「さらば、葉桜の君」

桜が例年より早く咲き始めた今年3月
教室の窓からもよく見えるそれを眺めながらふと思い出す

今まで桜をこんな気分で見る事があっただろうか

桜の花に出会いと別れを見出す人は数多いが、生憎私にはそんな思い出は無かった

強いて言うなら
小学校時代の変わった友人との別れを少しだけ惜しんでいたら、同じ中学校で拍子抜けした事ぐらいだ

しかし今年は、桜の花びらに多少乗せ甲斐のある思いが心にあった

花が散る事を惜しむように、別れを惜しむ相手がいた

ただ彼女に似合うのは、儚く舞い散る桜の花ではなく

太陽に煌めく葉桜だった


あと2週間の、高校生の私達

「は~る~」
「純さんは春になると毎年あんな感じですよね」
「お姉ちゃん春大好きだから」
「暖かくなるから?」
「寒さから解放されるから」
「あぁ」
「でもアタシも割と今ぐらいの時期が一番好きかなぁ」
「このぐらいが一番楽ですよね」
「そうだな」
「お、珍しく入ってきたね」
「春だしな」
「春だからか」
「春だからですか」
「は~る~」
「…暖かさでボケてんじゃねえだろうな」
「…」
ベシッ
「いでっ」
「せめて浮かれてるって言ってよ」
「そんな変わらねえだろ…」
「いや浮かれてるのは事実だし」
「自分で言うのか…」
「春は浮かれるでしょ」
「んん…」

春は浮かれるもの
気持ちはわからなくないが、今年ばかりはそうはならない
だから普段絶対しない会話に入り込んだりした
今になって焦りだす、残り少ない時間に

「そういえば今年の桜、咲くの早いよね」
「そうだっけ?」
「例年より少し早いそうですよ、この調子なら卒業式の頃には満開じゃないでしょうかね」
「卒業式かぁ…あっという間だったなぁ」
「…」
「そんなに暗くならないでくださいよー…まだ日はありますし」
「「…」」シュン

こいつらもそんな顔するんだなと、つい思ってしまった
別れを惜しむ人の顔
見ていて何が一番辛いって、誰だろうとどうしようも出来ない事
死別するわけでもないのに心苦しいのは、"ここ"ではもう会えないから

「しかし人少ないな」
「受験も終わったからねー、来てるのはアタシ達みたいに友達に会いたい人じゃないの?」
「暇なやつらだな」
「人の事言えませんよ」
「…」
「おっすー」
「お、おっすー」
「春ってことでいちごフレーバーのお菓子持ってきたよー」
「「わーい」」
「いっぱいあるんですね~」
「んでうっしーはこれ、抹茶」
「いいって言ってんのに…」
「いいのー、ほら食べて食べて」
「…」
ポリポリ
「どうよ」
「…もうちょっと抹茶強いほうが好み」
「あーそっか…」
「でも食えなくはない」
「んふー、そんで何の話してたの?」
「もう卒業だねーって話」
「…」
「あれ?」
「ウグッ…」
「あ!?ちょっ!?」
「ふえ…」
「あーもう書類関係めんどくせーなぁ…え?」
「ティッシュ!ティッシュ!」
「うええぇぇあぁぁぁぁぁ…」
「大丈夫ですよー!まだ日はありますから!ね!」
(うるせえ…)
「あーお前らまさか卒業式関係の話したのか?」
「してたが」
「こいつ卒業して別れるの死ぬほど寂しいってんで頭から排除してたんだよ」
「はぁ」
「ほらもう泣くな、化粧崩れっぞ」
「それはやだぁぁぁぁぁ!」
「なら泣くなって」
「それは無理ぃぃぃぃぃ!」
「よしよーし」
「…」
「えっまずい!純さんも泣きそうです!」
「ズビッ」
「ちょっもー!二人共泣き止んでくれー!」

最後までやかましいやつらだ
いや、この場合は姦しいと言うべきなのか?
ただこんな光景ももう1ヶ月となく見れなくなると思うと少しもったいない気分になってしまうのは、感傷というもらい事故のせいなのだろうか
…やめてくれ
そういうのは、私の領分じゃないだろう?
クールだの冷血だの、そういうのが私の”印象”ってのだろう
そんなやつが寂しいからって泣いてみろ
一生の笑い話にされる

でもだからって
その気持ちを分かち合え無かった事を一生後悔するよりは…


「ただいま」
「おかえり…渚」
「…なんだよ」
「あんた、卒業式いつだっけ」
「…再来週」
「わかった、あの人も式だけなら行けそうだって」
「あっそ」
「…渚」
「…」
「…何でもない」
「あぁ」

何か言いたげだったが…
まぁいいか
私もはっきり言っておかないといけない事があるし
その時になれば、向こうも言えるようになっているだろうか
こっちもその時まで覚悟を保てるだろうか
…最後まで頭を悩ます事が多い高校生活だったな


