打瀬くらげ

フィクションとノンフィクションの狭間 photographic writing

打瀬くらげ

フィクションとノンフィクションの狭間 photographic writing

マガジン

  • 小説「僕と母と小鳥とピアノ」(完結)

    ピアニストを目指す少年 方治。初めて出場するコンクール予選中、母の訃報が届く。従兄弟のたけしが開発しているトイボットの「小鳥」。方治は母とその「小鳥」を通して連絡を取り合っていた。父母との死別を乗り越え、故郷を離れて音楽の道に進もうとする方治が成長しようとする物語を描きます。

  • SF_PLOT「輪郭をなぞる音」

    SF小説のプロトタイプとして、断片的なシーンをおこしたもの。 人工鼓膜を持つ音楽家が、高性能聴覚能力に葛藤しながら、技術とともに成長していき、指揮者として聞こえている音を配信していく物語。

  • 小説「アンドロイド オイル」(完結)

    故伊地知氏の遺産を管理するアンドロイド、ダニエルとレイラは旧式の無機型。「無機型自動管理システムの一元化にともなう法律」の制定により、彼らを調査することになった新型アンドロイドのレイチェル。 ダニエルとレイラを暖かく見守る伊地知氏とその姉による過去の視点。 人間が描いたアンドロイドへの夢と現実を目の当たりにするレイチェルとレイチェルを支えようとする仲間による現在の視点。 過去と現在、それぞれの視点を交錯しながら、レイチェルが育っていく過程を描きました。

最近の記事

僕と母と小鳥とピアノ 8 方治(完)

 母の納骨と葬儀が終わった直後、先生から電話が入った。 「大丈夫か?一次予選は、通過したよ。二次予選は明後日だ。無理はするなよ。初めてのコンクールだから舞い上がっていたんだろうけど、一次の自由曲、ノクターンで申請していたのに本番で違うポロネーズを弾きやがって。通常なら違反行為、即刻退場だ。なんの手違いで通過したのかわからんが、二次予選では、審査員に目をつけられてると思え。一つのミスタッチも致命傷になるだろう。今のおまえは辞退しても当然の状況だ。辞退するしないは、お前の判断に

    • 僕と母と小鳥とピアノ 7 たけし

      「俺は、小さいころから、お前のピアノに嫉妬していたんだ。」 どこから話し始めようかと考えていたら、子供の頃の話になっていた。 「間違えないように、弾こうとしている俺なんかと違って、お前が弾くと音量が全然ちがう。おれらが体育館でドッチボールしているとさ、ピアノで遊んでただろ?他の女子も弾いていたけど、お前が弾くとみんな手を止めて聴きいっちゃうんだよね。そのすきに俺なんかは、ボール投げてアウトとってたんだけどな。アハハ。」 ウケてない。笑ってるの俺だけ。なんて寒い打ち明け話

      • 僕と母と小鳥とピアノ 6 方治

        「母さん、母さん」 いつも、そう小鳥に話しかけると、2,3回グルッポウと言って、母が応答してくれる。 「もしもし、ほうちゃん?お電話ありがとう。こちらは、だんだんと暑くなってきていてね、蒸してきているの。もう夏なんだものね。そろそろ畑の茄子もおおきくなってきていてね、今年はからし漬けにしてみようかなって。お向かいの佐藤さんから、とっても美味しいお漬物をいただいていてね、作り方も教わったのよ。うまくできたら、送るね。」 母さんは、こんな調子でずっと話を続けていた。  僕が

        • 僕と母と小鳥とピアノ 5 たけし

           ツカツカと足音が部屋の外から聞こえてきた。方治だ。ドアが開くと、呆然とした方治が立っていた。 「すみません。遅くなって。僕、知らなくて。何も知らなくて。」 崩れそうになっているところに、叔母たちがかけよって背中をさすった。方治は、促されるように、部屋に入ってきた。  方治、おまえは、なにも悪くない。悪いのは俺だ。おまえに何も知らせなかった俺が悪いんだ。  ぐっとこぶしを握り締めて下をみていた。火葬場の職員の誘導に従って待合室に移動した後も、叔母たちが方治のそばについてい

        僕と母と小鳥とピアノ 8 方治(完)

