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透析と医療事故 安全対策

透析室で起こる医療事故について事例をいくつか挙げていきたいと思います。京都大病院での事例です。

濾過器と分離器の取り違え

「2011年11月14日、脳死肝移植を受けた50代の男性患者が手術後に死亡したことについて京都大病院は「単純な過失。心からおわびする」と謝罪した。腎不全の治療で使っていた人工透析の血液濾過器を交換する際、誤って肝不全の患者に使う血漿分離器を取り付けたことが原因とみられる。京都府警は業務上過失致死容疑での立件を視野に捜査している。病院側の説明によると、血液濾過器を当直医2人が交換する際、看護師が誤って用意した血漿分離器を装着。男性は血圧が低下するなど容体が悪化し、翌日に死亡した。血液濾過器と血漿分離器は保管場所では隣に置いていた。死亡後に採血により別の医師が誤りに気づいた。病院側は遺族に謝罪し、「確認を怠った」と説明。病院長は会見で「間違ったものを取り付け、亡くなるまで発見できなかったという2つのミスが重なった。」と説明した。」

血液濾過器と血漿分離器の取り違えがあったとのことですが、医師が交換するというのは一般的ではありません。血液浄化の準備、プライミング、治療時の交換は臨床工学技士の仕事であり、臨床工学技士が行っていれば防ぐことができたと思います。

肝移植後、薬剤を多量に点滴で落とします。腎機能が低下したのかもしれません。体液量が過剰となったのでしょう。血液濾過は余分な水分を取り除く腎代替療法です。濾過によって血液中の余分な水分を除去し、電解質を補正する置換液を補給することで血液を浄化します。急性腎不全に施行されるもので持続的血液濾過法(continuous hemofiltration, CHF)といいます。
同じく急性期に行われる持続的血液透析(continuous heamodialysis, CHD)は単にゆっくりゆっくり透析を行うものです。ゆっくりとは、慢性期の血液透析に比べ、長時間、低血液量で行うもので、循環動態に影響を与えにくいとされています。持続的血液透析濾過法(continuous heamodiafiltration, CHDF)は上のふたつを組み合わせたものです。これら三つを持続的腎代替療法(continuous renal replacement therap) CRRTと略称します。

血液濾過器は血液中の50000Da以上の分子量を持つ物質、アルブミンなどのタンパク質を通しません。余分な水分を取り除きたいのです。そのため持続的に行うと目詰まりをおこし、血液濾過器の交換が必要になることがあります。濾過圧が高くなり警報がなり続ける。患者は重症である。あわてて看護師に代わりを持ってくるように頼んだ。早く交換しないと回路全体の血液が凝固してしまいます。肝移植後、余計な失血はしたくありません。当直医二人で交換をした、回路を外し、廃棄した医師がおり、看護師から新しいものを受け取った医師がプライミングをしたのなら交換前と交換後の違いに気づきにくかったのでしょう。

交換前は旭化成クラレメディカル、ポリスルフォン膜持続緩徐式血液濾過器、EXCELFLO です。誤って持ってきたのが旭化成メディカル、ポリエチレン膜血漿分離器、PLASMAFLO でした。余分な水分を取り除く濾過器と、血漿(アルブミンなどのタンパク質)を取り除く分離器を取り違えたのです。エクセルフローとプラズマフロー、見た目は似ていませんが全く異なる治療で用い、同じ治療で用いては死亡事故につながる同社の製品が同じフローという名前をもつのも事故の要因のひとつであり、似た名前をつける危険性に気付かないのが残念なところです。

血液濾過器 EXCELFLO

誤って取り付けた下図の血漿分離器plasmafloは血漿から病原蛋白を取り除く治療に用います。血漿成分に病因物質が含まれるとき、血漿を捨てて、献血で他人から提供された血漿を補充する単純血漿交換法(PE)や血漿を分離し、吸着器に通し病因物質を取り除き、また体内に戻す血液吸着法(PA)という治療に用いられます。