「昨日大丈夫だった?」
「え?何が?」
「…何でもない」
「うそうそ、ごめん急に泣き出して」
「気持ちはわかるけどね」
「いやー駄目だねー、最近涙脆くて」
「お前動物のドキュメンタリーでもボロボロ泣くもんな」
「いやそれは泣くだろ常考」
「言っといてあれだけど確かにそうだわ」
「っしょ」
「動物好きなのか?」
「好きだねー、犬とか猫の動画よく見てる」
「ふーん」
「うっしーは好き?」
「別に…」
「えー?可愛いよ?ほらこれとか」
「んー…」
ワンワン
「何か…」
「ん?」
「いや…いいんじゃないか」
「いいっしょ~、あとはね~これとか」
「ん」
(牛鬼がこいつに付き合ってる…珍しい…)

この犬、透っぽいなとか言えるわけ無いし
というか犬見るたび思ってる気がする

「何見てるんですか~?」スルッ
「っ!?」ゾワッ
「アニマルビデオ」
「あら、ミミズク動画は無いんですか?」
「ミミズク…は見たことないなぁ、ちょっと探してみる」
「…」
「…あの、牛鬼さん」
「…別に怒ってない」
「え」
「…」
ガッ
「ヒュッ!?いだだだだ!?」
「…」
「…うぅ、頭割れるかと」
「怒ってはいない、仕返しはしたかったが」
「それを怒ってるって言うんですよもー」
「そんな常識知るか」
「えー…」
「…」

不思議なもんだな
これももうすぐ無くなると思うと、イラつく事も無くなる
それでもやり返したくなるのは、そういう関係だからか


「ねぇ…」
「んー?」
「最近きーちゃん変じゃない?」
「やっぱりそうですよね?今までより話に積極的ですし、悪戯に怒りませんし…」
「…」
「そうそう、今までに比べたらすごい話すよね」
「どうしたんでしょうね」
「んー…」
「お姉ちゃんどう?」
「んまぁ…駄目とかじゃないけど急に変わっちゃうとね」
「案外普通に寂しかったりするんですかね」
「えー?それはどうかな」
「…」


「ねぇねぇ」
「何だ」
「ちょーっと聞きたいことあるんだけど」
「何だよ」
「ちょっとこっち」
「?」

「で、何だよ」
「んー…最近…その…」
「…」
「悩みとk
「どうせ最近の私が変って言いたいんだろ」
「いや変とは…」
「わかってる、いつもより喋るだの何だの思ってんだろ」
「その…まぁ…」
「…悪い、別に怒ってるわけじゃない」
「…」
「なぁ」
「?」
「私の印象とかイメージってどんなんだ」
「え?」
「冷血だとか素っ気ないとかぶっきらぼうとか」
「うーん、そういうのは別に…」
「あ?じゃあ情が無いとか無粋とかドライとか…」
「よくそんな出てくるね…そういうんじゃないって」
「じゃあ何だよ」
「まぁパッと見だとそう感じるかも知れないけど、何ていうの?不器用?」
「…まぁ確かに手先はそんなに器用じゃないが」
「…あと鈍感」
「あ?」
「違うよ不器用って言うのは、本当は平穏に過ごすために人に優しく生きたいけどそれをうまく実行出来てないって所」
「っ…」
「3年間一緒にいてさ、この人は自分を出すのが苦手なだけで本当は誠実に生きたいんだろうなって感じるようになったの」
「そんな上等な人間じゃない」
「そしてそういう所がそうなんだよなってもう何百回も思った」
「チッ…」
「まぁ私も自分を出すの苦手だからそんなに言えないんだけどね」
(そうでもないだろ…)
「で、答えたんだからそっちも答えてくれないかなー」
「何が」
「最近人と話すのが大好きになった理由」
「別に好きじゃないが」
「…」
「…別に好きでも嫌いでもない、ただ」
「ただ?」
「…今になって指の隙間から零れ落ちるこの時間を実感し始めた。
入学当初はこんな事になるなんて微塵も思っていなかったし、ここしばらく夜に不意に目覚めることもほとんど無くなった。
だからこそ、実感するのが遅すぎたと後悔しているんだ。
だからもう1ヶ月と無い今になって、無様に貪るように今を感じているんだ」
「…」
「まぁ、今更どうしたって後悔はする。それでも焦りは消えずにただ駆られてなりふり構わず話に入っていったりしてるんだ」
「…」
「別に自暴自棄になってるわけではないが、いっそ笑ってくれ。
友人ってそういうもんだろ」
「いや…なんか小説みたいな語りするなぁって」
「え…」
「でもやっぱりそういう所も不器用」
「…そうなんだろうな」
「そしてそういう所が真面目で健気」
「…」
「似合わないとか言うけど、そうやって泥臭くてもしようって所はすごい似合ってる」
「…どうだか」
「というか、その人が強い気持ちを持ってすることが”らしさ”なんじゃないかな」
「…」
「私からはそんな感じです」
「あっそ」
「…透ちゃんにはさ、いっぱい話しかけてあげてね」
「…」
「せっかく出会った縁だしさ」
「…あぁ」

