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メトロノームからの脱却─華麗な花が茨を乗り越え棘を得た。桑原拓vs.ジーメル・マグラモより

写真_山口裕朗
Photos by Hiroaki Yamaguchi
@FinitoYamaguchi
@finoto22

☆10月25日・後楽園ホール
OPBF東洋太平洋フライ級タイトルマッチ12回戦<セミファイナル>
○桑原 拓(大橋)挑戦者13位
●ジーメル・マグラモ(フィリピン)王者
判定3-0(116対112、117対111、117対111)

 速い。美しい。軽快。華麗な桑原拓のボクシングは、観ている誰もが心地よくなる。リズミカルでテンポもよく、まるで万国共通に愛されるポピュラーミュージックのよう。だが、それは目の前に立つ対戦相手をも、気持ちよく酔わせてしまうものなのではないか。いつからか、そんなふうに感じていた。

 スピードで面食らわせてしまえば、一気に勝負のカタはつく。けれども、それがかなわずラウンドが進めば進むほど、桑原自身がさらにテンポを上げ、リズムに乗れば乗るほど、相手もよりいっそうアドレナリンを噴出してしまう。
 いわばメトロノームのような刻み。だから速度を上げようが、ついていける。そして、あるレベルを超える思考と技能の持ち主ならば、カチカチと一定したリズムを吸い取って、これを止める手立てを可能にしてしまうのだ。

 桑原と松本好二トレーナーは、メトロノームの解体を試みた。これはそうそうたやすいことではない。並の選手ならば、あれほど精巧なリズムマシーンを造り上げることすら困難を極める。そして桑原は、長年のたゆまぬ努力で小さな部品をコツコツと丁寧に、折り重ねてきたのだから。しかし、これ以上を、目指す高みへの到達を求めるには、いまやっておかねばならない。ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)に敗れ、本腰を入れて取り組んだ。自信を失った状態からの、大きな賭けでもあった。

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