血漿分離器 PLASMAFLO

記者会見では「除水を毎分3.5mlの速度のままにして、血漿分離膜を用いた」
plasmafloに交換後、「3時間」経過した。ので、630ml、除水が行われ、蛋白質を含まない補充液が補われたことになります。血液から蛋白質だけ取り除かれると血管の内外で浸透圧差が生じ、血液中の水分は血管外にしみ出てしまいます。十分な蛋白質を摂取していないアフリカの子供が腹に水を溜めているのと同じ状態です。血液を薄め、血圧が下がり、容態が急変した時、補液が行われたはずですが、蛋白質を含まない補液を行ってもさらに血液は薄められ、浸透圧差がさらに生じるだけです。気づいたのが死亡後の採血というのもまずい感じです。

生命に影響を与える /入院を要する /複数の患者に発生した/医療事故の内訳

透析施設での生命に影響を与える /入院を要する /複数の患者に発生した/医療事故の内訳です。発生件数の一番多いのは「抜針事故」です。体重五十キロの患者さんの血液量は体重の8%であるので約4リットル、その30%、1.2リットルを失うと生命の危機があるといわれています。抜針すると血流200ml/minで透析を行っている場合、回路内にある血液を含め5分ほどで致死量に相当する失血が起こります。

抜針事故

千葉県香取市南原地新田の国保小見川総合病院で今月15日、60代男性が 人工透析装置のチューブが外れ、男性はその後死亡。病院が20日、県警香取署に連絡し、同署が業務上過失致死容疑を視野に調べを進める。出血性潰瘍にて入院。個室で24時間、血流80ml/mの連続透析中の深夜に事故が起こった。
午前1時ごろ、当直看護師による巡回では異常はなかったが、約45分後に透析装置の警報に気づいた。看護師が駆け付けると、静脈側回路が接続部分から外れ、床に約2リットルの血液が漏れていた。病院は「患者やご家族にご迷惑をかけて大変申し訳ない。原因究明に努めたい」としている。

深夜1時、CHD(持続的血液透析)を行っていたようです。CHDは全身状態の悪い患者さんに行われるのでICUでやるものと思ってましたが、誰もいない個室でやることもあるようです。低血流量では、回路が外れようが圧力の変動が小さく、失血し、脱血できなくなるまで警報が鳴らなかったのかもしれません。

「東京都町田市中町のあけぼの第二クリニックで人工透析受けていたを70代女性が足のチューブが外れ、失血し死亡した。町田署は業務上過失致死の疑いもあるとみて関係者から事情を聞いている。女性は2010年6月14日、透析治療開始から約3時間後に警報ブザーが鳴り、看護師が駆けつけたが、異常に気づかず透析を続けた。数分後に再びブザーが鳴り、同じ看護師が布団をめくると、返血側回路が左足から外れ、血が漏れていた。別の病院に運ばれたが、翌日に死亡。死因は出血性ショックとみられる。」

透析に長く従事していれば大量出血事故は経験すると思います。見つけたときの衝撃、血圧を測る前にとりあえず補液しますが手が震えます。固定の甘かった後悔、死亡事故の責任。高齢者、痴呆、まだら呆けの患者さんは自己抜針を繰り返しますし、片時も目を離さないというのは難しいことです。鼠径部のアクセスですので布団をめくって確認しなかったのでしょう。警報が鳴らないこともあります。大きな過失がある場合は別ですが透析中の出血死の報道を見るたび、スタッフに同情してしまいます。

回路離断

発生件数二位の「回路離断」というのは体から針が抜けるのではなく血液回路のどこかが外れたり抜けたりすることです。「抜針事故」は主に体動でおこりますが「回路離断」は体動の他、接続がゆるいなど準備段階での要因も大きい事故です。「済生会松山病院は透析治療中の事故で70代の男性が2010年12月9日、死亡したと発表した。病院は10日に記者会見し、「遺族に申し訳ありません」と謝罪、事故調査委員会を設置し原因究明と再発防止を図ることを明らかにした。同病院によると、男性は糖尿病による慢性腎不全。首にカテーテルを挿入し、9日午前9時から午後1時までの予定で透析中、午前10時半、異変を知らせる機器のブザーが鳴った。看護師が気付いた際には、チューブのつなぎ目が外れ、処置をしたが間に合わなかった。」

除水設定ミス

次に報告件数の多いのは「除水設定ミス」です。報告数は3位ですが発生数は一位でしょう。置換液を外付けの輸液ポンプで落としてコンソールで除水をかけていなかった。設定を間違え、残して帰宅して二度と戻ってこなかった。死亡事故も起きています。死ぬまで引くというのがよくわからないのですが、なぜ途中でやめないのでしょうか。腎機能が正常でも朝一の体重と夜間の体重では大きな開きがあります。つまり水分量の適切な体重(ドライウェイト)とは50kgといったきっちりした数字ではなく、ある程度幅があるはずです。

