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社外取締役過半数への心構え

東証は、本年4月からプライム、スタンダード、グロースの3つの市場に再編されます。このうちプライム市場上場会社には高い水準のガバナンス体制が求められることから、社外取締役を少なくとも3分の1以上選任すべきであると、コーポレートガバナンス・コードに規定されました。今後、欧米のように過半数の社外取締役が求められるようになるのでしょうか、その背景や条件について考えてみました。

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▼ コーポレートガバナンス・コードの改訂

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コーポレートガバナンス・コードは2015年6月に公表され、2018年6月に最初の改訂があり、2021年6月に2度目の改訂が行われました。

2015年版と2018年版の原則4−8では、独立社外取締役(以下、引用文以外は「社外取締役」)は2名以上とされており、「少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社」は、「そのための取組み方針を開示」(2015年版)または「十分な人数の独立社外取締役を選任すべき」(2018年版)とされていました。

2021年6月版では、プライム市場上場会社に限り、社外取締役は「少なくとも3分の1」と規定されました。さらに、「業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、過半数の独立社外取締役を選任することが必要と考えるプライム市場上場会社」は、「十分な人数の独立社外取締役を選任すべき」であるとしています。

ここで初めて「過半数」という表現が表れました。プライム市場上場会社は 3分の1以上の社外取締役の選任が求められますが、さらにその会社の中で過半数の社外取締役の選任が必要な会社があることを示唆しています。過半数の社外取締役が必要な会社であるかどうかは、プライム市場上場各社が自主的に決めることになります。

日本を代表するようなグローバル企業は、これに該当するとみてよいと 思います。見方を変えると、この規定は大企業の自尊心をくすぐる手法で、 社外取締役を過半数にするよう促しているとも言えます。

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▼ 社外取締役選任の現状

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東証一部及び二部上場会社の現状はどうなっているのか見ておきましょう。

2015年6月に最初のコーポレートガバナンス・コードが公表された時点(2015年12月)では、57.5%の会社で社外取締役2名以上を満たしていました。その翌年の2016年7月時点の調査では、なんと78.82%の会社が社外取締役2名に対応済みとなりました。多くの3月決算会社が2016年6月の株主総会で、社外取締役を選任したことによると思います。

2019年7月時点の調査では、東証一部・二部上場会社では、9割以上の会社が2名以上の社外取締役を選任しているという結果が出ています。社外取締役2名以上の基準は、ほとんどの上場会社がクリアしていると言えます。

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▼ 社外取締役過半数は経営権の放棄か

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プライム市場上場会社については、前述のように社外取締役を増やす方向でコーポレートガバナンス・コードが改訂されました。次に見えてくるのは、すべてのプライム市場上場会社に過半数が求められることです。

社外取締役を取締役会の過半数にすることは「経営権の放棄」であるため受け入れられないという意見があります。会社の業務意思決定における社外取締役の関与が大きくなると、会社の経営を実質上社外取締役が行うことになり、業務執行取締役から見ると「経営権の放棄」になるということだと思います。 このような考え方は、取締役会が会社の業務意思決定機関を兼ねるマネジメントボードであることを想定しているためであると思います。

日本の上場会社のほとんどの会社は、実質上マネジメントボードになっていると思われます。後述のとおり、これは上場会社の約3分の2が監査役会設置会社であることに関連していると思われます。

社外取締役が2名から3分の1程度のうちは、社外取締役の意見を聞く程度で済むため、マネジメントボードとして取締役会を運営できます。しかし、この延長線上で社外取締役過半数が求められると「経営権の放棄」の議論になってしまいます。 社外取締役が過半数の取締役会は、マネジメントボードではなく、モニタリングボードを想定していると考えなければなりません。

モニタリングボードでは、中期経営計画、大規模なM&A、大規模投資、ガバナンスの設計、取締役の指名・報酬、リスクマネジメントなどの経営上の大きなテーマについて討議し決定をすることになります。業務意思決定は、業務執行取締役が経営会議等において行い、社外取締役は個々の経営施策には口出ししないのが前提です。

モニタリングボードでの社外取締役の役割は、業務執行取締役が設定した目標の達成状況を監視し、その結果を取締役の指名や報酬に反映させることにあると言うことができます。これによって業務執行取締役と社外取締役の間に緊張感が生まれることが期待されます。日本企業の稼ぐ力が減退し「失われた30年」が起きてしまった要因は、この緊張感が不足したからであるという考え方もあります。

これまでマネジメントボードとして取締役会を運営してきたため、取締役会というのはそういうものだという考え方から抜けきれず、「社外取締役過半数は経営権の放棄」という意見になったものと思われます。見方を変えれば、「経営権の放棄」は、自らが監視されるモニタリングボードに移行したくない業務執行取締役による口実なのかもしれません。