        マガジン

        • 小説「僕と母と小鳥とピアノ」(完結)
          8本
        • SF_PLOT「輪郭をなぞる音」
          3本
        • 小説「アンドロイド オイル」(完結)
          12本

        記事

          僕と母と小鳥とピアノ 4 方治

          郷里に向かう列車の中で、母の思い出が幾重にもよぎる。 「方治、ほらごらん。春いちばんに花をつけるのは、まんさくの花なんだよ。あそこに黄色く咲いているだろう。あれだよ。」 山を見る目を養ってくれたのは、母だ。 「緑が一番青くなるのは、いつかわかるかい?今日みたいな暑い夏の夕暮れだよ。光合成を思う存分味わった後の葉は、色が濃くなる。夕立に濡れているとより一層美しいね。」 母にそう言われて樹々を眺めていると、空気が濃く感じた。だんだんと暗くなる東の空から「おーい」という低い

          僕と母と小鳥とピアノ 4 方治

          僕と母と小鳥とピアノ 3 たけし

          「おい、たけし!」 「わかってるよ。ほうちゃんには俺がちゃんと説明するから。」  清美おばさんの葬儀は、ごく近しい親戚だけで行うこととなり、兄弟衆の3家族が火葬場でおばさんの一人息子の方治が来るのを待っていた。 「こういうことは、息子の方治が喪主になるのが筋ってもんだ。それを本人に知らせずにいるなんて。」 親父がぶつぶつと愚痴ていると、 「虫の知らせってあるものね。ほうちゃんのところにきよちゃんがあいさつにいったのね。」と叔母たちが感傷にふけってる。  俺は、なにかあっ

          僕と母と小鳥とピアノ 3 たけし

          僕と母と小鳥とピアノ 2 方治

           僕の家では、ピアノは農機具の納屋に置かれていた。秋冬は寒いけれども、通気がよく、音がキラキラと響いていた。それを大学の友人に話すと笑われた。同級生たちは僕の知らない演奏家の話ばかりで、とてもついていけなかった。田舎者と馬鹿にされることも多かった。セレブリティってなんだろう、同じ人間じゃないか、音楽を愛する同志がなんで競い合うんだろう。僕にはわからないことだらけだった。  大学3年になって、どこのゼミに入るか選別された際、僕は「将来農家をやりながら演奏活動をしたい」と言って

          僕と母と小鳥とピアノ 2 方治

          僕と母と小鳥とピアノ 1 方治

           僕は楽屋の片隅に座って、リハーサルで対面したピアノを思い出していた。やはりスタインウェイはすばらしい。ライトに照らされた彼に近づくとゆっくりと、世界が広がっていくようだった。僕の指を吸い付くように鍵盤が呼応する。転がる音をまざまざと撫でまわしたあの触感。また味わいたい。迫るコンクールの一次予選が待ち遠しかった。彼が僕を待っているようだった。  舞台袖にあがると、演奏を終えた人が泣きじゃくっていたり、卒倒して演奏できずに搬送されている人がいた。ああ、ここは戦場だ。あの向こう

          僕と母と小鳥とピアノ 1 方治

          エレベーターが倒れる時

           僕たちは、それを「えんとつ」と呼んでいた。 宇宙コロニーにつながるエレベーターのことだ。人が行き交うための交通手段としてのエレベーターの他に物資輸送用、高気密精密資材用、コ・エネルギー循環媒体用。数十本のシャフトが、海沿いの僕の街から宇宙につながっていた。  ある日突然、警報が鳴り響き、避難アナウンスが流れた。 「緊急事態が発生しました。直ちに高台の避難場所に逃げてください。繰り返します、、、。」  僕らは、校舎で授業を受けていたが、先生の指示で屋上に集合させられた。や

          エレベーターが倒れる時

          身体性をともなう

          前回、前々回の記事では、SF小説のプロットとして、断片的にシーンをおこした。  人工鼓膜を持つ音楽家が、高性能聴覚能力に葛藤しながら、技術とともに成長していき、指揮者として聞こえている音を配信していく物語を創作した。  現在、聴覚障害の方のため人工内耳技術が進んでいる。それは、体外受信装置から発せられる電気信号が蝸牛に伝達され、聴神経を経て脳に到達するものだ。大変なリハビリが必要だと聞く。  今回小説で描いた人工鼓膜は私の完全な創作である。人口鼓膜から受信された情報を外部

