ボクシングの深みを教えてくれたトレーナーの言葉。2002年の3試合が“始まり”だった【前編】

 学生時代、わずかばかり武道をたしなんだことがあったので、大枠こそ頭にも体にも取り込んでいたものの、「スピードが速い」「パンチが強い」「ボディーワークが巧い」といった、はっきりと目に映るものばかりにどうしても心を奪われていたように思う。

 高校時代、書店で偶然出会った専門誌『ワールド・ボクシング』に恋焦がれ、その後およそ10年の片思いが実り、とうとう編集部に入ることができた。当初は見るもの聞くもの全てが新鮮で、それらを追いかけることに無我夢中。周りのものは一切見えていなかったと思う。「猪突猛進」といえば多少聞こえはいいが、実際は「五里霧中」状態だった。

 ようやく少しは落ち着いて見聞することができるようになったのは、それから2年が経った頃のこと。そして、同世代のトレーナーふたりの言葉が、“きっかけ”となった。

 2002年8月24日、東京・両国国技館で行われたWBC世界スーパーバンタム級暫定タイトルマッチ。チャンピオン、オスカー・ラリオス(メキシコ)に挑んだ福島学(JBスポーツ)は、初回からワンツーを喰らってダウンを喫し、その後なんとか懸命に立て直そうと奮闘したものの、ラリオスにほぼ一方的に打ち据えられて8回レフェリーストップとなった。

 この試合後、別件で山田武士トレーナーを取材することになったのだが、当の大一番の話題になったのは必然だったかもしれない。
「ラリオスにワンツーで倒されたから、みなさんにはそのインパクトが強かったと思うんですが、試合が終わった直後、三浦さんに声をかけられたんです。『あの左フックにやられたな』って。パッと見で見抜かれちゃったんでゾッとしましたよ。そんなこと言ってきたのは三浦さんだけ。『さすがスーパーコーチだな』って」

 三浦さん……とは、同年5月に国際ジムトレーナーから独立し、ドリームジム会長となった三浦利美さんだ。会場に大スクリーンが設置され、インターバル中にリプレイ映像が流されるようになったのはもっともっと後年のこと。今でこそ、ダウンさせたパンチが何か等、たとえ見逃してしまっても再確認できるが、当時は“その一瞬”は本当に一瞬で流れていった。もちろん、今でも大試合以外はスクリーンなどないことも多いのだけれども。

 開始ゴングが鳴ると、福島は自分のリズムを築くべく適度な距離を保ちつつサークリングし、いい感じで立ち上がっていた。そして、ややゆったりとしたリズムから、一転して素早いステップインから強烈なワンツーを打ちこんでいった。

「あれは2人で自信を持っていたやり方だったんです。でも、ラリオスはいとも簡単に合わせてきたんです……」

 開始わずか1分ほどのこと。福島の、満を持した強烈な右ストレートが決まるはずだった。が、ラリオスはこの急激な“テンポ変え”にも動じずに、体をやや左に沈めながら福島の右をかわし、抜群のタイミングで左フックをカウンタ―で合わせたのだ。

「福島もでしょうが、僕も驚きました。あれをあんな簡単によけて、しかもカウンターを合わせてくるなんて。ふたりともあれでガタガタになってしまった。『世界には、やっぱり凄い奴がいる』って思い知らされました」

 福島は平静を装っていたが、内心は「?マーク」に満たされていたのだろう。それを察知しただろうラリオスは、すかさず追撃のワンツーでダウンを奪ったのだ。

 KOシーンやダウンシーンばかりにどうしても目が行きがちになってしまう。これはある程度しかたのないことだ。けれども、そこに至る“伏線”が必ずあるということを、山田トレーナーに教えられた。そういう思いだった。

 あれから20数年が経った今、この試合をあらためて見直すと、ラリオスはその左フックを執拗に狙いつつ、それを意識させた上で、出だしのタイミングを全く一緒のままに左アッパーも狙っていることがわかる。そして、そのアッパーは全くヒットしていないのだが、それはそれでラリオスにとっては「良し」なのだということもわかる。「当たればラッキー、当たらずとも福島に意識させるだけでいい」のだから。

 左フックでメンタルを揺さぶられ、左アッパーでグダグダにされ、それらを警戒していれば長いワンツーが飛んでくる。悪い流れを立て直そうと“間”を作っては、その“間”を突かれてジャブをビシバシと差される。

 そんな袋小路に追い詰められながら、それでも福島は右ストレートを果敢に打ちこんでいった。そして、2度とどんぴしゃの左フックカウンターを浴びることもなかったのだ。

 怖くて右を打ちこめない、手を出せない……。そんな状態になっても、今なら不思議でも何でもなく思えるが、それでも福島は、やり続けた。当時は「打たれても打たれても2度と倒れなかった」福島の粘りが賞賛されたが、20年を経た今、全く色合いの違った強靭さに驚く。

※なにぶん20年前の記憶です。細部は多少異なるかもしれませんが、その点はご了承ください

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