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7/18-21 出羽三山①

7/18-19

 新宿で仕事を終えたあとダッシュで自宅に帰り、前日にあらかたパッキングしてあった荷物を背負って2回目の新宿へゴー!夜21時なのにバスタ新宿は待合室満席。mちゃんも到着して21:55発の鶴岡行き夜行バスに乗る。3列独立シートトイレ付き。ちょい高めだったけど3列快適!通路側にも前後にも遮光カーテンがついてるからほぼ完全なプライベート空間になる。窓側にもピッタリ貼り付いてるカーテンを無理やり剥がして窓から外眺める。四ツ谷、秋葉原、上野を過ぎたあたりでうつらうつらしはじめて窓ガラスに額を強打したので諦めてシートに横になってすぐ寝た。わりと寝れた。バス内、静かだった。

 鶴岡エスモールに6時くらい?着。8時にmちゃんが予約してくれた湯殿山行きのライナーを待った。時間があるので周辺ぶらぶら。なにもない、といえばなにもないけど、全体的に綺麗、寂れてもないしゴミゴミし過ぎてなく、すっきりした町だなと思った。なにより視界が広いし空気がいい。お店は当然まだやってない。若者が騒いだりもしてない。というか誰もいない。待合室に戻り駄弁る。mちゃんの会社の近況などを聞き爆笑する(ごめんね)。8時ちょっと前に大きめのタクシーみたいな車が止まったのでもしやと近づくとライナーだった。親切な細身のおじいちゃんドライバーが我々のデカイ荷物を積んでくれて乗り込んだ。

 鶴岡駅を離れるとすぐに真っ青な田んぼ、田んぼ、平たい土地に田んぼ、その向こうにゆったりたたずむ山々。おおらかな景色が美しい。「登山ですか」とドライバーさんが聞いてくれて始めは「ここは赤川で花火が有名ですよ」とか「私たちのころは15になると地域で月山に行かされたもんですよ」「庄内地方は冬は風が強くて雪が積もらないから、雪下ろししなくていいんです」などなにげない地元の話を散りばめて案内してくれていたが、自然な流れで(プロ!)ドライバーさんが今まで乗せたお客さんの不思議な話をし始めた。78歳で長いことこの仕事をしてるなかでは不思議なこともあるそうで。

「よく憶えてるのは、寒い時期、和歌山から来たお客さんでね。羽黒山に行くって言って。90歳くらいのお婆さんと付き人みたいな人の2人でね。お婆さんは小汚いぼろぼろのダウンジャケット着てて見るからに普通の人という感じじゃなかった。その2人がね、『途中で酒屋に寄って下さい』というんです。聞けば日本酒、それも一升瓶を、30本買ってから行くんだと。『いや、お客さんいくらなんでも、30本も置いてるかなあ』と言ったんだけど、どうしてもっというんで仕方ない、知ってる人に手配してもらって、なんとか30本用意したんです。そんで羽黒山に着いたら、そのうちの5本を持って行くっていうんです。5本もかついでくの大変だからって、仕方ないから手伝って、5本、お供えして。そんで残りも同じ調子で、お供えするって言って。『一升瓶をそのままお供えなんかしたら、泥棒されちまうといけねえから』って言ったら、じゃあ仕方ないって言って、全部撒いて来たんです。不思議だなぁって思って。それにお婆さんは木と話しができるみたいで。大きな杉の木のそばに行ったら『もう自分も長くねえから』って木が言ってるって言って。なんだか知らねえけんど、なにかの偉い人なのかなと思って。『失礼ですけど、有名な方なんですか』と付き人の人に聞いたら『失礼な!』って。お婆さんは両手いっぱいに宝石のついた指輪をぎっしり、してて。すごいですねと言ったら『わたしはお金を持たないんです。困ったらこの指輪を一個ずつ売ればいいって教わったから』って言ってて。あれは不思議だったなあ」

「また別のときは、40くらいの女の人がひとりで乗ってきてね。出羽三山に行くって。どこに行きますかって聞いたら、『鉄門海上人のところ』と。ひとっこともしゃべらねえで、不思議だなあと思ってたら、翌年の同じ時期、やっぱりひとりでやってきて。同じ、注蓮寺にって。そんなふうに5年間、毎年来てましたね。ずっと一言もしゃべらなかったけど、4年目にやっと聞いたんです。どういうあれで、来てるんですか、と。そしたら普段は九州で歯医者さんやってるって。その人は『鉄門海上人に、パワーを、もらってる』って言ってて。そういう、霊感というかある人にはそういうのが、あるらしいですよ」

 だんだんと身を乗り出しながら、「それで!?どうなったんですか!?」と聞き入ってしまった。そうこうしてるうちに山に入り、湯殿山に着いた。巨大な鳥居の前で下ろしてもらい、また荷物を下ろしてくれて、あんなにたくさんいろいろ話してくれたのに面と向かうと意外なくらいサッとお辞儀して車内に戻ってた。プロだ。現代の語り部だ。