なんだかするすると言葉が流れ出た
なんだ、私こんなに喋れたのか
そんな気付きが後悔に拍車を掛ける

でも
ネガティブで、口下手で、不器用な私が
一つぐらい自分に誇れる記憶を綴れるチャンスが目の前にあるから
泥臭くても、似合わなくても、追いかけてみる
それが似合うらしいから


あと1週間の、クラスメイトの私達

「ん゛ん゛…」

どうにも喉の調子が悪い、それに少し痛い
また体調崩したのだろうか
式までに治ればいいが…

「…」
「この間親戚の家行ったんだけどさ、久々に会ったわんこに引きずられかけてさー」
「前も引きずられかけていませんでしたっけ?」
「言ったっけ?」
「ジョー、毎回のようにテンション上がるから…」
「やんちゃですね」
「そこが可愛いんだけどねー」
「ねー」

「…」
「うぇーい双子ー」
「おん?」
「コアラのー」
「「マーチ」」
カシャッ
「コンマもズレてなくて草超えて森」
「そりゃ双子だし」
「ねー」
「やっぱあれ?じゃんけんとかインフィニティあいこ?」
「あのーカリオストロの城でさ、ルパンと次元が無言でじゃんけんするシーンあるじゃん」
「ある」
「あれやって決着つかなかった事ある」
「森超えてアマゾン」

「…」
「(あの双子姉の山を拝めなくなると思うと惜しいな)」
「(あのお嬢様の羽角を拝めなくなると思うと惜しいなぁ…)」
「(お前ら…)」
「(いい加減素直になれ、そしていっそ妹に玉砕してこい)」
「(うむ)」
「(いや別にそういうのではないし…)」
「あんたら何話してんの?」
「「「!!!!」」」ビクゥ

ずっと会話が聞こえてくる
その会話に入りたいのに喉が気になってかける言葉は霧散してしまう
他におかしい所が無いのが余計に苛ついてくる

「今日は大人しいじゃん」
「別に…」
「…何か声変じゃない?」
「…」
「喉痛いの?」
「…」
「…無理しないでよ?」
「…」

辛い
ずっと、ずっとそう
心が沈む時に限って、人が差し伸べた手を払い、そんな自分に罪悪感を覚える
少しぐらいは変われたと思ったけど、私の底に溶け落ちたそれはいつだって私を乗っ取ろうと息を潜めている


「牛鬼さんどうしたんですか?」
「喉の調子悪いみたい」
「え」
「どしたのお姉ちゃん」
「いや…」
「せっかくいっぱい喋ってくれるようになったのに」
「まぁ調子悪いときは安静にしてるのが一番です」
「…きーちゃんあまり喋りたく無さそう?」
「そうね、何か最初の頃みたいな気がする」
「…ちょっと耳」
「ほい」
コソッ
「…んー?まぁいいけど」
「出来るだけ長くね」
「ほいよ、じゃ」

「何を耳打ちしたんですか?」
「こっちからいっぱい話してあげてって、返事しなくていいからっていうのも付け加えて」
「その心は」
「…調子悪い時のメンタルは想像以上にボロボロだから」
「…それは経験則?」
「うん」
「…透さんは想像以上に人たらしですね」
「いい意味で言っとく」
「ふふふ」


「…ねぇさ」
「…」
「声出さなくていいからさ、ちょっとアタシの話聞いててよ、ね?」
「…」
「この間親戚の家に行ったのよ。それで向こうでわんこ飼ってるんだけどさ、ジョーって言うんだけど」

知ってる
というかわんこって呼ぶのかお前

「ジョーさ、雷とか大きい音苦手だったりビビリなくせにさ、アタシ達と散歩行ったり遊ぶ時はすごい元気に騒ぐのよ」

お前みたいだな

「散歩行く時なんかいつものように引きずられかけるからもう大変なのよ」

親戚はどうやって制御してるんだ

「でもねー、可愛いのよ」

手のかかるほどなんとやら

「前に変な虫が真ん前通り過ぎた時にさ、めっちゃ鼻近づけて追っかけたんだけど絶対ちょっかい出そうとはしなかったんだよねー」

変に理性的だな、というかなんだその虫

「あとさー…

返しが次から次へと思いつく
今までだって頭の中でひとりごちたりしたが
これほどなのは初めてだ
だから、だからこそ
今声を出せないことが、泣きたいほど辛い

「そうそう前にアタシの中学の友達に会ったじゃん?」

でも、辛さが募る度
その声が浄化してくれる

「あの二人の高校の友達も”アキラ”って言うんだけど偶然かね?」

ずっと、聞いていたい


「おかえり」
「…」
「ご飯すぐできるから」
「…」
(最近は割と機嫌良さそうに見えてたけど…本当にどうしたのかしら)


