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僕と母と小鳥とピアノ 8 方治(完)

 母の納骨と葬儀が終わった直後、先生から電話が入った。


「大丈夫か?一次予選は、通過したよ。二次予選は明後日だ。無理はするなよ。初めてのコンクールだから舞い上がっていたんだろうけど、一次の自由曲、ノクターンで申請していたのに本番で違うポロネーズを弾きやがって。通常なら違反行為、即刻退場だ。なんの手違いで通過したのかわからんが、二次予選では、審査員に目をつけられてると思え。一つのミスタッチも致命傷になるだろう。今のおまえは辞退しても当然の状況だ。辞退するしないは、お前の判断に任せるが、くれぐれも無理だけはするな。」

 先生は、相変わらず優しいのか厳しいのか、よくわからない。たけ兄に一次通過の知らせを伝えると、ひまわりみたいな満面の笑みで返してくれた。

 故郷を後にして会場に向かう新幹線に乗り、座席の窓枠に僕の小鳥と母の小鳥を並べた。お互い向かい合って、首をかしげながらグルッポウと言っている。

「母さん、母さん」
そう語りかけると、僕の小鳥がこちらを見て
「もしもし?ほうちゃん? まだ暑いわねえ。お彼岸まで我慢しなくちゃねえ。」

 いつもの母さんだ。涙がにじむ。

 僕は、母さんの何を知っていたんだろう。なにもわかっていなかったんだ。この先、母さんが残してくれた小鳥と話しながら、理解できるようになるのだろうか。

 二次予選で演奏するスケルツォの譜面をとりだした。一次予選で僕は何を見ていたんだろう。何もわかっていなかったんだ。

 僕は、もっと読み解かなければならない。僕を動かすために。間に合うだろうか、列車はステージに向かって走っていて、僕は必死に追いかけるように譜面を読み始めた。

(完)


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