Carmine

その色は、ごく普通の少女だった。
決して裕福では無い家庭のもとに生まれたが、厳しくも優しい両親に尽きぬ愛を注がれ育っていた。
そうして彼女は大雑把で男にも引けを取らぬ強気さを持ちながらも、誰かのために戦える正義を持ち合わせた少女となった。

おおよそ5つか6つとなったある日、少女が遊びから帰り、玄関を開けると妙な違和感を感じた。

静かだった

いつもなら母が夕飯の準備をしている音が聞こえ、いい香りもしているはずだった。だがその日はそれが無かった。
少し不思議に思いながらも買い物に出かけているのだろうと思考が至り、そのままリビングへ向かった。
リビングには一人の男が立っていた。父は今日は仕事が休みだったはず。

だが明らかに

その背中は父のものでは無かった

そしてその手には、赤く染まった斧が握られていた

視線を下に動かす
そこには二人、いや、二つの何かが転がっていた
少女の頭は理解出来なかった
だが少女は理解していた
それが 自分を愛し 自分が愛した存在だったということを

不意に男が振り向いた。大柄で大木のような男は、だが尋常では無かった。
定まらない視線 涎にまみれた口元 ふらつく体
そして
男は笑っていた

限界だった
叫ぶことすら忘れ、少女は家から飛び出していた。
逃げなければ、もはや頭がどうにかなりそうだった。

少女は走り続け、裏路地に入った。よく知った道ではあったが、そもそもが逃げ切れるはずが無かった。異常な思考、もつれかける足、歩幅の差。
ついに追い付かれ捕まる。よりによって袋小路で。
男の狂気にもはや抵抗するという思考すら出来ずにいた。
押し倒され、腕を抑えられる。
赤い斧が振り上がり、その姿に少女は瞬きすら出来ずにいた。

次の瞬間 鈍い音と感触

腕が 軽くなった

男が手に何かを持っていた。
だがやはり、少女は理解できなかった。
それでも体は正気で、神経は正常だった。
少女は経験の無い痛みに悶え、異常な思考に拍車をかけた。もはや正常なのか異常なのか、現実なのか幻覚なのか、生きているのか死んでいるのか。
もう一度男が斧を振り上げる。
限界をとうに超えた頭では、その姿は救世主そのものだった。
父と母に合わせてくれる、優しき救世主に。

「生きたいか」

不意に聞こえる声。耳を経由しない、脳に直接伝えられているような声。
いつの間にか目の前には帽子を被ったブロンドの女性が立っていた。

「生きる力を授けよう。だがこれからは純粋に人としては生きられない。それでも生きたいなら、手を貸そう。」

少女は答えた。人としての最後の理性か、生命体としての本能か、それでも答えた。


男の斧は半端な位置で止まった。
鈍色の腕が男の斧を拒んでいた。それは少女の失くしたはずの端から生えていた。
そこからの少女の記憶は朧気だった。
気づいたときには男はもはや生命体としての形を成していなかった。
少女はふらつく足で裏道から出た。そこで一人の女性と会った。

「君は生きる道を選んだ、もう人としては生きられない。だから私と共に生きてもらう。
私はスカーレット、君には新しい名を持ってもらう。
そうだな、君の名は ーーー




「おい今日の仕事はなんだ? あ?ペット探しにハチ駆除? いくらなんでも屋だからってそいつはねーよ…たまには派手なのやらせろってんだよ…はぁ…アーム改造でもするか…」

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