VRで精密に”Brain Health”を評価―松村雅代の「VRは医療をどう変える?」(23)

※本記事は、2021年6月30日(水) m3.com AIラボ公開の記事になります。

2021年6月7日、認知症治療の新薬「アデュカヌマブ」がFDAで承認され、脳の領域に改めて関心を深めた方も多いのではないでしょうか。今回は、Brain Healthという領域でVRが貢献する役割について、お伝えしたいと思います。

Brain Healthは、生涯にわたる神経の発達や可塑性、機能回復を包括する、新たに生まれた概念です。現時点では、普遍的に認められる確固とした定義はなく、WHOは「すべての人が自らの能力を発揮し、認知、感情、心理、行動の機能を最適化して人生の様々な局面に対処できる状態」、CDCは、「学習・判断、言語使用、記憶など、認知のすべての精神的プロセスを実行する能力」と定義しています。

VRならではのリアルな環境で、より正確な遂行機能評価を実現
米国テキサス大学のThe Center for BrainHealth®(https://brainhealth.utdallas.edu/)のChang氏らがVirtual Reality Functional Capacity Assessment Tool (VRFCAT)というツールを用いて、被験者の遂行機能をVRで評価する実験を行いました。CRFCATとは、リアルでインタラクティブな仮想環境の中で、日常的なタスクを再現することで、被験者がタスクを完了する時間やエラー回数などのデータを取り、遂行能力を評価する方法です。すでにFDAの承認を得ており、これまでは主にタブレットを用いて実施されてきました。

今回、42人の健康な大学生(男性13人、女性29人、平均年齢20.9歳)を対象に行われたのはキッチンテストという課題です。被検者は、必要な材料リストが記載された料理のレシピを渡されます。レシピを一旦置き、冷蔵庫を確認し、庫内にある材料を記憶。レシピに戻り、買う必要のない(庫内にある)材料に×印をつけ、買い物リストを作成し、財布を持ってキッチンを出るというもので、課題完了までの時間とエラー数を計測します。

被験者が記憶しなければならない情報を増やし(レシピの数や冷蔵庫内の材料を増やす)、遂行機能への負荷を高めると、課題完了までの時間は長くなりエラー数も増えるという予想通りの結果で、タブレット版と遜色ないことが確認されました。さらにVR版では、被検者のワーキング・メモリー(情報を一時的に保持し、目下の行動や作業を進めるための短期的な記憶)と課題達成の成績とは相関しないという新たなデータが得られたのです(被験者のワーキング・メモリーは、数唱(順唱・逆唱)と語音整列で別途測定)

その理由は、被験者が遂行機能の負荷が増加するにつれて戦略を切り替えているという事実にありました。記憶しなければならない情報が増えると(遂行機能への負荷が嵩じると)、冷蔵庫内の材料をできる限り多く記憶する被験者もいれば、冷蔵庫とレシピとの間を何度も往復して確認する頻度を増やす被験者もおり、それぞれが得意な戦略を巧みに繰り出していたのです。

この事実は、「戦略の立案や切り替え」が遂行機能の力に大きな影響を及ぼすことを示しています。タブレット版の場合、冷蔵庫とレシピとの間を何度も往復するという戦略には馴染まないため、被験者はワーキング・メモリーを用いる以外に選択肢がなかったものと想像します。VRというリアルな空間での体験が可能な環境があって初めて、遂行機能を全体像として正確に捉えることができたと言えるのではないでしょうか。

VRのアイ・トラッキング機能と独自のアルゴリズムで、脳神経疾患の予兆を把握

アルツハイマー病の著名な研究者でハーバード大学医学部とマサチューセッツ総合病院の神経学教授と脳腫瘍を専門とする脳神経外科医が設立したスタートアップ企業、REACT Neuro社(https://reactneuro.com/ )は、VRのアイ・トラッキング機能と独自のAIアルゴリズムでBrain Healthを評価するプロダクトを開発しています。具体的には、認知機能低下などの症状が出現する前に疾患を捉える「デジタル試験」というプロダクトです。従来の神経学的検査が7分強かかるところ、同社のプロダクトでは、2分程度でより正確なアセスメントが可能とのこと。同社は現在、Boston Children’s Hospitalと共同研究開発(https://accelerator.childrenshospital.org/portfolio/react-neuro/)を行っています。

「医療×VR」の領域では、従来、トレーニングと治療に関するプロダクトが主に開発されてきました。ハードウエア(VRゴーグル)の進化は加速しており、今後、診断領域での活用も広がっていくことが期待されます。

[参考文献]
1. WHO. Brain Health: https://www.who.int/health-topics/brain-health#tab=tab_1
2. Centers for Disease Control and Prevention. Healthy aging. What is a healthy brain? New research explores perceptions of cognitive health among diverse older adults. https://www.cdc.gov/aging/pdf/perceptions_of_cog_hlth_factsheet.pdf
3. Chang et al, “Functional performance in a virtual reality task with differential executive functional loads,” Computers in Human Behavior Reports, 2020 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S245195882030035X
4. Virtual Reality Functional Capacity Assessment Tool, https://www.youtube.com/watch?v=5gKXPWVGwOM 
5. How REACT Neuro Uses Pico VR Headsets to Assess Brain Health, AR POST, May 11, 2021, https://arpost.co/2021/05/11/react-neuro-pico-vr-headsets-brain-health/

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