見出し画像

【ボクシング】その瞬間、ゆるやかなリズムを切り裂かれた─谷口将隆、V2ならず。

☆1月6日・大阪/エディオンアリーナ大阪第1競技場
WBO世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦
○メルビン・ジェルサレム(フィリピン)2位
●谷口 将隆(ワタナベ)チャンピオン
TKO2回1分4秒

 谷口の好調ぶりは、開始早々から窺えた。上体を柔らかく使い、ゆるやかにリズムを取るかと思えば、一転して鋭くステップイン。体の動きだけでなく、放つブローもリズムを変えて打つ。左ストレートを上下に伸ばし、浅く深くヒットを奪う。そして右サイドへ回り込み、死角から左を打つ。この得意の攻撃パターンも早々に披露して、順調なスタートを切ったかに思えた。

 だが、気になることもいくつかあった。上体を左右にずらし、ジェルサレムの攻撃の軌道を外しているように見えたものの、正面から左ストレートを強く打ちこみたい意思を強固に感じ取れたこと。これは、思いのほか左を当てられると谷口が感知したからこそ起きる傾向だ。
 そしてもう1点。全体像はゆったりと見える谷口のリズムに対し、ジェルサレムはこれを無視して小刻みな前後ステップを貫いていたこと。谷口の左ストレートには左フックを狙うなど、反応の良さも見せていた。つまり、2ラウンドのあの瞬間までは、各々がそれぞれのリズムを構築しており、相手に合わせる、飲み込まれることには至っていなかったのだ。ゆるやかなリズムに巻き込んで、これを切り裂く瞬間を待っていた谷口は、きっとそれに気づいていたはずだ。

 が、ジェルサレムがその逆を演じた。谷口がリズムに引き込もうと“間”を築いた瞬間を削り取ったのだ。
 速いステップインからのワンツー。左は敢えて顔面をこすり上げるようにして放ち、谷口の視野を塞ぎ、右ストレートを顔面に直撃させた。井上尚弥(大橋)がファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を斬り倒した一撃を想起させる、痛烈な一撃だった。
 大の字になった谷口は、飛び起きるかのように両足を跳ね上げたもののかなわず、立ち上がったものの、下半身はいうことをきかず、ふたたびキャンバスに倒れ込んだ。レフェリーはここで試合終了を宣告した。

 谷口がすべてをうまく運んでいるように思えたが、空間に浮かぶ目に見えない塵ほどの綻びがあったのだろう。それを手にするか、渡してしまうのか。ボクシングの素晴らしさと残酷さを同時に味わう瞬間だった。

☆1月6日・大阪/エディオンアリーナ大阪第1競技場
IBF世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦
×ダニエル・バラダレス(メキシコ)チャンピオン
×重岡銀次朗(ワタナベ)5位
3回2分48秒無効試合

 真正面からの左を意識させておいて強烈な右フックへ繋げる。重岡のこの最大の武器をバラダレスは織り込み済みで、左ガードの反応できっちりと対応した。そしてその左に右をリターン、あるいは同時打ちを敢行。重岡は、より強く左を打ちこもうと意識を強めていたように思う。

 右腕をやや伸ばし気味に構え、ちょんちょんと素早く触角のように使う重岡。バラダレスは、左腕をだらりと下げて、フリッカージャブを放つ。速いテンポ、ハンドスピードでは重岡が上をいっていたが、間隙を突くバラダレスの右も、重岡がその軌道上にいるために、ヒットしつつあった。

 だが、重岡が非凡なのは、ストレートではなくボディアッパーに切り替えた点だ。右を合わされることなどまったく恐れず、合わされたとしても倒されない、そういう自信が体全体から溢れていた。そしてこのボディブローは、バラダレスを次第に追い込んでいく。

 バラダレスの腰は引け、右を合わせにいく余裕もなくなる。ここで一気呵成に攻めたい重岡がグッと強く踏み込んだ瞬間、バラダレスはボディを隠すため、頭を下げた。
 重岡のアゴに、バラダレスの右目が直撃したように見えた。

 レフェリーにバッティングをアピールして中断を得たバラダレスは、右目をつぶり、痛がっている。そしてドクターチェックの際に「もうできない」と申告したようだ。レフェリーは、偶然のバッティングと下し、一時は負傷ドローとアナウンスがあったものの、その後のやり取りでノーコンテスト(無効試合)に収まった。

 WBCが採用しているように、ビデオチェックがあれば、また違った裁定が下ったのではないか。なんとも虚しい結末を迎えてしまった。

☆1月6日・大阪/エディオンアリーナ大阪第1競技場
WBOアジアパシフィック・スーパーフェザー級タイトルマッチ12回戦
○力石 政法(緑)WBC15位
●木村 吉光(志成)チャンピオン
KO5回2分52秒

 左ジャブと右ストレートでボディを差し、力石の意識を下に向けさせて顔前に空間を作りにかかった木村。ジャブボディを右腕で叩き、その反動で左ストレートを刺した力石。その返しに右フックを打とうとする“間”に、左フックを狙っていた木村。そういう駆け引きが立ち上がりから積み重なっていく。

 2ラウンド、左フックを直撃された力石は、木村の意図を察知すると、3ラウンドに入って左ストレートから右ストレートへ繋ぐパターンに切り替えた。
 この変化に一瞬戸惑いを見せた木村を、力石は見逃さなかった。左ストレート→右フック→左ストレートとコンビネーションをまた変えて攻めた。これに対応できなかった木村は、左ストレートを正面から受けてキャンバスに尻もちをついてしまった。
 それまで下半身を安定させて、切れ味鋭いブローを放ってきた木村が、心理面から揺さぶられ、受け身になりかけた瞬間だった。

 セコンドの指示を受けたのだろう。4ラウンド、木村は右ストレートを強く深くボディに突き刺しにかかった。すると力石は、低い姿勢で飛び込む木村に右フックを合わせる。もう、木村の行動パターンはすべ把握済みといった様相だった。
 この右フックはガードの上からでも強烈なものだったのだろう。木村の体ははっきりと受け身になってしまい、力石は前に出てプレッシャーをかける。そして左ボディアッパーから右フックを決めて2度目のダウンを奪った。

 続く5ラウンド。目にも止まらぬ右左右のショートコンビネーションを木村の眼前にちらつかせて幻惑すると、一瞬の間を作って、それまで隠してきた左アッパーを木村のアゴに直撃。右フックをフォローしたものの、もうそれは必要なかった。木村は大の字になって倒れ、起き上がる意志は示したもののテンカウントが数えられたのだった。

 相手の意図を読み、それらを一つひとつ潰していく。と同時に自らの攻撃を決められるように、内外、上下とジャブ、ストレート、フック、アッパーを様々に織り交ぜながらお膳立てしていく。そうして相手を混乱させた上で、すっかり意識外になったブローで叩く。あまりにも知的な力石のボクシングは、とうにアジアの枠を超えている。

《ABEMAボクシングチャンネル・ライブ配信視聴》

ここから先は

0字

観戦した国内外の試合開催に合わせ、選手、関係者、ファンに向けて月に10回程度更新。

ボクシングの取材活動に使わせていただきます。ご協力、よろしくお願いいたします。