。サプリメントや胃薬が原因となるようです食生活の欧米化により、当初 1.5mE/l であった透析液マグネシウム濃度は現在 1.0mE/l が主流となっています。

カルシウム

透析液カルシウム濃度は1970年代は3.5mEq/l 、1980年代は3.0mEq/l、1990年代は2.5mEq/l が主に用いられました。1970年代は二次性副甲状腺機能亢進症予防のため透析中にカルシウムを供給することによってPTHを抑える必要がありました。1980年代は活性型ビタミンD製剤の使用が始まり、またリン吸着剤のアルミゲルが禁忌となり、カルシウム製剤に切り替わったことから透析中のカルシウム負荷は不要となりました。1990年代になるとD剤、カルシウム製剤を積極的に使用することにより高カルシウム血症をきたし易く、これが異所性石灰化をまねくことから透析中にカルシウムを除去する方向となっています。2000年代に入りカルシウムを含まないリン吸着剤やカルシウム受容体作動薬が発売されました。高カルシウム透析液の使用は血管石灰化の進展につながり、低カルシウム透析液を使用すると骨回転の亢進や心不全を増加させることから2012年、あらたに発売されたのが2.75mEq/lの透析液です。血中カルシウム濃度は高い人、低い人それぞれですが2.75mEq/lの透析液を使うと透析前後の血中カルシウム濃度の変動が最も小さいと言われています。これにより透析患者の死因一位、心不全を減らすことが出来るのではないかと期待されています。

重炭酸

生体内では常に一定のph(7.4)となるように保たれています。腎不全となると酸が蓄積し、血液のphが低下します。(代謝性アシドーシス)このため重炭酸を補充する必要があります。透析開発当初は重炭酸が用いられました。しかし重炭酸は透析液中のカルシウムと反応し発泡し、重炭酸濃度は低下、炭酸カルシウムが沈殿するため不安定でした。これをスケールといい、透析機器にも悪影響を与えます。そのため1970年代には体の中で代謝されて重炭酸を産生する酢酸(35mEq/l程度)が緩衝剤として用いられるようになりました。これを「酢酸透析液」といいます。透析による酢酸の供給が、生体内での酢酸から重炭酸への代謝速度を上回ると血圧の低下、悪心などの症状が出る「酢酸不耐症」が問題となり、1980年代に入ると重炭酸透析液に酢酸をph安定剤として10mEq/l程度添加した「重炭酸透析液」が主流となりました。2006年にはph安定剤として酢酸の代わりにクエン酸を用いた「無酢酸透析液」が発売されました。少量の酢酸であっても免疫系を刺激し、透析合併症に関与しているとみられているからです。また、この無酢酸透析液は重炭酸濃度が35mE/lと高めに設定されています。アメリカの透析ガイドラインでは透析患者の透析前重炭酸濃度は20~22mEq/lであることが推奨されています。透析医学会の統計調査によると従来の透析液では透析前重炭酸濃度が20mEq/l 未満の患者さんが4割を占めていました。より積極的にアシドーシスを改善することを目指した透析液の登場となりました。

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