皆方探偵事務所異聞 いつか王子様に

※クトゥルフTRPGシナリオ「ニジゲン」プレイ後日談です。ネタバレはありません。

「いつか王子様になるんだって考えたことはある?」

 駅前の観光事務所で聞いたら、焼きまんじゅうとひもかわうどんを勧められたんだけど、焼きまんじゅうのほうはひとりでさっさと食べてしまった。ので、僕が桂さんに奢ってあげるのは自動的にひもかわうどんということになる。桂さんは僕に奢られるのを嫌がるというか、経費の濫用はよくないと内心思っているのを僕は知っているのだけれど、実をいうと半分くらいは経費では落としていなくて(というか通っていなくて)、僕の純然たる好意から出る自腹なんだけど、桂さんは名前のとおりちょっとサムライみたいなところのある人だから、そんなことを知らされたらハラキリくらいしてしまうかもしれない。ので、僕は今生の終わりまで黙っておくつもりだ。

 僕の名前は南方(名刺には皆方と記載されているけど、本当は南方と書く、皆んなのためをうたうために、あとは戦国武将みたいなイメージでなんかヤだという理由で、父は探偵事務所に掲げる名前を皆方、とした、まあいわば、芸名だ)睦実、一月生まれの24歳、言わなきゃバレないので黙ってるけど、新卒三年目じゃなくて一年目で、まがりなりにも一国一城の主を任されるようなキャリアは全然積んでいないんだけど、まあ、そういうことになっている。なお僕の収入源は半分くらい雀荘からたたき出されています。この事実も桂さんは知るべきではないと思う。

 僕は先日とても奇妙な事件に巻き込まれた。その事件の詳細は省くけれど、巻き込まれたのは僕と助手兼用心棒兼保護者、いやここ笑うところなんだけどまあ保護者の桂さん、そして部外者である、まあいわば友人の啓秀くんで、桂さんはまあ、仕事だ、この事件には一銭の収入も含まれなかったけどそれはそれとして、僕が動く以上桂さんはサラリー通りについてきてくれる、これはまあ仕方ない。でも啓秀くんはいくら仲良くしているといっても部外者で、そしてこの事件で一番ショックを受けたのも啓秀くんだった。

 そして啓秀くんは良いうちの、というかお医者様のおたくのお坊ちゃんで、そのうえ実家とあまり折り合いがよくない。ショックを受けて精神病院送りになった啓秀くんが送られた病院は、当然のようにお父さんの紹介による、よく見知った病院で……まあ、気持ちの良い入院生活ではない、と、思う。そうしてそれは僕のせいなわけだ!

 そんなわけで僕たち、つまり僕と桂さんはいま、群馬にいて、ひもかわうどんを食べている。僕の目の前に座っている桂さんは大きな体を小さく丸めるようにして、運ばれてきたひもかわうどんと、トンチキなことを言い出した僕とを交互に眺めた。トレードマークの使い捨てマスクは半分に畳まれてテーブルの上にある。僕が彼に話しかけたタイミングが間違っているのはもちろん僕は知っていたし、彼は何か言おうかと迷った結果、「返事、食べてからでもいいですか」と訪ねた。僕は彼のそういうところがたいへん、たいへん、好ましいと思う。桂さんは僕の助手で、というか用心棒というか、もっというと、保護者みたいな、うん、そういう、27歳の、たいへん格好良い、いや顔のことじゃなくて、人間は顔ではない。イケメンはもちろん僕は大好きだけどそれは人類共通のことであって、ていうかイケメンは顔のみによって決まっちゃうものではないよね。というわけで僕の保護者である桂さんはイケメンなのだった。大きな火傷をいつもマスクで覆っているのもたしかだけど。

「僕たちは変な事件に巻き込まれて、ていうか、僕のせいで頭から突っ込むことになったんだけどさ」

「……食べるの早いですね」

「全部僕のせいなのに皆んな僕を責めないのは少し、なんだろ、もうしわけない」

「全部ってことはないでしょう」

「食べ終わるまで聞いてていいよ、返事いいよ。律儀だな桂さん、そんなことだから雨の日に猫を拾うんだよ」

「拾ったことないですけど、……ていうかどういうイメージなんだ……」

「だから一人暮らしをしようかと思ったんだよね」

「……は?」

 返事はしなくていいと言ったような気がするんだけど、それはともかく桂さんはうどんと僕に四苦八苦している。僕はあいにくあまり黙っているのが得意ではない。正確には、沈黙があんまり得意ではない。人がしゃべっているとき黙っているのは平気なんだけどね。

「黙ってていいって、だから。あのさ、実家に行ったのね、けーしゅくんの」僕はだらだらと喋った。返事をしなくていいと言ったのがようやくのみこめたのか、桂さんは黙ってうどんをすすっている、というか、あんまりすするものでもないんだけど。

「ご挨拶とか、そういう……それで、けーしゅくんが中学生で家出して東京に出たって、中学生だっけ? 高校? のは、まあ、なんでかまあ、わかったよ、なんか、ーー」僕は今回の依頼人に思いを馳せた。偶然にもそれは、啓秀くんと同じような境遇の女の子だった。可愛い子だった。僕は思うんだけど、可愛い子、綺麗な子、格好良い子、そういう子が苦しまなくてはならない理由が、僕にはわからない。僕は父親が用意したプラットフォームをそのまま気軽に受け止めて、ぬるげーの人生を送ってて、怖がりなのはまあそうだけど桂さんがいつでも守ってくれて、ーー僕は僕が幸福であることが、不幸だと思う。不釣り合いだと、そう思う。でもそれはたぶん、

「けーしゅくんが、今度のことで、実家に、帰らなきゃいけなくなったら、僕はけーしゅくんがそれで、幸せになれるとは思えなくて、だからさ」

「……先生が」

 いつのまにか食べ終わっていた桂さんが、もとどおりマスクを装着しながら言った。うつむいて、いつもどおりに。あのときまっすぐに顔をあげた桂さんは格好良かったな、と僕は思う。僕は格好いい人や綺麗な人が好きだ。いつだって少しだけ恋をしてしまう。まあ、それ以上のことが何かあるわけじゃないんだけどね。元気よく24年間童貞だし。時々、みんな好きってことは、自分は全然だれにも興味がないんじゃないかと思うことも、ある。

 でも啓秀くんに居場所がないとしたら、それはかわいそうだって、そう思ったんだ。

「先生が一人暮らしを始めたりなんかしたら、毎日ボヤ騒ぎ、に、なってそうですけどね」

「料理しなきゃいいんだよ」

「ーーいつか王子様に。『に』? 先生が?」

「そりゃもちろん。男の子はいつだって、ヒーローになりたいものでしょう」

 桂さんは本当に小さな声で、「助けられてばっかりのくせに」と言った。桂さんは笑っていた。そしてそのまま小さな声で、言った。

「先生は『名探偵』ですよ」

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