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#わたしの大好きは「いけないもの」若しくは「いけない(とされている)もの」です

#わたしの大好き
それは「いけないもの」である。

思い返せば、3人きょうだいの一番手として生を受けた「わたし」    その子ども時代は 「幸せな無菌室」に居たように感じている。

そのこと自体に良し悪しも貴賤もなく単なる事実として。
そもそも 「無菌室以外の世界」を知らなければ 気付く事もない。   
それに「わたし」も まんざらでもなくそこに居たのだろう。

「わたし」の子ども時代における「幸せな無菌室」を具体的に述べてみる。
それは母君により構築された世界線であり
そこに「性的な何か」「アニメ」「漫画」「低俗なテレビ」
「ジャンクフード」「お小遣い制度」「アルバイト」「好きな洋服を買う」
といった要素は存在しなかった。 
禁止ではない。 存在しなかったのだ。存在しない以上 禁止もできない。
(まあ、よくある話だ)

しかし 子どもは成長し 世界線が只ひとつではない事を知ってゆく。
そうして「わたし」はすくすくと「いけない(とされている)もの」を
こよなく愛するおとなになったのだ。

ある程度の(若しくは中途半端な)情報統制を経て迎えた「めざめ」は
性のそれにも似て 激しく、長い反抗期となって顕在化した。
(2020年時点で 終焉は予定していない)

その激しく長い時の中で得た最大の学びは
100%「いけないもの」も「いいもの」も存在しない
「いけない」「いい」と定義する人間がいるだけ という事。
(注:
各々の世界線の定める法や人道に反する行為を正当化するものではない)

「わたし」は思いつく限りの「いけないもの」を迅速に取り入れた。
例えばこうだ。
・白い滓が出る石鹸シャンプーを拒否し
・玄米のご飯をはきだし
(注:今現在は玄米の味を好んでいる) 
・安全ピンでピアス穴をあけ
・頭髪を水色に染めた
・13歳時点での人生の夢は官能小説家だった
・夏休みは母君の実家で、山岡荘八の「徳川家康」愛蔵版を読み耽りながら
家人の留守ごと 叔母の部屋から団鬼六の「生贄夫人・縛る」を持ち出した

母君は 面と向かっては何も言わなかった。
そして 誰も 何も 言わなくなった。

沈黙ののち、感動の再会は きっとないけれど 学びは沢山ある。
・清濁併せ呑むこと
・毒を喰らわば皿まで喰らうこと
・よく咀嚼すること

激しく長い時の中で「わたし達」母子は刺し合った。
ありったけの愛と愛ゆえの憎しみがないまぜになって
くんずほぐれつしていた「わたし達」へ
苦しみ、苦しませた事も多かっただろう。
そのすべてを 抱きしめ 解放して 感謝を表明する。

世に生きるすべての 
子どもとおとな、父と母、無性別者と男と女(順不同)へ
心の底からの尊敬をこめて。

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