「…」
「今日も喉痛いの?」

結局翌日もあまり変わらなかった
相変わらず他に異常無いので学校に来てはいるが

「んじゃあ
「いい」
「え?」
「そんなに心配しなくていい、すぐ治rゲホッゲホッ」
「あー無理に喋んなくていいから!」
「…」
「言いたい事あるならえーっと…ほらこれに書いて」
「…」

『無理に心配しなくていい』

「…あのさ、前にアタシが熱中症になった事あったじゃん」

あった…かもしれない

「その時にさ、めちゃくちゃ不安で辛くて、それはもう泣きそうなぐらい。
でも意識が遠のきながらも3人の声が聞こえてさ、それが何というか逆にその距離感が逆に不安になったのよ。
でも今思うとすぐそばに3人がいたからこその感覚だったのかなって、その声すらも聞こえなかったら本当に泣いてたかもしれない。
調子が悪くて辛いときって、それぐらい心も調子悪いの。
というかぶっちゃけそっちの方がメンタル弱いんだからわかるでしょ」


『余計な一言さえ無ければな』

「声出なくても相変わらずね…まぁ気を紛らわすためとでも思ってよ。
というかあまり言わない方がいいんだろうけど…やらないとお姉ちゃんに怒られる」

『お前は相変わらず姉には弱いな』

「いや別に弱くねーし…ていうかこれは理由の数%ぐらいで…あーもう!心配してんのに本当に可愛げの欠片も無いな…」

『可愛げなんてあの二人にでも食わせろ』

「それは違いない」
「…」

ありがとう
そう書こうとした手を止めた
これはまだだ
最後にちゃんと、私自身の口からだ

「それにしてもそんな喉だけピンポイントで風邪引くんかね、いつも喉からなの?」
『喉よりは熱、あと頭痛』
「それは寝不足だから寝ろ」
「おーどしたー」
「昨日から喉の調子悪いんだって」
「ほー…ん…」
「風邪なんかね」
「…ちょっと軽く声出してみてくんね」
「…あ゛ー」
「他調子悪いとこあるん?」
「…ない」
「…それ声枯れじゃね?」
「は?」
「いやだって最近牛鬼めっちゃ喋るじゃん、普段あまり声出さねー奴が1週間も無理したら少しぐらい喉おかしくなるんじゃね」
「えぇ…そんなバカな…」
「アタシもよくカラオケ行くけどそんな感じの声なるわ、とりあえず…ほい」
「…?」
「アイストローチ、喉の調子悪い時はそいつを1日3つ食えば速攻治る、アタシのお墨付きだぜ」
「…」
「まぁそれで治んなかったら病院行きな、んじゃ」
「…」
「…」
「治ったら一発蹴らせて」
「…」

悪かった


言われた通り食べたらだいぶ良くなった、熱や鼻詰まりも相変わらず無いので本当に喉を無理に使ったせいだったようだ
やっぱり、似合わないことはするもんじゃない
…いやそもそもそれだけで痛むのは流石に使わなさすぎなのでは
似合う似合わない以前に、人としてそれはどうなんだと思う

「ッシ!」
ッパン
「ッダ!?」

全く本気では無かっただろうけど、脚に貰ったそれは思っていたよりは痛かった

「えっ何、どうしたの」
「喉酷使しただけでそんな深刻そうな顔しないでよね!」
(微妙に無茶がある要求ですね…)
「…悪かった」
「んんんんんんん…」
「まぁ良くなったんですから良しとしましょう?」
「一発蹴ったから良しとします!!」
「…」
「でも普段そんなに喋らないの?」
「別に喋ること無いだろ」
「JK…」
「お前JKだからってどいつもこいつも喋ると思ってんのは偏見だろ…イツツ」
「あ、ごめん…だいぶ加減はしたけど…」
「勝手に触るな」
「え、青くなってたりしてないよね!?」
「スカートめくるんじゃねえテメエ!!」

「(牛鬼さんってあんな羞恥心ある人でしたっけ)」
「(えー?まぁ女の子だし普通じゃない?)」
「(そうですかね…?)」

決して
決して被虐嗜好があるわけではないのだけれど、何というか…
心配してたんだなぁって感じた
…気がする


最後の日の、さよならの私達

「…」

いつぶりだかわからない制服のリボンを付けて、相変わらず似合わないなぁと思いながら身支度を整える
ただ、どうせ最後なんだからと随分律儀な自分が外そうとする手を止める
…そうだな、どうせ最後だからな

