Agate

その色は、敬虔な信徒であった。
ある宗教の信徒である両親の元に産まれた彼女には特別な宿命があった。

「信徒に自らの血肉を捧げ、その血肉を種とし、神のもとへ向かうための意識の花を咲かせよ」

両親は自分達の子に偉大なる宿命が授けられた事に喜びを感じていた。
我らの子こそが、神に選ばれたのだと。

この宗教には一つ特徴があった。
一般社会においていわゆる非合法薬物とされるものを摂取する事によって神の言葉を聞くというものだ。
通常は教祖や位が高い者のみが宣託を授かるため用いるが、祭事の際は一般の信徒も用い神の慰めの言葉を聞くのだと言う。
そんな環境で育った彼女に薬物は悪だという認識が育つ訳は無かった。むしろ神の祝福とすら感じていた。
中には薬物中毒で亡くなる者もいたが、それは神に選ばれなかったのだと言う。
そういう宿命では無かったのだと。

そんな中、少女は信徒達に愛された。
少女が優しく、奥ゆかしく、敬虔な信徒として育ったのもあったが、それ以上に
「神のもとへ向かうための生きる霊薬」
という意味合いが大きかった。
だが少女はそんな真意に気付かなかったし、気付くつもりもなかった。
少女は優しくしてくれる信徒達を信じていたし、信徒達を愛していた。唯々それだけであった。
そんな少女が成長するに連れて両親は一抹の不安を感じ始めていた。
本当にこの子を捧げるべきなのか?
本当に私達の子が神に選ばれたのか?
本当にこの子を愛しているのか?
考えても答えが出ない問をずっと考え続けていた。時には教祖に、時には神に、同じ問を投げかけたがかたや「信じなさい」、かたや無言と、あまりにも無惨に切り捨てられた。
しかし唯一つ、唯一つだけ絶対的な答えを確信できる時があった。

少女に愛していると伝えられた時だった。


宿命の日である少女が18となる日に、両親は計画を決行する事にした。
少女と共に脱走する。
計画が外に漏れないようギリギリの決行であった、少女自身にも当日まで伏せられた。
計画を聞き少女は困惑した。
信徒としてこの身を捧げるのは間違い無く正しい。
だがそれは両親の愛を裏切ることになる。
しかし両親を取ればそれは神への反逆となる。
少女が決めるにはあまりにも重すぎる岐路であった。

だが少女が決める必要は無かった。
突如三人の部屋に信徒達が押し掛けてきた。計画がバレていたのだ。
少女は信徒に確保され、両親は取り押さえられた。
裏切りだ
反逆だ
神への冒涜だ
口々に叫ばれる言葉に両親は否定したが、もう誰の耳にも届かなかった。

三人は祭壇に連れて行かれた。
両親が祭壇の前に押さえつけられ、教祖は二人に話しかける。

二人の娘への愛は痛いほどわかる、だが神への冒涜は許されない。そこで神に審判を賜る。この霊薬で召されなければ我らは何もしない。だが召されればそういう宿命だったのだと。

どちらにしても絶望的であった。
飲んでも飲まなくても、生きても死んでもこの子は喰われる。ならばせめて、あの世でこの子が迷わないように先に行って待っていよう。
そうして二人は霊薬を飲んだ。
直後、二人は泡を吹いて苦しみだした。少女が泣き叫ぶもそこにいる誰もが静かに見守っていた。まるでこの後に起こる事が全てわかっていたかのように。
しばらくすると両親は動かなくなった。
この世の怨嗟を凝縮したような顔であった。
少女は放心して大人しくなった、目の前で愛する信徒達に愛する両親を殺され、もはや限界という言葉すら生温かった。
動かなくなった少女を好都合と思ったか、信徒達は宿命の儀式の準備を始めた。
死体を片付け、少女を祭壇に寝かせ、その周りを信徒達が囲んだ。
祈りの言葉を口にし、教祖が少女に薬を飲ませた。
途端に少女は目を見開き呼吸が荒くなった。
目の前は赤、青、黄と滅茶苦茶な色彩になり、遠くの物が近くに、近くの物が遠くに感じた。
感覚という感覚が全て混雑し、世界が崩壊していった。
あぁそうか、これが死なのか。
最期の一瞬だけ戻った意識でそう感じた。

「生きたいか」

不意に聞こえる声。耳を経由しない、脳に直接伝えられているような声。
いつの間にか目の前には帽子を被ったブロンドの女性が立っていた。

「生きる力を授けよう。だがこれからは純粋に人として生きられない。それでも生きたいなら、手を貸そう」

少女は答えた。両親が救おうとしたこの命、例え神に抗うことになっても。だから答えた。


気付くと、辺りは狂気という言葉を具現化したような光景が広がっていた。
とある者は虚空を見つめ、ある者は涎を垂らし笑い続け、ある者は血が流れているのも構わず壁や床に頭を打ち付けていた。
不意に痛みを感じ目を向けると、生きているのがおかしいほど体に喰われた跡があった。
痛みを堪えながら外へ向かう、なぜ生きているのか、なぜこの状態で歩けているのか、そんな事を気にする余裕すら無く歩いた。

扉を抜けた先に少女は一人の女性と会った。

「君は生きる道を選んだ、もう人としては生きられない。だから私と共に生きてもらう。
私はスカーレット、君には新しい名を持ってもらう。
そうだな、君の名は−−−




「ゼラニウム様、この書類はこちらで宜しいでしょうか?あらカーマイン様、お煙草が切れてしまったのなら後で買ってきましょうか?ヴァーミリオン様、お疲れでしたら私の特性薬を飲みます?え?それはゼラニウム様に止められている?そんなぁ…」


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