餞の歌はファンファーレ

晴れて大学生になりキャンパスライフを謳歌するはずだったが、入学時点ですでに僕はパチスロにのめりこんでいた。

ウルトラマン・ザ・スロットと悪魔城ドラキュラとスーパービンゴSP3の天井狙いに精を出していた。ガンダム3 めぐり合い宇宙と哲也~新宿vs上野~も結構打った気がする。

授業をサボりパチスロを打つ毎日。
類は友を呼ぶもので、僕の周りには代返をしてくれる友達が何人かいた。
代返で出席日数をクリアしテスト前にノートを交換し合う。

要領よくこなそうとしたが、僕の頭の容量はパチスロで埋まっていてテストはボロボロだった。


1年生で履修したうちの半分くらい単位を落とした。
大学生活1年目を振り返るとパチスロの記憶しかなかった。
僕はこのままのペースで大学生活を送るのが怖くなった


(このままじゃいけないな……)


2年生になり僕は部活動に入った。
サボらず大学に来る動機を作ろうと思ったのだ。
選んだのはESS(English Speaking Society)と呼ばれるいわば英語部。
馬術部も悩んだが早朝に馬の世話をしなければいけないと聞いて諦めた。


2年生から入部するのは僕だけだった。
そんなESSの居心地はすこぶる悪かった。
当然だ、周りの2年生はすでに1年間過ごした絆があるが、僕はまっさらなスタートだからだ。同期が2年生なのか1年生なのかすら曖昧だ。


馴染むための努力が必要だったが、あいにく僕は人づきあいが苦手だった。
英語も得意ではない、むしろ苦手だった僕は居場所をなかなかつくることができず、唯一心を許せた学部の友達のカズシにくっついて行動していた。

そんな僕を見かねてか、同じ2年生の女の子がよく話しかけてくるようになった。
愛の海でマナミ。
少しだけ小柄で、決して美人ではなかったが愛嬌のある顔つきをしていた。ぼんやりとだが彼女の顔に不快感を覚える人は一人もいないだろうなと思った。

生来の奥手で女性との会話が苦手な僕でも気負わずに話ができた。


マナミは表情豊かで、そして感情表現がうまかった。
彼女の感情は喜怒哀楽の4つだけでは表せないだろうなと思った。
愛嬌で彼女に敵う人はこの世界にいないんじゃないかとさえ思えた。


目が会えば軽く背中を叩いて挨拶してくるし、僕の話で目を細めてよく笑った。
悲しいことがあると鼻水まで出してぐじゃぐじゃな顔でよく泣いた。
(僕には何が悲しいのか理解できないこともあったが)
そして、僕が何か捻くれたことを言う度、彼女は決まってしっかりと目を合わせて、
「どうしてそんなことを言うの?」と聞いてきた。
目にはうっすら涙が滲んでいることもあった。
僕は保母さんに諭される園児の気持ちが分かった。
諭される度、僕は稚拙なことをいったのだと反省し、捻くれた心の角が取れていった。



マナミとの会話を楽しみに学校に通うようになり、授業もサボらず出席するようになった。留年して彼女と人生の歩幅がズレることが嫌だった。
人込みの中でも彼女だけは見つけられるようになった。
人づきあいも少しだけうまくなった。いつの間にかESSにも居場所ができていた。
パチスロに行く頻度が減った。
(たしか巷では新鬼武者とか蒼天の拳とかが流行っていた気がする)




「バイト先の人から告白されたんだ」
ある時、世間話のなかでその言葉を聞いて胃の奥がずしりと重くなったのを感じて自分自身の気持ちに気づかされた。
自分でも薄々気づいていたが、僕はマナミをどうしようもなく好きになっていたのだ。
何と発していいか分からず、苦し紛れに年甲斐もない言葉を吐いた気がする。


「どうしてそんなこと言うの?」
彼女のお決まりの言葉だ。目を通して心まで覗きこむような彼女の視線に僕は耐えられず目線を逸らす。何も返せる言葉がない。

「……いや、でもOKするわけないじゃん」
彼女はいたずらっぽく笑いながら言った。
胃の奥の重りが消えた。それと同時に胸にこみ上げたのは安堵ではなく焦燥感だった。



彼女をほかの誰にも渡したくなかったし、僕だけを見てほしかった。
愛情とも執着ともとれる自分の中のドロドロした感情に向き合う。


(このままじゃいけないな……)


幾日か悶々と過ごした。焦燥感に後押しされ意を決して彼女をデートに誘った。
奥手な僕にしては意外だったが誘い文句は「デートしようよ」とシンプルなものだった。

マナミはわざとらしく戸惑ったふりをしたが、「どうしてそんなこと言うの?」とは言われなかった。鎌倉に行くことになった。



あれは夏の終わり頃だった。
二人で電車を乗り継ぎ鎌倉へ向かう。
「楽しみだね」と笑うマナミはいつもより愛くるしく見えた。
二人で靴を脱いで砂浜を歩き、鶴岡八幡宮を見て回る。
残暑の厳しさを微塵も感じないかのように彼女は無邪気に楽しんでいるように見えた。

彼女を好きになってよかったと思った。


日も暮れ、駅前の雰囲気の良い洋食屋に入る。
何を食べたかはもう思い出せない。緊張していたことだけは覚えている。
食事を済まし店から出る。酒は飲まなかった。酒の勢いを借りたと思われたくなかった。
もうすっかり夜になっていた。駅は目の前だ。

楽しかった一日が全て壊れてしまうんじゃないかという一抹の恐怖を押し殺し、僕は彼女に思いを告げる。



その日から僕はすっかりパチスロから足を洗った。






そんな昔のことを思い出しながら僕はグラスを傾ける。
もう10年来の仲となったカズシといまだに定期的に酒を飲んでいる。
30代に突入したというのにお互いまだ独身だ。


大学を卒業してそこそこの会社に入り、そこそこの人生を送るんだろうなと思っていたが、僕はひょんなことから会社を辞めまたパチスロ漬けの日々を送っている。


パチンコ屋からは5号機が全て消え6号機だけになった。
初代絆や初代まどかにはあまり思い入れはなかったが、番長3やまど2はそこそこ打ったから撤去は少し悲しかった。


3年前にマナミが結婚したことを聞いた。カズシはマナミ本人ともその旦那とも交流があり、たまに様子を教えてくれる。
どうやら半年後には子どもも産まれるらしい。
3年前に結婚を聞いた時はビールがいつもより苦く感じて飲めたもんじゃなかったが、今回はすっきりとおいしく飲めた。


君に僕の居場所はもう無いんだろうな。
そんなことをぼやいたら昔の君なら「どうしてそんなこと言うの?」って言ったかもな。


結婚祝いは贈れなかったし出産祝いも多分贈らない。
でもそれでいい。

今はただ純粋に情緒豊かだった彼女の表情を思い出しながらレバーを叩く。

幸せのランプがペカる。

僕は丁寧に7を揃えてファンファーレを響かせる。

これでいい。

これが僕からの餞の歌だ。

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