          身体性をともなう

          輪郭をなぞる音

          「おーい!いよいよ、始まるぞ。VRゴーグルとヘッドホンつけろよ。」 その掛け声で、おのおの席について演奏を待った。ゴーグルを装着すると、外界を遮断する没入感。白い空間に演奏会のタイトルが、粒状に浮き上がっては離散していく映像が映し出されていた。 『輪郭をなぞる音楽会』 演奏者の名前と演目の曲名が表示されている。 「あ、塔矢先輩だ。」 指揮者として記載されている名前に懐かしい気持ちが沸き上がってきた。 開始合図のブザーが鳴ると映像は、暗転した。 拍手とともに開けた映

          輪郭をなぞる音

          遠くから聞こえる音

           夕暮れになるとどこからか鐘の音が鳴り響くような気がする。ミレーの絵画のように、持っているすべてを地面に置いて、こうべをたれて目をつむりたい。祈りとは、なんだろう。今日を生きのびた感謝だろうか。誰かの幸せを願っているのだろうか。明確な答えもなく、容赦なく橙色に染まる世界にひれ伏してしまう。当然の幸せに満たされるていく。あらがいもできずに。  塔矢は、疲弊していた。夕方には、もう許容範囲を超えてしまう。身の回りに溢れる音の渦に思考も感情も擦り切れるようであった。 「助けてくれ

          遠くから聞こえる音

          ねまかき様

          「夜騒ぐといいが!山から『ねまかき様』がくるぞ。」ばあちゃんがいつも言うセリフだ。ねまかき様って何んだろう。母ちゃんに聞いても「さあね」というばかりでわからなかった。 朝、学校へ行く途中で登校班の仲間に聞いたら、「なんだよそれー!ねまかき様?聞いたことねえよwww」と笑われたが、ねまかき様がどんなのか、みんなで想像しまくった。蛇やタヌキ獣の類だろうとの意見。妖怪やお化けじゃないか。いやいや、山の主だよ。女の神様じゃないか。いや老婆だよ。なんて言って盛り上がった。 学校が終

          ねまかき様

          11、匂い

          待ち合わせの喫茶店に入ると、福田氏が手を挙げてこまねいた。福田氏の眉毛は、よく動く。私の顔を見たとたんにハの字に垂れ下がった。 「レイチェルからのお誘いは、嬉しいなあ。今日はどうしたんだい?」 「持っていて欲しいデータがある。」 「なんだよー!また、スパムかよ〜」 福田氏の眉毛が今度は逆ハの字だ。面白いな。 「いや、違うんだ。 もうじき私も任期満了になる。任期があけたら、公務に関わる記憶も消去される。でも、どうしても忘れたくないデータがあって、それを持っていて欲しい

          10、緑の陰り

          故伊地知氏の門扉のインターホンを鳴らすと 「レイチェル様、お待ちしておりました。どうぞ、お入りください。」 という言う声。レイラだ。 門扉をくぐると、薔薇の小道だ。 前に来た時にいれてくれた、ローズティーは、もしかしたらこの花だったのかも知れない。 立ち止まると、わずかに香りがする。 「すまない。」 花に向かって呟いた。 ダニエルとレイラの待つ家を眺めた。 小さな家だ。木造平屋建ての母屋は、古びているが手入れが行き届いている。庭木の陰に隠れてひっそりとしているその母

          10、緑の陰り

          9、傷

          「こんにちは〜!」 玄関から元気のいい声がしてきた。ああ、姉さんだな。今日は娘のマリちゃんが息子を連れてくるって言ってたな。と思う間も無く、 「ダニエルー!ダニエルいるー?遊ぼうーー!」 子どもならではの甲高い声。 ハヤトとカナタだ。 男兄弟で、5歳と3歳。まあ、目まぐるしいほど動き回る。家中走り回り、ソファでトランポリンをしはじめる。その二人は、ダニエルが大のお気に入りだ。毎週のように来るようになってしまった。嬉しい悲鳴だ。 「恭平おじさんこんにちは。」 マリちゃ