「先に出るから」
「何か準備でもあるの」
「別に、じゃあ後でな」
「はいはい」
「あれ、渚先に行ったのか?」
「行っちゃったわ」
「最後だから思い出に浸りたいのかな」
「感傷的になるタイプかしら、あの子」
「どうだろう、それにしても渚ももう高校卒業か…」
「…あっという間だったわ」
「色々迷惑をかけたね」
「貴方は貴方の、私は私のやる事をやっただけよ」
「…ありがとう」
「…」

幾度となく見てきた通学路も、最後というだけでどこか違う道に見える
そんな事を思いながら学校に辿り着いた
誰もいない教室に入り、いくら何でも早すぎたと自分に呆れる

「はぁ…」

ずっと永遠に続くような時間が、光のように過ぎ去って行った
いつまでもあいつらといれるような、そんな幻想が破られる今日
素直に涙を流せばいいじゃないかと背中をさする幼い私
さよならだけが人生だと苦い顔で呟く少しだけ昔の私
二人が睨み合いながら、席に座る私に問いかける

「「私はどうしたいんだ」」

少しだけ悩ましい
"最後ぐらいは素直にいたっていいじゃないか、恥ずかしいけどあいつらは受け入れてくれるんじゃないか"
"別れが常のこの世界、いちいち悲しんでいたらこの脆い心はいくつあっても足りないだろう"
そんな二つの考えが浮かぶ
しかし
その二つの考えを捨て、”私”はこう答える

「やりたいようにやるよ」

今の私という第三の答え
誰にも影響を受けない
例え、いつかの自分だろうと

答えを告げると二人は呆け面を晒す
だけどすぐにどこか安心したような顔をした
そんな二人に
"お前は友人を大切にしてくれ、多分、生涯の親友になるだろうから"
"お前は眠れぬ夜が続くだろうが、彼女が救ってくれるまでもう少しだ"
そう告げると、彼女たちは去っていった
彼女達との別れにも今日はいい日だった

「あら随分早いですね」
「そっちもな」

揺れる頭のハネっ毛は今日も綺麗に整っていた
普段から制服もしっかり着ていた彼女は、まるで卒業生ではないかのようにいつも通りのように見えた

「今日はリボン付けてるんですね」
「…最後ぐらいはな」
「それにシャツも前閉めてますし」
「冬は閉めてただろ」
「そうでしたね」

いつも通りの会話
テンポも、抑揚も、いつも通り

「ご両親は来るんですか?」
「あぁ」
「私も母が来るんですけどいつも動画やら写真やらいっぱい撮るので少し困っちゃうんですよね」
「あー…確かに本人より騒ぐタイプだなあれは」
「毎回私より泣きますし」
「ふーん…」
「参っちゃいますね」
「…お前泣くのか?」
「は?いやなんですかその質問…」
「私より泣くとか言ってたから」
「それは…」

何だ、歯切れが悪いな

「それは…私も人並みの女学生ですし…」
「女学生って、いつの時代だ」
「人の揚げ足を取るような事言わないでください」
「悪いな、お前には散々やられてきたからな」
「…」
「…」
「…本当は、こうやって話すのも最後だと思うと今にでも泣きそうです」
「…」
「牛鬼さんがどう思ってるかはわかりませんが、私は貴方の事を大事な友人と思ってるんです。正直今までに出会わなかったタイプの人でした。だからこそ、貴方から得られた物は多かったです。でもそれ以上に、透さんや純さんや牛鬼さんといっしょに…いられて…」

正直驚いた
別に木菟森を冷血だとか割り切れる人間だとか思っていたわけではない
ただ、ポジティブにまた会えるからと悲しみより期待に生きる人間なのかと
やっぱり今日は、いつも通りには行かない

「ほら」
「…ありがとうございます」
「…私も」
「?」
「私も、退屈はしなかった」
「素直じゃないんですから」
「それは…もう少し後でな」
「じゃあ、楽しみにしてます」
「ん…」
「それにしても、ティッシュ持ってるなんて意外と女子力ありますね」
「それはマナー力だ」
「それもそうですね」
「うぇい~っす~…あ、うっしー何泣かせてんのよー」
「こいつが勝手に泣いたんだ」
「およよ…牛鬼さんにお別れ出来てせいせいすると言われました~」
「言ってない」
「ちょっと女子~」
「言ってない」
「え?じゃあ寂しいんですか?」
「全て虚言」