空気混入

「空気混入」20㏄程度であれば肺でトラップされますが、それ以上だと肺をぬけ、脳や心臓などの動脈にまで流れると塞栓により死亡します。エア回収を行っていると必ず起こる事故です。下記の事故報告は透析終了時血液回路を用いて点滴を行いなぜか血液回路のポンプを回したことにより死亡事故につながったというものです。判断の誤りから起こるエラーをミステイクといいますが下記のように点滴を開始し、血液ポンプを回すといった無意味、無意識的な行動によって引き起こされたエラーをスリップといいます。

「千葉県立東金病院の事故調査委員会報告書によると透析操作及び透析後の返血操作自体は何のトラブルもなく終了したが、返血操作後に透析回路を用いて抗生剤の投与を行う過程で透析室スタッフの1人が血液ポンプを再作動させたことにより、透析回路内に空気が流入・加圧され、さらに抗生剤の点滴が終了した時点で、別の透析室スタッフが透析回路を止めていたペアンを開放したことにより、加圧された空気が瞬時に血管内に流入し、空気塞栓を起こしたものである。」エア回収、血液回路を用いた点滴では複数回、空気混入事故が起きておりどちらも現在では行われなくなっています。エア回収を続けていれば経験の長い技術者であってもいつかは必ずスリップを起こし「空気混入」を招きます。

穿刺ミス

「穿刺ミス」に分類されるのは穿刺ミスによって体内で出血、血腫を形成、これがのちに運動障害を起こしたり、感染の原因となったりしたものや、透析針の外筒が内筒に傷つけられ、体内で折れたり引っかかったりして体内に遺残したもの、カテーテル挿入時の動脈損傷や出血死も「穿刺ミス」に含まれます。「埼玉県の医療法人にて人工透析開始時、大腿部のシャントへの穿刺を誤り出血させ、意識不明にさせた。人工透析後、止血ベルトをはずし忘れ、12時間巻き続け、阻血性壊死で運動機能を喪失させた。入院、手術の際に、十分な感染予防措置を怠り、敗血症で死亡した。」

詳細がよくわからないのですが穿刺を失敗し、たぶん動脈を傷つけ、内出血したのでしょう。その後意識不明になりベルトで思いっきり縛った。どこかに搬送され、ゴタゴタのなかでベルトはそのままとなってしまい、足が壊死、入院するも敗血症で死亡。という状況なのでしょうか。踏んだり蹴ったりな感じですがベルトで足が壊死、血腫で敗血症と相当末期の患者さんであると思われます。動脈は深いため止血時の圧迫場所を間違えると、体内で出血、関節が曲がらなくなるほど腫れあがることがあります。

「琉球大学医学部付属病院は2009年2月18日、左内頸静脈にカテーテルを挿入した60代の女性が透析を開始したところ、大量出血を起こし死亡したと発表した。同病院は医療事故だったとして関係機関に報告、女性の家族に謝罪した。同病院によると、カテーテル挿入の際に抵抗があったため、血管の損傷を疑ってCTをしたものの、明確な診断は得られなかった。翌日に血液透析を開始したところ、縦隔内で大量出血。緊急手術をしたが、死亡した。」

カテーテル挿入時の事故です。透析を行うため頸部、鎖骨下、大腿部の太い静脈に脱返血用のカテを入れるオペですがこれらの部位には大きな動脈も走っています。穿刺ミスに分類されるカテ挿入時の事故は透析の事故ではなく手術中の事故に含まれるべきですが上記の記事はカテーテルが血管外に留置されており、透析開始時に体内で出血、死亡したものです。

投薬ミス

「投薬ミス」では薬の配り間違いなどが多いと思われます。希釈しなければならないカリウムを直接注入してしまう「ワンショット」による死亡事故は数回起こっています。カリウムは心臓を止める作用があり、アメリカでは死刑に使用されています。食事制限の対象ですが高効率の透析や高齢で食欲が落ちている場合など透析後低カリウムとなることがありこれは不整脈の原因となります。通常希釈点滴ですがジュースを飲むなど工夫できないのでしょうか。

