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びわこころ 肥後琵琶「道成寺」書き起こし文



のう これそれはほんかいな
それほど嫌だと言うのなら
自らを女房にすると何故言うた
男傾城 人でなし
とりつくぞ かみつくぞ

色と嫉妬に身を焦がす
眩む眼に 涙雨
パラパラパラット
裾ひるがえし 砂子はねたて
駆けていく 清姫が

哀れはかなき 清姫は あとをしとおて
日高川の渡し場に
ようようたどりつきにける

はるか みゆる むこうの岸根に
小舟をようて 舟おさが
笠傾けて ねむりいる

うれしやこの川こえゆけば
道成寺まではひとあしと
声を限りに
これもうし もうしもうし
船おさどの
この川 はようわたしてたも

はようはようと呼ぶ声に
このよし聞くより
船おさは
ねんね耳にびっくり わななき声
眼をすりこすり 仏頂面
なんじゃものな あーーやかましい
はようはようと 気はさんそうに
たった一人の舟賃とりて
あちらこちらと 舟回し
肩がたまらぬ 第一眠たいわいな
夜が明けたら わたしてやろう
それまでそこに まっておれ
うまい最中けたたましく起こされて
あだぶがわるいとつぶやけば
申し上げます 舟おさ様
夜明けまでとは
それは のう あんまり どんよくな
道成寺までは はよういきたい
はよう
わたしてたも 舟おさ様
はようはようと呼ぶ声に

舟おさは
なに道成寺まで行きたいと申すか
ほほおーーー
言わずと知れた わかったわい
宵に渡した かの山伏のたのみには
あとより16、7の女中がたずねてくるに違いがない
かならずこの川わたしてくれるなと
もしも わたせば そちゃっが難題
おうては 命づくにも およぶものと
くれぐれ たのんで いやったなら
3年3月待っても渡しはいたさん
なんぼ まっても渡さん ならんならん
つぶやけば
それは のうーー
あんまり どんよくな
たとえ 渡してくださっても
そなさんには
咎も難儀もかくるまい
私はいかねば 焦がれ死に
想う男を 人に寝取られ
是非や情けで どうか渡してくださりませ
道成寺までは はよう行きたい
はようはよう と呼ぶ声に

道成寺まで行くと申すか

行かねばなりません
行かねば 思う男を人に寝取られ
この身は渡してくだされなば
焦がれ死に 死するこの身は厭わねども
たった一言 恨みが言いたい
不憫と思うて 
是非や情けに渡してくださりませ

なんだい しからば
わたさねば そちは
想う男に焦がれ死にか
焦がれ死に という話はたびたび
聞いたねども みたることはさらになし
しからば そちは焦がれるか
しからば 我が寝ながら 見物いたさん
何が焦がれるものか
これから見届けてやる きっと見届けてやるわい
その辺りで 女 焦がれてみりゃれ と
ふなばるに
すね ふんぞらせ 川むかえ
喧嘩しかけと みえにけり

哀れはここに 清姫

それは あんまり むごい
どんよくな
なさけなや
どうぞ渡してくださりませ と 

これじゃ こうじゃと手を合わせ
うらみつ わびつ
身を悶え
泣き叫ぶこそ道理なり

呼べど叫べど
何の返事もいたさぬ
舟おさを 
さすがに さすがに
たけき清姫も
おうおう これほど たのんでも
わたしてくれぬか なさけない

たとえ わたしてくれぬとて
何をやみやみと我が家へ帰ろうか
女の念力
岩をも通す
渡ってみせんと
水狂い 髪はザンバラに振り乱し
川にザンブと 飛び込んだり
さっと飛び散る 水煙
抜き手をきって えいさっさ
はねたて けだてて およびしは
神技 妙技 五体を焦がす
口から吐く 霹 炎々たる
炎吹きかけ 歯をならし
眼 怒らせ 角振り立て
四万四千の鱗をさかだて
ぐるぐるっと 泳ぎし
有様は 虎の勢い 龍の聲
抜き手をきって
えいさっさ
ハッと見るより
舟おさ びっくり わななき声
ああああーーーーーおそろしや
清姫が 鬼になった 蛇になった
はやくあがらねば
あの清姫から食い殺されては
一大事と 舟を乗り捨て
飛び上がり つつみがうらをよこぎるに
命からがら逃げていく
後に残りし 清姫は
瞋恚甦生
松明さらす
ただ一筋に渡りゆく
なんなく岸に泳ぎつく

照る月影に水鏡
みるより
びっくり
清姫が

あああーー
おそろしや
我が身の姿
この川越えたばかりに
二つの角をいただき
変わり果てたる我が姿
身も世もつかぬ
おそろしやこの姿かな
こういう あさましい姿になるからは
たとえ たよりて いったとて
あの 安珍
なんの我を錦の前にそわしょうか ねさしょうか
かわいさ余って
憎さが百倍
なんの人に錦の前にそわしょうぞ ねさしょうぞ
このうえからは
どこどこまでも
おっかけて
とり殺さでおかりょうかと
また 駆けいだす
道理塚
ひとむら しげる もりばやし
いそぎ いしぐか
清姫
遥か 向こうをながむれば
六尺高塀 しろじろと
甕ならべし道成寺
あああーー
うれしやな これが道成寺と
走り寄り
門の戸を打ちたたき

ちゃっと ちゃっと
あけてあけてと
よべど さけべども
いままでの声はどこにやら
ただ嵐のおとばかり
おうおう さてさて 人をかくまうほどに
とおさぬはず あけぬはず
あああーー
いかがしたらよいものかと
究竟の分別いたさんと
八方に眼を配り
しばらく
清姫 ながめていたが
一目についたるは
門前の
ひときの松に 蔦かづら
やれ うれしや
これぞ と ひときの松にたちよりて
鳥よりはやく飛び 上がる
枝をまきたて まきたて まきのぼる
六尺高塀を どっと
うちこして
塀の内に落ちよとする その時
鐘楼の釣鐘なりわたる
ごーーーーーーーーーーん
さて話は繰りもどる
お寺の人々
やれ残念情けない
かの安珍いかがいたさんと
しばらく間 思案いたしたが
鐘楼の釣鐘 まきおろし
釣鐘のなかに隠しておくならば
大丈夫であろうと坊様
鐘楼の釣鐘まきおろし
安珍を釣鐘の中に隠したもう
鐘楼の釣鐘なりわたる
ごーーーーーーーーーーん
それはさておき
清姫は塀を打ちこし
鐘の音鳴り響く
これ さいわいと
清姫
匂い辿るか いかなる 魔のわざか
しらねども 角を振り立てて
釣鐘堂へと急ぎ行く
鐘楼の釣鐘みつければ
まきたて まきたて
数珠を咥え
まきたてまきたて
ぐるぐるぐるっと七巻き半にまきたて
尾撥で鐘をたたくなら
瞋恚のほむらで
鐘楼の釣鐘 湯玉となって
タラタラと流れゆく
哀れはかなき物語り
ともに果てしは畜生道
安珍23歳清姫16歳がこの世の暇
花の露に消えたもう
日高川入相桜
かねまき道成寺
安珍清姫の物語
今の世までも名を残す

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