そんな頭の悪いやり取りをしていると段々人も集まってきた
双子も今日ばかりはリボンを付けてきていた
…というか今思うとちゃんと制服着てたやつ少なかったな

そろそろ式が始まるので講堂に移動した
卒業生入場に始まり、所定の席に着く
両親もちゃんと来ていた
それから卒業証書授与式、式辞…と続いたのだが、
正直暇と言えば暇だった
来賓紹介や祝電と言っても大半はよく知らないし
かと言ってあまり楽にし過ぎるのもまずいし
まぁ…旅立つ私達へのものだから
それに、最後だしな

最後だからっての便利だな

「ヴァアアアアア!」
「お前どんな泣き方してるんだよ」
「%#&%$~~~!!!」
「はいはいジャパニーズオンリージャパニーズオンリー」

「俺ら、妙な繋がりだったけど楽しかったぞ」
「いつかの日にまた語ろぞ」
「グスッ…おう…」

そんなこんなで卒業式も無事終わり、教室に戻ってくる
女子だけでなく意外と男子も泣いてる奴がいて少し驚いた
教師から証書を渡され、少し話をして解散となった
だけど私にはもう一つ、この学校でやる事がある

「なぁ透、少し付き合ってくれ」

向かうは私達が出会うきっかけとなった校舎裏
今なら思い出の場所と言えるだろう

「何かもう懐かしいね」
「三年経ったからな」
「三年かー」

自然に声を出せる
大丈夫
ちゃんと言える
そう思った矢先

「で、どしたの」
「…まずはこの三年間、お前には世話になった」
「どーいたましてー」
「その…」

急に声が詰まりだす
くそっ、本当に突然だな
たくさん伝えなきゃいけない事があるのに…

「ん?」
「あの…」

考えていた言葉が引力を失った星のように散り散りになる
急速に離れ、すぐに手の届かない距離まで飛んでいく
駄目だ、今だけはそばを離れないでくれ

「…」

トンッ

拳が優しく私の胸に当たる

「待ってるから、しっかり聞かせて」

この一言で感情の堰が切れた
胸が熱い、手が震える、視界が歪む
あの時の事を思い出せた

「お前と出会えて、ずっとずっと幸せだった。
この三年間、ずっと好きだった。
でもそれ以上に、友達として心の底から愛してた。
話したり、笑ったり、喧嘩したり、透から貰った思い出は数え切れない。
一生自分に誇れる物を貰った。
だから、ありがとう。
一緒にいてくれて、本当に嬉しかった」

自分でもわかる
今私は、とてもいい顔をしてる

「アタシも、一緒にいて楽しかった。
あの時のアタシは、間違っていなかったとハッキリ言える。
だから…だから…」

対して透は、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな顔だった
何とか言葉を伝えようと、涙を必死で耐えるその姿は
思わず笑いそうになるほど、愛おしかった

「だからアタシも!牛鬼渚という友がいた事を!誇りに思ってる!」

そこからは二人揃ってとにかく泣いた
一生分とも感じられるほど泣いた
初めての号泣は、存外気が晴れるものだった

「グスッ…ところでさぁ」
「何だ」
「あの時”少なくとも今は”って言ったじゃん、友達でいるの」
「言…ったような気がする」
「おい、…それで?」
「え?」
「今はどうなの、友達か、ここで改めて告白するか」
「そんな展開で告白できるか馬鹿」
「ビビリ」
「あぁ!?」
「で、どうなんだよー」
「…友達だ」
「…そう」
「…お前はいい女だとは思うけど、友達でいるのに慣れちまったからな。それに」
「なっ」
「変わらねえよ、どっちにしても」
「…それもそうか」

恋人でも友達でも、一緒にいて楽しいなら
今のままでいいだろう
難しいことは考えなくていい
私達は、私達だ

「というかさぁ…いきなりいい女とか言わないでくれない?」
「何だよせっかく褒めてやってんのに」
「いや…もういいや、早く戻ろ」
「ん」

「あ、戻ってきた」
「二人とも目赤くしてどうしたんですか」
「えーっとねぇ…」
「思い出話だよ」
「えーじゃあ私達も混ぜてよ」
「そうですよー」
「また今度にな」
「「えー」」

この二人にも言っとかないとな

「…なぁ純」
「ん?」
「お前はぼーっとしてるように見えるけど、ちゃんと人の事を見てる。そういう所に助けられた事もあった。ありがとう」
「うぇっ、急に何よ」
「褒めてやってんだろ」

そう言って雑に純の頭を撫でる

「ちょっ!?」
「あら羨ましい、私には無いんですか?」
「んー…お前は無駄に頭が回るからな、そうやって自分で何でもかんでもどうにかしようとするな」
「えぇ…褒めてくださいよ」
「はいはい聡明聡明」

今度は木菟森の頭を撫でる
このハネっ毛、こんな感触だったのか

「おあー」
「…」
「何だよ」
「いや…」
「透ちゃんやられてないの?」
「ないけど…」
「お前のは断る」
「は!?」
「だってお前髪弱いだろ」
「…なんかムカつく、おらっ」
「おわっ!?」

