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ネイルサロン通いを休む

タイトルの通り、ネイルサロンに通うのを休もうとしたのは簡単に言うと

"「優先順位が下がった」"

ためである。
本記事では、ネイルサロン通いを休むまでの経緯を話しながら、そこで感じていたことや、最終的に伝えたいことを述べる。

ネイルサロンに通う

タイトルの「ネイルサロン通い」について状況を説明する。
去年の7月からネイルサロンに行き、自分の爪に色を付けて楽しむことをしていた。ネイルを初めてやろうとしたきっかけは二つある。

① ホットペッパーでヘアサロンをいつも予約していて、ネイルサロンもホットペッパーで予約できることを改めて知った。
② 元恋人がネイリストであり、一度だけ色は付けずに表面を磨いてツヤ出ししてもらった。

① は、ホットペッパーのアプリの仕様で、ヘアの隣にネイルのタブがあることを知ったため、ネイルサロンを予約するハードルが下がったことが、ネイルサロンを初めて自分で予約することにつながったと言える。
② は、実際に施術してもらって大体雰囲気も掴めたので、前者と同じではあるが、予約のハードルが下がり、自分からネイルサロンを予約することにつながったと言える。
そもそもネイルをやるには、自宅でやるセルフネイルか、ネイルサロンでやってもらうの二つに分かれるが、セルフでやるには綺麗に仕上がるかどうか自信がなく、もし仕上がりが良くなかった場合、ネイルへのイメージが悪くなるのではないかと懸念が残ったため、後者を選んだ。

ネイルサロンに通うことの良さ

前述の通り、ネイルサロンに通い始めてみたところ、通い始める前には気付けなかった、たくさんの良さに気付いた。

・ 一定の時間でプロの方が自分の爪に合わせ綺麗に仕上げてくれる
・ シンプルに爪に付いている色が綺麗だなと感じられる
・ 初対面の人に「ネイル綺麗ですね」と言われる機会が増え、そのついでに「綺麗な爪の形してますね」と言われ嬉しく感じられる。

他にも良さはあるが、ざっと挙げると以上の良さが感じられた。
あと話すことがあるとすれば、定期的にネイルサロンに通うことで、次にネイルサロンに行く日までにネイリストの方(毎回指名するので同じ方)と話すネタを作ろうと躍起になって日々を過ごすことができるのもある。もちろんそんなに話す必要あるのかと考えれば必要ないことなのかもしれないが、、。
施術していただいている間、せっかくなら良い時間にしたいと思い、大層な話をする必要はないが、ちょっと面白い話や身近な共感できそうな話などあると良いのかなと考えていた。

ネイルサロンに通うのを休むと決めた理由

たくさん良さがあるとは言ったものの、その良さを得るために費やすというか減らすというか気配りするといった、いわば代償の方に少しずつ意識が向くようになったことが、ネイルサロンに通うのを休むことにつながったと、自分ながら感じられる。これは冒頭で説明した"「優先順位が下がった」"ことを説明することになる。何が言いたいかというと、二つの要素のどちらを重視するか考えた際、

ネイルサロンに通っていた当初からしばらく経つ間(始めて半年くらい)は、
    ネイルサロンに通うことの良さ > ネイルサロンに通うことの代償
であったが、ここ1ヶ月くらいは
    ネイルサロンに通うことの良さ < ネイルサロンに通うことの代償

に変わってきた。ここで用いている不等号「>」と「<」はそれぞれ、”大なり”と”小なり”と呼び、大きい方に向いている事柄をより重視することを表現している。以上のように自分の考えが変わってきた、つまり、ネイルサロンに通う良さよりネイルサロンに通うことの代償を重視することで、ネイルサロンに通うことの"「優先順位が下がった」"と言える。
具体的に、ネイルサロンに通うことの代償とは何かを簡単に次の通り説明する。

① ネイルサロンに通うためのお金と時間
 これは一番誰もがイメージが湧くであろう要素であると考えられる。お金と時間については説明するまでもないが、以下の通り説明できる。

 お金:自宅の最寄り駅 ⇔ ネイルサロンの最寄り駅の交通費、ネイルの施術代
 時間:自宅 ⇔ ネイルサロンまでの徒歩と電車の合計時間、ネイルの施術時間

 ネイルサロンに通い始めたときは、お金と時間はかかるが、それに見合う価値を感じていた。しかし、だんだんとかかるお金と時間に意識が向くようになった。その意味で「代償」という捉え方をするようになった。
② 次にネイルサロンに行くまでに爪を切れないこと
 ネイルサロンに通うというのは、例えば今日ネイルサロンに行って施術してもらうとしたら、次にネイルサロンに行くのはだいたい3-4週間後だなと予定を組むことである。爪を切る工程もネイルの施術内容に含まれているので自分で爪を切る調整が難しい。また、爪が伸びているのが心地良くないといって爪を切ってしまうと、ネイルが剥がれやすくなるので、次にネイルサロンに行くまで爪を伸ばしたままにしておいた方が良い。
 以上の理由で、ネイルをするまでは知らなかったことだが、爪を切れないという事態が起こるのである。
③ ネイルが剥がれないように気を遣うこと
 ネイルで色を楽しめるのは言うまでもないが、その状態をなるべく維持しようとして、埃がつかないように爪の状態をこまめにチェックしたり、ネイルが剥がれる前にできやすい亀裂を防ぐために、爪を物に接触しないように気遣ったりする。
 ネイルサロンに通い始めたときは、純粋に色を楽しめていたが、だんだんと、楽しむために綺麗な状態を維持しなくてはと気遣うようになった。

