ブラとパンティーとESS
前回公開した小説。
あれはあくまで小説だ。
マナミなんて女性はいなかったし、僕がパチスロから離れていた時期もなかった。
ただ、大学でESS(英語部)に入部したのは本当だし、学部の友達カズシがいたのも本当だ。
もちろん今回のも小説なので完全にフィクションとして読んでいただけたら幸いだ。
春。
僕は大学の新歓巡りをしていた。
文化部を見て回り、なんとなく先輩たちのノリがよかったESSのブースに入り浸った。
ラッパーなのに童貞のリュージ先輩。
イジられキャラだけど実家がチェーン展開してる大企業の社長のムラタ先輩。
赤い口紅と赤いパンプスが似合うまるで人形のようなアンリさん。
リュージ先輩は酔うとラップを披露してくれたしギャグセンスも光っていた。
ムラタ先輩はどんなにイジられてもどこか心の余裕を感じさせる返しをしていてカッコよかった。
アンリさんはめちゃくちゃ美人なのにそれを鼻にかけることなく話しやすい人だった。話も面白かった。
僕はひょうきんなキャラをしており少しだけ口も達者だったので、かなり早い段階から先輩たちに気に入られてかわいがってもらったように思う。
同じ学部だったムラタ先輩から楽に単位が取れる授業も教えてもらい、僕はいい大学生活のスタートが切れたような気がした。
ESSに見学にくる新入生、いわば同期は大人しい人が多かった。
が、それでも男女問わず幾人かと打ち解けた。
僕と同じくスロットを打つカズシ。
優しい顔つきで癒しのオーラが出ているタニブチくん。
浪人して年が上なせいか包み込むような包容力のあったヤッサン。
美人でスタイルもいいのにニコニコ動画が大好きと公言していたサワコ。
英語は苦手だったが、やさしく教えてくれる雰囲気もあったしESSに入部することに何も問題はなかった。
唯一の懸念として、ESSは意識高めで上品な人が集まってくる傾向があるようだった。
僕は意識が低いしだいぶ下品だったが、その雰囲気に合わせるよう大好きな下ネタは封印して振舞っていた。
でも大学生にもなって下ネタしか言わないような下品な人間でいるのもよくないなと思い、僕は上品かつコミカルに振舞うことに何の抵抗もなかった。
男女比はほぼ1:1か、もしくは少し女性の方が多いかなというくらいだった。
「英語を話す」というESSの活動自体にはそこまで心惹かれなかったが、同期も先輩方も好きだったので僕はESSが好きだった。
そんなわけで僕はESSに入部した。
ESSの活動。
たしか班ごとに分かれて英語でのスピーチやディベートの練習をしていた。
僕は相変わらず英語は苦手だったが、受験の時に使っていた電子辞書を片手になんとか頑張ってた気がする。
部活が終わってたまにみんなでご飯を食べて、帰りは家がアンリさんと同じ方向だったので何回か一緒に帰った。
僕が話し上手だったのかアンリさんが僕に合わせてくれていたのかは定かではないが、そこそこ会話が弾んでいたような気がする。
特に女性として意識していたわけではなかったが、単純に美人と会話できるだけで楽しかった。
アンリさんからも後輩の中では一番気に入られている実感もあった。
アンリさんは噂では部内の先輩と付き合っているらしかったが、それを本人に聞くことはなかった。
僕は1年生の中では一番話が面白かったのと、
(今では考えられないが)当時の僕は前に出るタイプだったので先輩たちからは期待のホープのような扱いをしてもらっていた気がする。
しかしこの頃から僕の中に巣食う病気の種が芽吹いていた。
入部して1カ月ほど経った頃。
他の大学4校くらいとの交流大会、4大交流大会があった。
一応大会という名は冠してはいるが、目的はあくまで大学間の交流と各大学の新入生にESSの大会はこういう感じだよということを教えるためのものだった。
その大会ではディベートなどをするのはもちろんだが、大会の閉会時に各大学の1年生たちがレクリエーションとして何か出し物を披露するらしかった。
キモいベンチャー企業の新入社員がTikTokに上げてるようなうすら寒い芸をしなきゃいけないらしい。
同期の新入生は誰も乗り気ではなかったが、やらなきゃいけない以上それなりにやるような人たちだった。さすが意識が高いだけある。
周りは4,5人でグループを組んでダンスだか何かをするらしかった。
もしくは芸人のネタを丸パクリしてのコントか。
いわゆる”置きにいく”ような、100点を狙わず70点を狙いにいく雰囲気だった。
カズシは数人で組んで何か芸人のパロディをやるそうだ。
サワコはハレ晴れユカイを踊るらしかった。それだけは少し楽しみだった。
アンリさんも1年生の時何かやったけど普通に無難な感じだったと言っていた。