そう言うと透は私の頭を撫で回した
二人も続いてきて、見事な鳥の巣を形成された
でも撫でられる感覚はこそばゆくて、悪くはなかった

「あぁくそっ、頭めちゃくちゃだ…」
「すぐ直るからいいじゃん」
「髪さらさらですね」
「気持ちよかった」
「はぁ…もういいだろ、そろそろ帰るぞ」
「え?集まり行かないの?」
「悪いがパス、用事あるし」
「せっかく最後の集まりなのに」
「そういうのは興味無い、じゃあな」
「あっまた会おうね!」
「約束は出来ん」
「そこはしろよー!」
「…行っちゃいましたね」
「行っちゃったね」
「はぁー、じゃあアタシ達も行こ行こ」


あともう一人、話さなきゃいけない相手がいる

「…お疲れ、集まりあるんじゃないの」
「パス」
「あんたねぇ…」
「父さんは?」
「行っちゃったわ、というか遅かったけど何してたの」
「…色々」
「そう、あ、あと写真」
「え?」
「あの人に頼まれたの、せめて写真だけでも撮ってきてくれって」
「あっそ」
「ほら、そこに立ちなさい」
「ん…なぁ」
「?」
「一緒に入れよ」
「は?」
「ほら」
「ちょっと…」
「3,2,1…」
パシャッ
「…ん、これでいいだろ」
「渚…」
「ちょっと話したいことあるから」
「…」

向かったのは近くの川の土手
そこに腰掛ける

「で、何よ」
「…なぁ、勉強していいとこに行けば幸せになれるとか言ってたよな」
「…そんな事言ったわね」
「母さんはどうだったんだ」
「…」
「…」
「…昔、私も失敗したのよ。第一志望の大学に行けなかった」
「それで?」
「え?」
「そのまま人生も失敗したのか?」
「それは…」
「あんたの言う幸せってのがどうなんだか知らないけど、家族もいて、安定した生活で、それだけじゃ駄目だったのか?」
「…」
「いや…否定するわけでは無いんだ。勉強していい大学、会社に入れば生きるのに困る事はそうそう無いだろうとは思う。
でも…でもせめて、よく頑張ってるって言葉を聞きたかった」
「…」
「それだけで、もう少し信じれたよ」
「…あなたが高校受験に失敗して顔が変わってようやく気付いたの、あなたを褒めたことなんてあったかと、そしてそれは私自身が親に求めたことだったのにって。
私が親になった時は同じ育て方はしないってあんなに思ってたのに、結局のところ人は育てられたようにしかならないって思い知らされたわね」

母親が小さく感じられた
あんなに怖かったのに、もはや可哀想だった

「勉強させるのは間違ってなかったとは今でも思ってる。
でも…確かに貴方の言うように、少しぐらい褒めてあげれば良かったわね」
「…もういいよ、あの高校も何だかんだ楽しかったからな」
「ごめんなさい」
「もういいっての」

小さくすすり泣く母親の背中を優しくさする
この人は自分が得られなかった物を子供に与えたかっただけなんだと、今なら素直に思える
そう考えれば、愛はあったんじゃないかなって思える

「なぁ」
「…」
「その…今からでも遅くないから…
頭を撫でてくれ、そしてよく頑張ったって褒めてくれ
それで、全部終わりにしよう」
「…」

手が私の頭に置かれる
初めて感じるその手はとても暖かかった

「貴方は私の誇りよ、よく頑張ったわ」
「ん」
「そしてこれは私からの最後のお願い。
あなたに子供が出来た時は、どうか私と同じ過ちは犯さないで。
あなたの子を肯定してあげて」
「…その前に出来るかね」
「え」
「子供が出来るかどうかは知らないけど、出来た時は…頑張ってみるよ」
「そう…でも…」
「え?」
「好きな子いたんじゃないの」
「は?」
「だってバレンタインにチョコ作った時あったじゃない」
「…」
「?」
「帰るぞ、飯も食ってねえし」
「あっちょっと」

その後、二人でファミレスに入った
多分、二人で来たのは初めてだった
少しだけ穴が空いた二人の間に立つ壁越しに、
今まで話したことの無かった話をした
母親の自然な笑顔を、初めて見れた


月並な例えをするならば、この高校生活は桜のようだった
冬の枯れた桜から始まり、少しずつ蕾を芽生えさせ、最後に見事な花を咲かせた
その花は散ってはしまうけど、私の思いを乗せて吹雪かせる
どこまでも舞い上がる桜吹雪に次の季節を感じる
光り輝く、あいつと出会った葉桜の季節を



