ある夜の話

玩具は夢を見ない。そもそも眠りにつくこともなければ、空腹を感じることもない身体を持つ。しかしそれでも、彼らの世界に夜は訪れるもので。


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「今夜はなにしようかな。ねえ兵隊さん」

瓦礫とガラクタの山がどこまでも広がる灰色の世界の空には、その大地とは対照的な無数の星が輝いている。
時間という概念があるのかも分からないし、そもそも星の光かどうかは分からない。もしかしたら巨大な廃棄プラネタリウムの中にいるのかもしれない。だけど灰色の世界の住人のとって、この星空のような光景が顔を出す時間は微かな楽しみでもあった。

しかしそんな中、汚れたドレスを纏った人形が腰まであるウェーブのかかった鈍い金色の髪を一房指に巻きながらつまらなそうに声を上げる。名前を呼ばれた赤い兵隊は振り向いて彼女を見る。暇になった時の合言葉だ。言われた数を数えるのはやめてしまった。

瞼を半分落として地面を見つめるサファイアブルーの左目とは反対に、ポッカリと眼球を失い空洞と化した右目は、整った人形の顔に痛々しさを与えている。目元から広がるヒビが何かの衝撃で悪化してしまうのではないかと、兵隊は密かに心配しているようだ。

「あぁ、そうだね。…決まってないかな」

そう言って兵隊は帽子のツバをつまんで被り直す。困った時の癖のようなものだが彼自身はそれに気付いていない。
「今日も収穫ゼロだったね」と人形は唇を突き出す。

「私の右目も兵隊さんのトランペットも、テディちゃんのブローチも…この宝の山々の中にあるかすら怪しいもんだ」

人形は足元のビー玉を拾い上げて、幾つかの角度で眺めてからそれを放り投げた。ガチャリと聞こえた。ビー玉はどうやら打ちどころが悪かっただろうし、目の前の人形は少しご機嫌斜めのようだ。それから兵隊はふと気付く。

「人形さん、テディくんはどこ行ったのかな」

すると彼女は潰れかけたピンポン玉を拾い上げようとしている体勢のままピタリと止まって目を瞬かせ、ぱっと背筋を伸ばすと辺りを見回し始めた。

「…いない」

あのいつでも無口で無表情なテディベアは足音すらもあまり立てないものだから、居なくなってもすぐに気付けないのが難点だ。

「おや、困ったね。…どうしたんだい?」

振り向いて人形を見ると何故だかニッコリとしていて。

「うん、そうね、大変だわ。よし、テディちゃんの捜索開始よ。あぁ!やること決まっちゃった」

手を合わせれば、陶器と陶器がぶつかる音。一瞬身構えた兵隊をよそに、人形は星の光と切れかけの曲がった電灯を頼りに歩き出す。そっと息をついて微笑んで、兵隊も後に続いた。

工作途中のペットボトルや、潰れたお菓子の空き箱。靴紐や何かのネジ。ほつれた編みぐるみやバラバラになったプラモデル。この世界はそんなもので溢れていた。自分たちがなぜこのような姿でこのような世界に来てしまったのか、まだ分からない。失くしたものがそれを教えてくれる気がして、それからずっと捜し続けている。

今夜捜すものはいつもと少し違うようではあるが、この話はここでおしまい。