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疎覚え。

 カーテンから差込む明るさに意識が戻って、ゆらゆらと反射する光の屈折を薄っすら眺めながら、体ごとくるっと回転して、すぐ隣で眠る彼に抱きついた。
まだ瞼が重い。
え?…
ファインダーを覗きピントを合わせるカメラのように、はっきりと認識出来た彼は別人だった…。思わずカートゥーンのアニメのキャラクターのように飛び退いてベッドから床に落ちた。

 昨夜は、サンダルから見えるペディキュアが剥がれてる部分を見つけて、歩く度に、ずっと気が紛れる事もなく、其れを見つめていた。部屋に入って、ベッドに一緒に入っても、ずっと。行為の間も、ずっと。
なのに、確認したら剥がれていなかった。

 「どうしたの…?」
その彼は、ゆっくりと起き上がり、見たことあるような無いような笑みを浮かべている。

 この人、誰…?
お尻がジンジンする。

 町田さんだ!と気づいた。
大手町の証券会社に勤務していた人だ。だけど、名前は町田ではない。町田から通勤していると話しを聞いた記憶があるだけで本名じゃない。一度、飲み会で「町田はいい街だよ、駅前なら何でも一通り済ませることが出来るし、家賃も比較的安い」と言っていた人だ。奥さんが居て子供は居ない。
知っている情報はそれだけ。
誰だよ。
眼鏡をかけているけど、好きなタイプじゃない。
じゃあ何でこんな状況に…
一夜限りのという経験がないこともない。

 そこじゃない。
昨日、一緒に過ごした彼は、彼じゃなかったはずだ。
なのに、なんで?
「君がくれた香水をつけているんだけど、気に入ってるんだ」と手首を差し出すその手を押さえて、違うと思う。
そもそも、異性に香水なんてプレゼントした事がない。
この人、既婚者だし。
あり得ない。
でも、この香りには覚えがある。
香…。
香は、元同僚だった。
いわゆる他人の男を欲しがる厄介な女。
わたしの彼にも手を出して来た。
時に売られた喧嘩は受けて立つ。
ああ、町田さんは、香の不倫相手だった。
だから?やり返したってこと?
いや、ない。ムリ。
気持ちが無くては、体は開けない。
気持ちが無くては、自分を傷付けるだけ。

 「ねぇ、喉渇いていない?」と町田さんが水のペットボトルを渡す。
この人の眼鏡には、全く興味がない。
 「ありがとう」と作り笑いで受け取った。
でも、香の歪む顔を想像しながら飲み干す水は、甘くて、「こんな復讐なんてするもんじゃない」と同時に悟りを浮かべた。
とにかく、さっさと部屋を出たい。

うろたえて、
ろうばいしながら、
おののいたふりして、
ぼけてゆく、
えがおのゆくえ。

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