クリエイター45日目 あり得なくもない話

時も場所も正確に覚えていないのだが、忘れられないニュースの一場面がある。今にも戦闘、撃ち合い、銃弾戦が始まる寸前の静まりかえった異国の市街をのどかに観光していた若い日本人カップルがいたというものだ。場所は中東のどこか。時はおそらく1980年代。イスラエル、イラン、イラク、レバノン、パレスチナ、ヨルダンなどの名をニュースで聞かない日はないという頃のことだ。小規模のいざこざは日常茶飯事だった。だから観光地は観光地としての日常を続けていたのだろう。しかし、ある日ある地域が戒厳態勢になり、住民たちは家に閉じこもるか別の場所に避難して街は死んだようになっていた。ニュースの説明によると、今にも撃ち合いを始めようと対峙していた両者の真ん中を、日本人カップルがのんびりと歩いており、あっけにとられたかあきれ果てたどちらかの軍により待避させられたということだ。その二人は数週間ヨーロッパを見て回った後中東のその地域に来たもので、新聞・ラジオなどに一切触れなかったので事情を知らなかったと付け加えていた。スマホはまだ存在していなかった時代だったので、マスメディアとの接触を断っていたならば起こりえた話ではある。まして、周囲の状況に注意を向けることもなく二人の世界に没頭していたとしたらなおさらだ。

以上、私の記憶だけを頼りに書いたが、こういう出来事があったという事実を確認したいと思ったときどうすればいいのだろう。過去に放送されたニュースを調べる手立てはあるのだろうか。あるいは、新聞でも取り上げられたと想定して過去の縮刷版を見るといいのだろうか。新聞はデータベース化されているやに聞くが、そういうものを利用できると簡単に見つかるのだろうか。さすがのGoogleもこればかりはお手上げだと思うが、どうなのだろう。

今の時期に、この日本人カップルの話を思い出したのにも訳がある。例えば、この数ヶ月マスメディアに一切触れず、PCも携帯電話も使わず、外出もせず、人との交流もなく暮らしていた人がいたとする。もちろん一人暮らしで、犬か猫は飼っているかもしれない。食べ物は買い置きのものとたまの出前。絵を描くとか、長編小説を書くとか、円周率を記憶するとか、とにかく自分のことだけに没頭していた。その人が久し振りに家を出て、商店街でも繁華街にでも行ったとする。心なしか人通りが少ないようにその人は感じるだろう。しかし、それよりも異常だとその人が思ったのは、すれ違う人たちが皆マスクをしていたことだ。それも自分が見知っている白いマスクでなく、柄物のマスクらしいものを着けている人もいるが、あれもマスクなのだろうか。それに、誰も彼も自分を避けるような様子ではないか。その人は、自分がマスクをしていないので人に避けられているとは知るよしもない。そのうち顔見知りの人に出会い、巷を騒がしているコロナというものの話を聞いてすべてを納得する。

と、こんな経験をする人がいないとは言えないと私は思う。



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