何度目かの、葉桜を超えて

15分前
もう早く来るのは癖のようなものだ
朝から夏の始まりを押し付けるような気温に嫌気が差しながらどうしようかと思考を巡らせる
今年は思い切って髪を切ったのは正解だったかもしれない
高校時代みたいに長いのには戻れないかも
楽だし
ただ短くしても、やっぱりあいつみたいに毛先が跳ねる事は無かった
…あいつらと会うのは卒業式ぶりだったか
連絡が来たのがつい昨日、久しぶりに遊ぼうと時間と場所が指定され、こっちの返事も聞かずに決まっていた
私に用事があったらどうするつもりだったんだろう

でも、正直嬉しかった
まだ私のことを覚えていたんだって
まだ友達と思っていてくれたんだって

…なんて事、口が裂けても口にはしないが

そう考えると当時はどんな事を話していただろうか
記憶を探るが、そもそも私は喋ることがあまり無かった
ほとんど聞いてるだけだったような記憶しか無い
再会したらどんな事を話せばいいだろうか

…と思ったがそんな心配する必要無いだろう
どうせ向こうが勝手に話し始める
勝手に話し始めて、適当に聞く
それが、私達だったから

そんな事を考えてると、見覚えのある姿が歩いてくる
遠目でもあの三人は変わってなかった
それに気付くと一人だけ髪型が変わった事が気になり始める
…変じゃないよな
あいつに似せたとか思われると物凄く癪だし、下手に似合ってると言われても困る
そんな事で落ち着かないまま三人が近寄ってきた
そしてあいつが開口一番

「似合ってんじゃん」
「うるせえ」

自然と言葉が出た
色々変わっただろうけど、この感じだけは変わらなかった

願わくば、季節をいくつ重ねても
この感じを忘れたくないと思う



桜を見守る人達

「あのー」
「はい?」
「もしかして速水さん?」
「そうですけど?」
「あら!そっくり!」
「…えーっと」
「あ、すいません急に。私木菟森って言います~、娘が速水さんとこの双子ちゃんにお世話になったようで」
「あ、そうでしたか!話は聞いてます、こちらこそお世話になったようで」
「いえいえ~昴もよく話してくれてまして、そしたらこの写真を見せてくれてそれで速水さんの事わかったんですよ」
「あら本当ですか、確かによく似てると言われるんですよね…」
「そりゃもうそっくりですよ」
「そうですかね、木菟森さんもこう見ると似てますね」
「似てますかね~?」
「姉妹みたいですよ」
「あらお上手なんですから」
「ふふ」
「うふふ」
「…するとこっちの子は」
「この子は牛鬼ちゃんって言うんだったかしら…あ」
「え?」
「…あの方かしら」
「…あー」

「…」
「あのー」
「えっはい…」ビクッ
「もしかして牛鬼さん?」
「そうですが…」
((そっくりだ))
「あの…」
「あっすいません、娘がお世話になりました木菟森と言います~」
「速水と言います。娘がお世話になりました」
「あぁ…牛鬼です、こちらこそお世話になりまし…あ」
「?」
「…もしかして渚に服とか下さった方?」
「あ、そうですそうです!」
「そういえばうちも貰ってました…ありがとうございました」
「わざわざすいませんでした…」
「いいんですよ、渚ちゃんいいもの持ってるからコーディネートし甲斐がありましたもの」
「そうでしたか…あの子、普段の事はあまり喋ろうとしないので…お二人のお子さんにご迷惑かけてなければいいのですが…」
「昴から聞いてる限りでは全然そんな事ないですし、実際会ったときも礼儀正しい子でしたよ」
「うちの子からもたまに聞きますけど、クールでカッコいい子だって言ってましたよ」
「そう…ですか」
「…牛鬼さん?」
「…すいません、高校に上がる頃色々ありまして…それで誰かに迷惑かけてないか心配だったもので…」
「そうでしたか…」
「でも…時が過ぎるに連れてあの子の顔もだいぶ明るくなって…多分お二人のお子さんに随分助けてもらったんだと思います、本当にありがとうございました」
「そんな、頭を上げてください」
「いいんですよ、あの子達がしたくてしたことですし」
「ですが…」
「それに、会って思ったんですけど渚ちゃんはしっかり自分で考えて動ける子です。あの子はもう大丈夫ですよ」
「…ありがとうございます」
「…はい!じゃあそろそろ始まる時間ですし、行きましょうか!」
「うっ」
「えっどうかしましたか」
「いえその…卒業式始まると思うとちょっと泣きそうに…」
「早っ!?」
「仕方ないじゃないですか…だって18年も生きてもう大人になるんですよ…」
「うっ…そう言われるとグッとくるものが…」
「…ふふっ」
「もう!牛鬼さんったら」
「そんな調子だと終わる頃には枯れちゃいますよ」
「とりあえず行きましょ行きましょ」
「うぐぐ…我慢…」
(何だか愉快な人達ね…渚がちょっと羨ましく思えるわ)

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