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▼ オーナー経営者型の会社にはモニタリングボードは不向きか

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創業経営者やその同族者が経営している会社やベンチャー型の会社には、モニタリングボードは向かないという意見もあります。

米国では、上場規則(NYSE及びNASDAQ)において過半数の社外取締役を義務化しており、1、2名の社内取締役以外は全員社外としている会社も多いのが現状です。英国のコーポレートガバナンス・コードでは、議長を除き社外取締役を50%以上とするよう求めています。 GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)はいずれもNASDAQ上場会社ですので、その取締役の過半数が社外取締役です。

Appleの創業者であるスティーブ・ジョブス氏の経営責任を追及して解任し、その後、彼を取締役CEOに復帰させたのは取締役会でした。Appleの取締役会がジョブズ氏の言いなりであれば、最初の解任もその後の復帰もなかったでしょう。CEOに返り咲いたジョブズ氏によって同社の急成長が実現したのですから、彼を一旦解任したことは会社にとって良かったことであったと思います。おそらく本人にとっても一定の冷却期間が必要だったのかもしれません。

日本でもソフトバンクグループ、ファーストリテイリング及び日本電産の取締役会では、いずれも9名の取締役のうち5名が社外取締役です。創業経営者が自らこの体制を選択したのだと思います。以上の事例から、社外取締役が過半数のモニタリングボードは、オーナー経営者型の会社に合わないということはなく、むしろ稼ぐ力を高める効果があると考えてよいと思います。

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▼ モニタリングボードへの準備

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モニタリングボードとして取締役会を運営するためには、取締役会で審議する議題を見直すことが必要です。前述のとおり、モニタリングボードにおける議題は会社の中長期のありかたを決めるような大きなテーマですので、それ以外の意思決定は業務執行取締役や執行役員などに権限委譲することになります。指名委員会等設置会社はモニタリングボードが前提となっており、監査等委員会設置会社は、取締役に権限委譲する定款規定を置けばモニタリングボードになりうると考えることができます。

監査役会設置会社でも取締役会で審議する重要案件を絞り込むことはできますが、法的リスクを避けるため、重要案件を広く捉えて取締役会の議案とする例が多いようです。そもそもモニタリングボードとして制度設計されていない監査役会設置会社よりも、監査等委員会設置または指名委員会等設置会社がモニタリングボードに適していると思います。

前述のとおり、社外取締役過半数が必要かどうかの判断は、「業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して」(下線筆者)とコーポレートガバナンス・コードに書かれているのは、監査役会設置会社の場合は特別の配慮が必要であるからではないかと思います。

一方、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社に移行すれば、モニタリングボードになるのかというと、そうとも言えないと思います。会社法上、指名委員会等設置会社に社外取締役を過半数にすることは求められていません。また、実質上マネジメントボード的な取締役会の運営をしている監査等委員会設置会社が多いのではないでしょうか。

観点は違いますが、指名委員会等設置会社の監査委員会が、監査役会的な動きになっている事例を見かけたことがあります。日本では長年続いたマネジメントボードと監査役制度が染みついている傾向がありますので、モニタリングボードのあり方を十分に検討する必要があると思います。まずは機関設計を見直すとともに、取締役会規程などの社内規程を改訂し、取締役会に付議する議題を取捨選択することが、モニタリングボードに移行するための準備作業として必要となります。

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▼ すべてのプライム市場上場会社に社外過半数が求められるか

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前述のとおり、改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、プライム市場上場会社には3分の1以上の社外取締役を求め、さらにその一部の会社には過半数の社外取締役を求めています。今後、プライム市場上場会社のすべてに社外取締役過半数が求められるようになるのでしょうか。

これまでの傾向では、一定比率の上場会社が対応済みになった時点で、コーポレートガバナンス・コードの要求事項として規定されています。この「法則」から判断すると、プライム市場上場会社の半数近くが社外取締役過半数となった時点が、一つの目安ではないかと思います。

プライム市場は、「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額 (流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場」(下線筆者)とされています。

上場会社は、今年の12月30日までに新市場区分の選択申請をすることになります。プライム市場に移行申請する東証一部上場会社は、社外取締役過半数のモニタリングボードに移行する心構えを持ち、そのための準備を早めに始めることをお勧めします。

なお、グロース市場(現マザーズ市場)上場会社にはコーポレートガバナンス・コードの「基本原則」だけが適用されます。社外取締役2名以上は、「原則」での規定ですのでグロース市場上場会社には適用されないことになります。このため、社外取締役が1名であってもエクスプレインは不要です。しかし、原則及び補充原則が、基本原則の解釈指針であると考えられ、グロース市場上場会社においても、スタンダード市場上場会社並みのガバナンス体制の構築と運営をすべきと言えます。(作成日:2021年11月10日)

■執筆者:株式会社ビズサプリ パートナー 久保 惠一​​


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