「堺市南区の医療法人泉北藤井病院で2008年1月、人工透析を受けた80代の女性患者に、看護師が誤ってカリウム溶液を希釈しないまま注入し、直後に死亡していたことがわかった。病院は市保健所と泉北署に報告、「現段階で死亡との因果関係はわからない」としている。女性は人工透析を受けている途中、血中のカリウム濃度が低下した。医師の指示で、看護師が透析用回路からカリウム溶液を注入。女性は容体が急変し、約10分後に心不全で死亡した。」

透析液異常

「透析液異常」は透析液の組成の異常や異物の混入などがあります。「岐阜市の朝日大学歯学部付属村上記念病院は人工透析を受けた患者33人のうち、15人が血圧低下 や吐き気などを訴え、経過観察も含め24人が一時入院したと発表した。透析装置の消毒液の一部が透析液に混入したのが原因。病院側によると、透析装置に付属している消毒液ラインに、消毒液ボトルの粘着剤が入り、弁にすき間が出来、そこから消毒液が混入した。病院側は過失を認め、患者に謝罪するととも に、弁を二重にするなど再発防止策を取った。」「佐倉市の聖隷佐倉市民病院で人工透析を受けている患者約40人が平成18年1月、貧血になり、5人が入院していたことが分かった。入院患者を含め17人が輸血を受けた。病院側は、透析液を作るための水を水道水から病院敷地内の井戸水に変えたことが原因との見方を示している。水の変更直後に患者の貧血が進行し、水道水に戻したところ、進行は止まったという。」地下水中のアンモニアと消毒用に添加した塩素が反応、水処理装置の能力を超えたクロラミン(結合塩素)が生成されたのです。「1996年2月、ブラジルのカルアル市のブラジル透析センターで、急性肝不全が多数発生した。患者の9割に相当する116名に視力障害、吐き気、嘔吐などを発症し、うち50人が死亡した。その後の調査で、アオコの発生する毒素マイクロシスチンに汚染されたあきらかに濁った水を透析に使用したことが、原因であることが明らかとなった。池の水を飲んだ家畜が死亡し、問題となっていた。アオコは青潮とも呼ばれ、アオコの発生する毒素マイクロシスチンは塩素に感受性のある毒素であるが透析センターでは当時、塩素消毒を行った記録はなかった。」

院内感染

その他の事故には「院内感染」があります。2001年の透析患者のC型肝炎ウイルス陽転化率は2.2%/年であり、つまり、一年間に透析患者の2.2%がC型肝炎ウイルスに新規に感染していたのです。透析患者は日常的にC型肝炎に院内感染していたことがわかります。「1987年、三重大学医学部付属病院小児科に勤務する25歳の女性研修医、28歳男性医師、35歳女性看護師がB型肝炎に感染し、研修医と男性医師が死亡、看護師が重症となった。感染源は患者。この事故から9日後にも福岡大学病院で同種の事故が起き、医師2名が感染して死亡している。」「1999年5月、兵庫県加古川市の福原泌尿器科医院にて患者7人が相次いでB型肝炎を発症、うち6人が劇症肝炎などで死亡した。院内感染調査委員会は、患者の透析時刻などの記録がなく感染経路「究明は困難」とした。その後の調査で同医院の透析患者123人のうち、8割にあたる、98人がC型肝炎ウイルスに感染していたことが明らかになった。これは当時の全国の透析患者のC型ウイルス肝炎罹患率の4倍以上の異常な感染率で、調査委は「同医院では日常的にウイルス感染の危険にさらされていたことを強く示唆していると指摘。院長は「事実を厳粛に重く受け止め、院長職の辞退を考えている。早急に新体制に移行する予定だ」とのコメント出している。」

医療機器、医療用品によって引き起こされる事故、死亡事故は相当数あるといわれています。医療機器から流れた漏れ電流によって1970年代にアメリカで死亡した患者の数は1700名以上といわれ、アメリカの臨床工学技士的資格であるBMETの資格法制化のきっかけとなっています。平成19年に厚生労働省から改正医療法「医療安全関連通知」が出され、医療機器を安全に使用するための指針がすべての医療機関に義務づけされました。その内容である責任者の設置、保守管理の実施、研修の実施、情報の収集と対策の実施は
すでにほとんどの病院で行われていることではあります。医療機器の管理が適正に行われるということは生命を尊重するということです。

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