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【ボクシング】シャクールvs.サントス。スコアはさておき天才対決に酔いしれる/ナバレッテの無手勝流とコンセイサンの意地

 日本時間7:30から配信開始されるESPN+を見たかったが、早朝仕事の都合で見られず、10:30からのWOWOWオンデマンドに辛くも間に合うという状況だった。
 念のためESPN+をつけてみると、ミドル級8回戦トロイ・アイズリー(アメリカ)vs.ブラディミール・エルナンデス(メキシコ)のラスト。良い試合っぽい雰囲気だったので、最初から見たかった。
 WOWOWのほうは“前もの”が終わると、前座2試合を映してくれた。バンタム級8回戦フロイド・ディアス(アメリカ)vs.マックス・オルネラス(アメリカ)は、身長で上回るオルネラスが打ってはステップバックをするものの、ガラ空きの顔面をディアスが踏み込んで狙ってペースをつかむ。中盤から打ち終わりにヘッドムーブするようになったオルネラスだが、2度のダウンが響き、ディアスが2-1で制し、空位だったWBCユース王座に就いた。それよりもディアスのグローブがどこのものか気になってしかたなかった。ド派手すぎてロゴがよく見えず、一瞬アディダスかと思ったが違った。過去の試合写真を探してみたら、パックマン(パッキャオじゃなく)のようなマークだった。
 ブライアン・ノーマン(アメリカ)vs.クイントン・ランドール(アメリカ)のWBOインターナショナル・ウェルター級王座決定戦10回戦が終わり、いよいよダブルメインの第1試合へ。
 王者エマヌエル・ナバレッテ(メキシコ)vs.10位ロブソン・コンセイサン(ブラジル)のWBO世界スーパーフェザー級タイトルマッチは、解説の西岡利晃氏が指摘したとおり、フットワークを使うものの体の重そうなナバレッテを、コンセイサンが思いきりよい攻撃でリード。しかし4ラウンドにナバレッテが得意の左アッパーから右フックを決めてコンセイサンにヒザをつかせると混線の様相に。
 強い攻撃を意識するコンセイサンだが、上体ばかりが先走り、足がついていかない。ナバレッテは、一見するとヨタヨタしたように見えるが、コンセイサンのパンチが届く距離を把握しており、不格好でもその空間を外していた。
 バランス悪く、でも迫力をともなって打ちこんでいくナバレッテの攻撃に目を奪われがちだが、彼は実はショートアッパーやフックをねじ込む上手さがある。コンセイサンに打ち終わりを狙われても涼し気にアームブロックする技術もある。「カッコ悪くてもなんでも、よけて当てりゃいいんでしょ」という“割り切り”と自由さが、彼を支え、飛躍させたように思えてならない。まさに「長所を伸ばす」である。そして、特筆すべきはジャブ。全体像はハチャメチャで野卑に見えるナバレッテだが、左ジャブの名手ということを見失ってはいけないと思う。
 悲願の「三度目の正直」を期したコンセイサンの奮闘は心を打つものがあった。ダメージも疲労も想像を絶するものだったろう。「勝ちたい。はっきりと勝ちたい」という想いが強すぎるがゆえ、体全体の力みが目立ち、元々柔らかくない下半身に、よりいっそうの緊張感をもたらせてしまったように見えた。それが踏み込みの甘さを招いていた。
 結果はナバレッテ1-0の引き分け。7ラウンドの2度目のダウンが取り沙汰されそうだが、あの直前にナバレッテの左フックが効いてコンセイサンが後退。追撃の右ボディブローの勢いに押されるような形のものだったが、トーマス・テイラー・レフェリーはその前のダメージをしっかりと見ていたのだと思う。
 ナバレッテがコンセイサンの左手を持って掲げ、そろってリングを笑顔で1周した姿が気持ちよかった。

 WBC世界ライト級王座決定戦、1位シャクール・スティーブンソン(アメリカ)vs.6位エドウィン・デ・ロス・サントス(ドミニカ共和国)のサウスポー対決は“天才”vs.“天才”といった様相で、見ていてシビレまくった。解説の飯田覚士さんも「打ち合わないこの試合をつまらないという人も多いかと思いますが、私は好きです」と同様のご様子。私は初回のサントスの足運びからメロメロになってしまった。
 まるでバスケ選手、いや忍者のように、あのシャクールにスッと近づいては離れる。シャクールの前足(右足)の内外に瞬間的に前足(右足)を入れる。シャクールが反応できず、出遅れていた。たんなるスピードだけでなく、クイックな微動や雰囲気だけを使った駆け引きもサントスは長けていた。元来警戒心の強いシャクールは、いっそう頑なになっており、6ラウンドに至るまでほとんど動き出さなかった。

 今年1月のジャーボンテ・デービス(アメリカ)vs.エクトール・ルイス・ガルシア(ドミニカ共和国)戦とダブって見えた。が、違ったのはガルシアの攻防をある程度把握したデービスは、少々の危険を冒しても攻め落としにかかり、実際にストップに持ち込んだが、シャクールは決してその土俵に上がらなかったこと。再三再四、思いきって飛び込んで連打にかかったサントスを、クリンチで絡め取ることに終始。自ら仕掛けることはついぞなく、サントスの入り際にジャブを合わせることのみに専心し、左ブローを全くと言っていいほど使わなかった。それだけでサントスの攻撃に攻め落とされず回避したシャクールはたしかに凄い。試合後にコンディション不良や左拳の負傷が伝えられたが、私はそれだけが理由だったとな思わない。サントスの右フックのスピード、キレ味、威力がシャクールの左手を外させなかったのだと思う。

 世界的に、シャクールの消極性への非難が集中しているが、そもそもシャクールは、ジャブでコントロールできていたのか、私はその点に疑問を抱く。サントスの入り際にちょこんと合わせようとしたジャブは、そのほとんどをグローブで止められていたと私は見た。
 中盤以降、たしかにサントスの手数は減ったが、これは「打っても当たらない」という心ももちろんあっただろうが、シャクールに手を出させる駆け引きでもあったはずだ(シャクールは全く乗らなかったが)。
 互いに手数が少なく、有効打もほとんどない。そうなると、「リングジェネラルシップ」の部分にポイントが置かれる。大半は「ジャブでアウトボクシングしたシャクール」という見方だが、「アグレッシブポイントでサントス」と見る向きがあってもおかしくない。そして私は後者を採択した。

「シャクール・スティーブンソン」という名前の大きさがある。「シャクールなら貰わずポイントアウトしてるはずだ」、「シャクールが主導権を握っているはずだ」という思いを抱きすぎてはいないだろうか。
 先入観を持たずに臨むことは不可能に近いかもしれないが、あくまでも大切なのは、「いま、目の前で起きていること」。私自身もいま1度、この試合を堪能しようと思う。そして、採点どうこうだけでなく、こういう至高の技術戦のおもしろさ、深さを、ボクシングを知らない人たちにどのように伝えたらよいか、それも同時に考えたい。

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