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日記 薄紅のまどろみ

「君といるとぐっすり眠れるよ」
初めて付き合った男の子、初めて寝た男、好きな人、あとは誰に言われただろうか。
自分と寝ていない時の彼らを知る術はないから本当か嘘かは分からない。そういった類の睦言なのかもしれないけれど、自分よりはやく眠りに落ちていく男の顔はいつも幸せそうで、そのまま死んでしまいそうで、ずるいと思う。

映画「イエスタデイ」を好きな人と観た。ビートルズが存在しない世界で唯一そのバンドを知る男となってしまった、冴えないミュージシャンのお話。
学生時代から今まで音楽を続けている彼は横で楽しそうに「この曲は流しでよくやったなあ」だとか「こっちの曲はハモりが綺麗なんだよ、一緒に歌おうよ」だとか珍しくはしゃいでいた。
ビートルズ、ビートルズ…。もしもビートルズがいなかったら隣にいる男は今とどれだけ違ったのだろう。いや、そもそもその世界線でも彼は私の隣にいるだろうか。映画の途中で眠ってしまった恋人のかわいい寝顔を覗く夜は、そんなくだらない空想をするのにぴったりだった。
私のほうは、きっと彼らがいなくとも「黄金のまどろみ」というフレーズを知らないくらいだろうな。


次の朝、私たちはまだ覚醒しきらないぼんやりとした意識の中で互いの体の輪郭を確かめていく。これは夢から現へ着地するための手順だ。
彼の手のひらが私の腰にふわりと触れたとき、ビートルズがいる世界の私たちは薄紅のまどろみから目を覚ました。


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