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名盤『SOMEDAY』を生んだもの

 佐野元春さんの名作アルバム『SOMEDAY』が発表されてから40年が経ちました。(1982/5/21発売)

 私自身がこの作品に初めて接したのはおそらく発表から少し経った頃だったのですが、同級生にコピーしてもらったテープを(って意味が分かるでしょうか?)それこそ、擦り切れるぐらい何度も何度も聴きました。

 時の流れは早いものであれから40年。今も冒頭からアルバムを聴きながら感慨もひとしおです。

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 ところで、今回の40周年を前にして、ミュージシャンの小坂忠さんが亡くなりました。小坂さんはデビュー前の佐野さんに目を掛けて、何かと世話をしていたことでも知られているのですが、その『世話』の一つがCMソングの仕事でした。仕事と言っても作曲や歌唱といったメインどころではなく、例えば次のお菓子のCMソング『ムキムキマンのエンゼル体操』ではピアノを演奏しているそうです。

 私と同世代の方は、森永エンゼルパイのCMのテーマ曲だったこの曲を懐かしく思い出す人もいるでしょう。レコード・ジャケットを見ると錚々たるメンバーが参加しているのが分かります。作詞・影山民夫、作編曲・小坂忠、衣装デザイン・小森和子(映画評論家、小森のおばちゃま)、曲の冒頭で流れる口上を清水国明(あのねのね)+清水クーコ、振付:山上たつひこ(漫画家、代表作『がきデカ』)と豪華なメンバーで固め、歌ってるのが何と女優のかたせ梨乃さんなのですが、カツヤクキンというバックバンド名がクレジットされています。もちろんCMソング演奏のために掻き集められたミュージシャンたちにテキトーに付けたバンド名なのでしょうが、このバックバンドの中に当時大学生だった佐野さんが居て、音楽活動に充てるアルバイト代を稼がせてもらったということのようです。

 他にも佐野さんがデビュー前に制作したCMソングには、ソニーの初代ウォークマンのテーマ曲『WONDERLAND』が知られています。もろ、ビートルズです。

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 アルバム『SOMEDAY』の話からなんでこんなマイナーな曲の話を始めたかというと、発表から40年経ってからようやくこのアルバムを作るまでの佐野さんの苦労を、私自身が慮ることが出来るようになったなあ、と感じたからです。

 17歳の高校生にとってはポップアルバムの金字塔の作り手なんて天才に違いなくて、彗星のように現れたロックンロール・ヒーローとしてずっと憧れだった訳です。かっこいいなあ、才能あるなあ、すごいなあ。もうそれしかない訳です。

 そして、自分もいつか、いつの日か。
 小さな夢で良いから、きっと手に入れてやるんだ。
 まごころがつかめるその時まで(ⓒ佐野元春)、がんばろっと。
――まあ、そんな心持ちだった訳です。

 あれから40年。少年は見事なおっさんになりました。
 そこでハタと気が付くのです。

 いやいや、佐野さんだってそれなりに下積みしてただろう。勉強しただろう。練習しただろう。嫌なこと、やりたくない仕事もあっただろう、と。だからこそ、自分で事務所作ってレコードレーベルも作って、楽曲の権利管理をしたり、バンドを3つも掛け持ちしてライブを精力的にこなしつつ、レコーディングには相当の費用と時間を掛けてクオリティの高い作品を作り続けられるんだ、と。

 それまでにちゃんと苦労をしていたからこそ、将来を夢みる姿勢を「SOMEDAY」という言葉に込めることが出来て、それが人の共感を呼び、歌いっぱなしにしないで自身も夢を体現出来たんだろうなあ、と。

 そういう意味では名曲「SOMEDAY」を生んだのは、ムキムキマンであり、ウォークマンだったのかも知れません。

 40周年、おめでとうございます。

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