 湯殿山の奥の宮はまだ先らしいが、社務所の地下にどうやら参拝できるお風呂(!)があるとのことで先にそっちへ。まだ朝9時頃だったので、掃除したりしてる中を案内してもらう。一階の普通のお風呂で体を洗ったあと、いったんまた服を着て廊下に出て地下に行き、「神様のお風呂=御神湯」へ。小さな湯船は温泉か土の成分で赤茶色っぽく変色してて、そのまえに神様が!!神様の前で裸になりお風呂に入る。恥ずかしいような、清々しいような。湯はぬるめ、全体的に古い木の匂いだけど、裸で手を合わせる不思議な体験。これはたしかに生まれ変わりそうだ。ひらめきやアイデアが次々と降りてきそうな予感がする。

 神様のお風呂から出て、再び重いザックを背負い本命の奥の宮へ。社務所からバスが往復してるので足腰に自信がない人も行けそう。我々は足腰にしか自信がないので歩いて坂道を登った。道の両側に水路みたいに水が流れてて、というか水が多すぎて道路に溢れ出てて、ジャー!という音が時々聞こえる。やっぱりスピリチュアルと水は切り離せないな。次々と鳥居やお地蔵様が現れてアトラクションぽさもある。我々が歓喜したのは山姥様が祀られたところ。山姥様、「ぜってえ許さねえからな、負けねーからな」ってお顔つきなところが最高だった。格好もなんか私たちに似てた。

 2、30分歩いて奥の宮の入り口。ここから先は撮影禁止。語るのも禁止。なので詳しく書けないのが残念。中はお祓いをしたあと、指示を受けるのでその指示通りにお参りするというもの。これがちょっとほかではない経験だった。完全に時代から切り離された空間というか、ワープしたみたいだった。湯気と、遠くの山々よ。お参りを終えてまたザックを背負ってさらに奥の月山へ続く登山道に入る。いきなり足元にヘビが現れた。おヘビ様というべきか。しかしここは撮影禁止地帯。しばらく珍しい植物があっても撮れなかった(どこから禁止じゃなくなるかわからなかったけどある地点からオッケーということにした)。急な登り坂、というか岩場。とにかく水が多い。だんだん沢登りみたいになって、足首くらいまでじゃぶじゃぶ水に入りながら進むしかなかった。梯子も出て来て緊張感ある道が続く。途中で万年雪や絶景地帯、珍しいお花があったりしてなかなか進まず。お参りを満喫したのもあっていつもより遅い16時頃、頂上小屋についた。山姥様の思し召しか、ほとんど雨は降らなかった。小屋付近は危うく足をとられそうになるくらいの強風。ガスで真っ白。

 小屋の入り口に座りしばらくしても誰も出てこず、数分待ってたら受付からひょっこり60代くらいの男性が出て来た。部屋は全部空いてるらしく、「でも、あんまり大きい部屋じゃ落ちつかないよねえ」と2階の端の部屋に案内してくれた。旅館か!というくらい綺麗で頑丈そうな作り。部屋には野草の名前がついてる。可憐だ。外のとんでもない風もまったく気にならない(音はすごい)。しかも布団付き!キャッキャしてるうちにいつのまにかおじさんはまたいなくなって、追いかけてお支払いは、、と聞くと後払いと告げてまたいななくなった。このあともおじさんは一切登場しなかった。山小屋の人はシャイな方が多いけど、小屋全体の隅々まで行き届いた手入れ、気遣いにも関わらず一切表に出ないかんじがグッとくる。

 部屋で汗だくのウェアを全部脱いでハンガーに吊るす。水分でずっしり重い。サッパリしてから炊事場に行って調理。事前に準備する時間がなくて家にあった棒ラーメンの残り1束を茹でる。mちゃんがズッキーニを分けてくれたのでラーメンに入れて煮込んで完成。さあ、食堂に移動、、というところで鍋の下に敷いてた鍋蓋の折りたたみの取手がカクンと曲がり、バッシャーン!と派手に廊下にラーメンをひっくり返してしまった。ショック。綺麗な小屋が汚れてしまう、と慌てて拭く。mちゃんが手拭いを犠牲にしてくれた。ありがとう。しばらく落ち込んだ。食堂は私たちだけのためにいつのまにかストーブであたためられてた。ほっこり。嬉しい。夕食はスナック菓子とビールでしのいだ。ビールを頼んだ時にラーメンひっくり返し事件のことを伝えた。小屋にはもうひとり40代くらいの男性がいたが大丈夫ですよ、といってそれきりなにも言われなかった。ごめんなさい!

 部屋に戻って布団しいてゴロゴロ。湯殿山の記憶を絵に描いてみたりした。見た者同士なら大丈夫だろう。絵を描き終わって布団、、あたたかいな、、と思ったら知らないうちに寝てた。夜は風と雨の音が凄くて時々目を覚ましたが爆睡した。私のいびきがすごくなかったかそういえば聞き忘れた(いまさら)。

つづく

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