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#26 あと5分「苦痛」だった休憩時間

みなさんは、「学生」のころ「休憩時間」を、どのように過ごしていましたか。

私は、「休憩時間」が、大嫌いでした。

仲の良い「友人」もいましたが、いつも「2人」でいる訳にはいきません。

その「友人」が、他の同級生と、話している時は、その「輪」に入っていけずに、「机」に伏せって、ひたすら「始業チャイム」がなるのを待っていました。

「自分がみんなの足を引っ張って不快な気分にさせる」罪悪感。
 
まだ実際にそうなっていないし、みんなに迷惑をかける罪を犯していないのに、「罪悪感の先取り」をして、「自分がみんなの仲間に入ったら申し訳ない」と思う。

大嶋信頼著『罪悪感をなくして心のフットワークをよくする処方箋』より引用

自分が行くことで、「場がしらけるのでは・盛り上がっているのに迷惑かな・嫌われているかもしれない」そんな「感情」を抱いていました。

この「感情」は年々強くなり、数少ない友人以外の「同級生」に、話しかけることが出来なくなりました。

知らない人に話しかけるのが怖いのは、無視されること、冷たい対応をされることを恐れるから。
~(中略)~
無視も冷たい対応も、あなたの生活に何らの影響も与えません。あなたに実害はないのです。
 
今度、誰かに挨拶しようとした時、心に抵抗が生まれたら、自分自身に、「これは無視と冷たい対応をされたらイヤだという恐れなんだよ」と話しかけて、気持ちが萎縮している自分を励ましてあげてください。

野口敏著『人の輪の中にスッと入れる話し方』より引用

それでは「社会人」になり、この悩みは「解消」したのでしょうか。

相変わらず「上司・先輩・同期」に、自分から話しかけることができずに「孤立」していきます。

学生時代」と違い、自分の意思で自由に、辞める(逃げる)ことができたことが、「転職回数」を多くし、「スキル」「実績」も得られない「人生」へ向かわせてしまいました。

みんな「自分が仲間に入ったら嫌われる」ということだけに注目をしていますが、その裏には、「みんなを不快な気分にさせてしまう先取り罪悪感」が隠れているんです。

その先取り罪悪感があると「仲間に入れない疎外感」となって、先取り罪悪感が現実になるんです。

大嶋信頼著『罪悪感をなくして心のフットワークをよくする処方箋』より引用

「交流会」などで、「勇気」をだして、その「輪」に入っていくと、意外と話が、盛り上がることもあります。

ただ、無理くり「輪の中」に入るのではなく、「本」などで得た知識を、「意図的」にしています。

四~五人で話す時は、話し手が度々変わります。その時、首だけを小さく動かしながら話し手を見ているとしたら、そこに問題があります。
 
コミュニケーションが上手な人は、首だけではなく、体全体を話し手に向けています。

野口敏著『人の輪の中にスッと入れる話し方』より引用

何か違うかな~と感じる時もありますが、「全ての人」と、分かち合えるのも「無理」なことですし、「あの時に輪に入っていけばな~」など、あとで「モヤモヤ感」を感じることもなくなります。

幻想の罪悪感が私を仲間から引き離して、そして疎外感を感じさせていた。
 
それは「幻想の罪悪感」と思えたときに、私のフットワークは軽くなって「仲間に入れて!」と、気軽にいろんなグループへと入っていけるようになっていました

大嶋信頼著『罪悪感をなくして心のフットワークをよくする処方箋』より引用

自分の「思い込み(罪悪感)」が、ますます「人」を遠ざけて、つらい「休憩時間」を、作り出していたのかも、知れませんね。

#27「生きづらさ」を感じたら!はこちらから

引用させていただいた「本」


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