僕に多少の面白さは期待されていたかもしれないが、それでも70点を狙いにいくことを一番求められている気がした。
僕は僕の中の病気の芽がむくむくと大きくなるのを感じた。
僕はタニブチくんと二人で組むことにした。
タニブチくんは大人しいしおっとりしているけれど、心の底では面白いことをしたいと思っているに違いないと僕は見抜いていた。
何をやるかのネタ決めは
「俺に任せて」
とだけ言って切り上げた。
大会当日。
新入生は初めての大会で浮き足立っていた。
僕はタニブチくんにやる予定のネタの話をした。
タニブチくんは何も準備していない。
タニブチくんに拒否権は無いも同然だったが、快く「それいいね」と言ってくれた。
心の底では面白いことをしたいと思っていたのだろう。僕の目に狂いはなかったのだ。
大会自体はたしかリョウジ先輩とアンリさんと同じ班でディベートだかをした。
ESSに上品な人間が集まるのは僕の大学だけではないらしいことも分かった。
多分どの大学もESSに入る人間というのは、社会や地球規模の問題に興味があり、善悪の二元論では片づけられないような話が好きで、明日のことではなく5年後のことを心配するような人たちなのだ。
大会自体はそこそこ楽しかった気がする。
レクリエーションの出し物をするのは1年生だけなので先輩方も気楽で楽しそうだった。
僕は大会のあとのレクリエーションこそが本番だと思っていた。
僕の病気の芽はもう伐採不可能なほど大きな木となっていた。
もう後戻りはできない。
僕は人の予想通りの動きをするのが嫌なのだ、病的なまでに。
根が捻くれに捻くれているので、相手の予想の枠に収まりたくないのだ。
70点しか取れないだろうと思われたら100点を取りたくなるし、余裕で100点を取ると思われたら120点か0点を目指したくなる。
積み上げたものはぶっ壊したくなるし、身に着けたものは取っ払いたくなる。
僕は全力で少年だった。
(この病気がいい結果を生んだことも悪い結果を生んだこともある。ひょっとしたらこの病気こそが僕を僕たらしめている本体なのかもしれない)
昼休み
周りがお弁当だかを食べている中、僕は会場を抜け出して駅前のブティックへ向かう。
女性の店員に話しかけて胸囲を採寸してもらう。
このひと手間が笑いのスパイスになるのだ。
僕は人生で初めて女性用の下着を購入した。
ショッキングピンクの派手なやつ。
大会が終わってレクリエーションが始まった。
大学の大講義室がステージだ。かなり大きい。
他の人の出し物で記憶に残っているのはサワコのハレ晴れユカイと、あと他大学の誰かがやったザブングルの丸パクリだけだった。
面白かったわけじゃなく、なぜザブングルなんだろうという疑問で心に残っただけだ。
サワコはキレイだった。
全部で20組くらいいたはずだが、その2組しか覚えていないくらいみんな無難にこなしていた。
下ネタに走るやつも誰一人いなかった。
僕たちの番になった。
壇上に上がる。
なるほど、無数の観衆の視線を感じる。
緊張と興奮が僕を包む。
ネタとしてはシンプルだ。
僕とタニブチくんが野球拳をする。
それだけだ。
まずはタニブチくんが負けて上半身裸になる。
逆転を賭けて次の勝負で負けた方が2枚脱ぐと提案される。
僕は受ける。
そして負ける。
現れるのは女性用のブラとパンティーを纏った変態。
色はもちろんショッキングピンクだ。
悲鳴と歓声と笑い声とカメラのシャッター音が鳴り響いた。
僕のネタのセリフがかき消されるほどの反響だった。
(あとなぜか「かわいー」という声もそこかしこから聞こえた。)
ネタとしては陳腐だし二度目は通じないのは間違いないが、絵面のインパクトと長年積み上げてきた「無難にこなす」文化が僕らを後押しした。
僕は文化の破壊者になった。
あの日、間違いなく僕らが一番フロアを沸かした。
僕はそれまで大して下ネタも言わなかったし、そこそこいい感じの面白い1年生という丁寧に作り上げてきた像が粉々に崩れた。
カタルシスを感じた。
毛ほどの後悔もなかった。
僕は100点を取りにいって120点を出したのだ。
その日から僕の周りは変わった。
サワコは口を聞いてくれなくなった。
アンリさんは目すら合わせてくれなくなった。
男の先輩はまるで僕をテロリストかのように扱った。
ひょっとしたら120点じゃなくて-100点を出してしまったのかもしれない。
でもカズシだけは変わらず友達でいてくれた。好きだ。
「ここはもう僕の居場所じゃないな」
花火のように咲いて、そして散れた。
僕は清々しさすら感じていた。
僕はESSを去ることにした。
入部してわずか1カ月ほどの出来事だった。
ちなみにタニブチくんも辞めた。
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