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蛇塚心中

「忙しいんだ。帰れ」
「今日は近所だよ。もみじ谷のお地蔵さん」
「蛇塚は嫌いだ。独りで行け」
「足が折れたからムリ」
「俺には関係ない」
「村田正三。10年前の主治医は早瀬錬太郎先生でした!」
「・・・」

厄災が松葉杖を突き、ロングコートの下から真新しいギプスをチラつかせ、俺の前に立っていた。


槙村恵、職業:散骨屋。
幼馴染みのこの男は、昔から俺を面倒ごとに巻き込む病を抱えている。しかも、その症状は年を追う毎に増悪の一途を辿る。

「錬太郎はさぁ、面倒見が良いよね?」
「タクシー来たぞ」
厄災神は俺の隣に身を収めると、おもむろに切り出した。
「でね、年末に呼ばれてさ、『もうすぐ死ぬから、ふたり一緒に蛇塚に葬ってくれ』って言うんだ」
「なんで蛇塚なんだ?」
「逢い引きの場所だから」
「逢い引き?ふたりって、奥さんじゃないの?」
「訳ありの、そりゃあイイ女だったらしい」
「村田屋のおかみさんも優しくていい人だったぞ」
「イイの具合が違うのよ、錬太郎くん」
「・・・俺に浮気の片棒担げって言うのか?」
「色好まざらん男は、いと騒々しってねぇ・・・ふたりで何度も心中を考えた、人生最初で最後の恋だったって、爺さん泣いてたよ」

10年前・・・額に手をあて記憶を手繰る。
和菓子職人だった村田さんは、先代に見込まれて婿入りし、老舗を継いだ。始まりは愛だの恋だのじゃなかったにしても、外来で見かける姿は夫婦仲睦まじく・・・

「?訳ありって、ナンだよ」
「ヤクザの親分の情婦。で、オンナが月曜に死んだんで骨を一本分けて頂戴ってお願いしたらさ、嫌だって言うんだ。だから昨日、火葬場に潜り込んで盗んだ」
「で?スジ者に足折られたって?ギプスの長さからして、相当の骨折に見えるんだが?」
「脛骨と腓骨が両方折れた。もぉ、痛いのなんのって」
「両・・?昨日って・・・おまえ!なんで歩いてるんだっ!」
「?松葉杖だけど?」

そういえば、いつもは長い手足を巻き付けてパーソナルスペース・ゼロを主張する人間が、今日は随分遠巻きだ。首に触れると、尋常じゃない熱と拍動が俺の掌に伝わる。

「オペ後24時間は安静を守った。手術は成功!経過は良好!」
明るく宣言する恵の顔をまじまじと見つめる。ロングコートから覗く襟元がワイシャツに黒いタイであるにもかかわらず、下半身はシャツの裾から縦縞のトランクスがのぞいている。ギプスさえなきゃ、大爆笑だ。

「骨を渡せ。さっさと終わらせて、病院に叩き込む」
「優しいのねぇ、錬太郎は」
「うるさい」
片手でメロンの形をしたシャーベットのケースを受けとり、ポケットにねじ込んだ。
「もっと相応しい容れ物があるだろ?どうしていつもコレなんだよ」
答えは聞き飽きた。「好きだから」だ。いい歳をして、ホントにこいつはどうかしている。


間もなく東京タワーの根元、芝公園19号地に着いた。
「足場が悪いから、ここで待て」
「やだ!」
「メグちゃん!」
「嫌だ・・・」
しばし睨みあう。
呼吸が荒いのは興奮のせいじゃない。ベッドで患者しているはずの容態だからだ。

「おんぶ」
「?ナニ?」
「背負ってやるから、松葉杖置いてけ」

にしたって・・・
「なんで下半身パンイチの男を背負ってんだ?俺は?」
「目が覚めたらノーパンで寝かされてたんだ。履いてた喪服のパンツ、高かったのに切られちゃうし・・・コンビニでユルユルのトランクス買って、タクシーの中で履いて」
「聞いてない。喋るな。重い・・・くそっ狭い階段だな」
悪態をつきながら蛇塚の石段を登る。ここから落ちたら俺まで骨折しちまう。
「お地蔵さん恐いだろ?おまえビビりだから」
「杖無しで歩くか?」

一番奥まで登りきると、そっと恵を下ろした。
「立てるか?」
「お参りの振りして、並んでしゃがんで手を合わせて・・・ふたりの願い事は商売繁盛なんかじゃなかったんだ」
「・・・そうか。撒くぞ」
蓋を開けると、灰白色の粉が匙に1杯ほど。いつもよりずっと少ない。
「婿養子とヤクザのイロの左薬指だよ」
「そりゃあまた、ロマンティックなことで」
軽く指で混ぜて、地蔵の頭から振り掛けた。灰は僅かばかり舞い上がって、サラサラと丸い頭を滑り落ちていく。
恵の隣に並び、ふたりで手を合わせる。いつの間にかルーティン化した所作だ。

「とうふ屋に予約入れたんだけど」
「アホか?早く病院に帰れ!人の恋路で足一本ダメにする気か?」
「村田さんが早瀬先生に会いたいって」
「?死んだんだろ?」
「死んだのはオンナの方」
「おまえ、ふたりの指って・・・」
「生きてたって指は切れるだろ?」
「う゛?」
「俺、10年前までは外科医だったんだよ。忘れているようだから、教えてあげよう」

あの村田さんが?
物静かで、控えめで、はにかみ笑いの村田さんが、指を?

「切り離したのは指じゃない。錬太郎には分からないだろ?」
恵はそう言ってニヤリと笑うと、俺の背によじ登ってきた。


素敵なイラスト(絵師:Shivaさん)とコラボした、ノーカット版『蛇塚心中』はこちらでございます<(_ w_)>
(ほのかなBL仕立てになっております。ご注意下さい~)

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