 ネイルサロンに通うのを休むのは分かったとして、じゃあどうするのと考えた時、次の考えが浮上することに気づく。
「ネイルサロンに通うのをやめたのなら、自宅でやるセルフネイルを始めるのはどうなの?」と、ネイルをする方法を変えることが考えられるが、その考えに従うわけではない。自分にとってはセルフネイルを始めるという思いは一ミリもなかったので、
  「ネイルサロンに通うのを休む」=「ネイル自体をやめる(自爪に戻る)」
と言うことができる。
それでは、タイトルも「ネイルをやめる」とした方がシンプルだと言えるが、そうしない理由は、「ネイルサロンに通っていなければ、そもそもネイルをしていなかった可能性が非常に高い」ためである。お金を出してプロのネイリストの方に施術してもらったおかげでネイルをしていたので、「ネイルをしていた」というよりも「ネイルをするためにネイルサロンに通っていた」の方が、表現としてふさわしいと感じている。したがって、タイトルは「ネイルサロン通いを休む」と言うように「ネイルサロン」を含むものにした。
 ちなみに、タイトル中の「休む」ために一度付いているネイルを取り外す(オフする)必要があるので、この記事を書く一週間前に、ネイルオフというメニューで予約しネイルサロンに行った。後で出てくる「オフ」という言葉の説明をこの時点でしておく。

ネイルを休むことで見えてくること

ネイルを休むことで以下のことが見えてくる。

① ネイルをしていない自分をどう感じるか
② ネイルをまた始めたくなるか
③ ネイル以外の美容を考える時間が増える

①:この記事を書いている現時点では、「色のついたネイルを外さなければよかった」といった後悔や、「ネイルをしていない自分は美意識が低くなった」などの意識の変化・思い込みは無いのが本音である。強いて言うなら、ネイルをオフした後なので表面が荒くなっており、早くターンオーバーでネイルを始める前のツルツルの状態の爪に戻ってほしいという「期待」がある。また、人から爪綺麗だねとか良い爪の形だねとか言ってくれていたのは、あくまでも色付きのネイルをしていたからなのかなと実感するようになった、つまり、言葉を選ばず言うと色で誤魔化していたなと感じる。以上をまとめると、ネイルをしていない自分は悪いとか、ネイルをしていない自分のほうが良いなどの「良し悪し」の感情はなく、チラッと爪が見えてもほとんど何も感じない、「無関心」に近い。
②:現時点ではネイルを再開しようとは思っていない。ネイルをオフしたばかりで、ネイルが剥がれるのを気にしなくても良くなったという解放感があるためである。ただこれはあくまでも、「現時点」での話なので、この先ふとしたきっかけでまたネイルしようかなというタイミングが来るのかもしれない。この先ずっとネイルをしない!と勝手に未来を決めつける必要もないと考えている。感情は移りゆくものだからその変化に素直に従うことにする。
③:これは結構当てはまっている。というのも、美容について考えるエネルギー(時間・お金)は、他の要因(美容以外の趣味、仕事の忙しさ等)によって上がったり下がったりしているが、美容の中の「ネイル」の割合が、休むことで0になったので、その分他の美容(髪、肌、まつ毛)の割合が増えた。あまり深く説明するまでもないが、今まで存在していたものが無くなった(0になった)ことで、それを埋めようとして他の要素の割合が増えたということである。しかし、これはあくまでも割合が増えたという相対的な増加である。絶対的な増加というのは、1日のうちに考えるエネルギーが増えたこととすると、それは断言することはできない。ネイル以外が、あくまでも「美容」という枠組みの中で増え、「美容」自体を考えるエネルギーの変化を考慮に入れていないので、相対的と表現した。

自分にとっての美意識・美容とは 

 前の項から繋がる話にはなるが、最後の項目として話題提起をしたい。
ただネイルサロン通いを休むという出来事だけではなく、そこから分かる価値観や、こうではないだろうかという主張に繋げることを本記事では心がけている。
 ネイルサロン通いを休むことで見えてくること、それは、見出しの通り

”自分にとっての美意識・美容とは”

である。
 ネイル以外にも美容のカテゴリはたくさんある。ヘアや眉毛、まつ毛、脱毛等。
ネイルサロン通いを休むと決めた時に気になったことがある。「たくさんのカテゴリの美容をすればするほど美意識が高い」と言えるのか、ということである。つまり、ネイルやまつ毛、眉毛、脱毛など手を掛ける数が増えれば増えるほど、美意識の高さもそれに比例して高くなるのか、ということである。ここで、「自己評価」と「他者評価」というキーワードを用いて語ろうと思う。自分自身で美意識が高いという言い方はせず、どちらかといえば自分の身の回りの人に、「美意識が高い」と言われるケースが多いのではないかと思う。次の通り説明できる。

自己評価:美容は自分で手を掛けたいところだけなので、習慣として美容を取り入れている。
他者評価:自分と相手の、美容の手を掛ける数や質を比較し、相手の方が高い場合、「美意識が高い」と言う。

したがって、「たくさんのカテゴリの美容をすればするほど美意識が高いとは言えない」というのが私の考えである。自分にとっての美意識とは「たくさんのカテゴリの美容に手を掛けるのではなく、自分の綺麗にしたいところだけ手を掛ける」、つまり足し算の美容ではなく、引き算の美容のことを指し示す。具体的に綺麗にしたい美容のカテゴリについては今回は割愛する。

まとめ

本記事では、ネイルサロン通いを休むまでの経緯を話しながら、そこで感じていたことや、最終的に伝えたいことを述べてきた。
今ネイルサロンに行っている方、これからネイルを始めようとしている方は少しでも参考にしてくれると嬉しい。
勢いで書き、文字数が非常に多くなってしまったが、最後まで読んでくれた方、一部でも読んでくれた方、本当にありがとう。
それでは、また。


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