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帝国神霊学院 第五章 敗れし武者の、怨念の日々

吹き荒ぶ雪山の中、足を引きずる植芝盛平と若干顔に疲れが出ている瀧少年。二人を励ますように星天学が歩みを進めていく。もう二日間も雪中行軍をしている。
「先生、もう休みましょうよ」
瀧少年が情けない声を出す。
「まだまだ、戦いはこれからじゃて」
植芝盛平が口を開けて笑った。
「本当にこの辺りに彼奴ら拠点があるんでしょうかなあ」
星天学は腕を組んで首を傾げた。
吹雪はますますひどくなっていき、三人の息を凍り付かせた。先日の激闘のあと、星天学が彼奴らの拠点を霊視したのである。周囲の気温がどんどんと下がっていく。
「先生やばいですね。そろそろ休憩しませんか」
瀧少年が不安げにつぶやく。
「いやいや、休ませてくれる様子じゃないなあ」
植芝盛平が嬉しそうにつぶやく。
三人の周囲の空気が一瞬にして変わった。寒気の中に静かに燃え上がる炎が六つほど…。
「ふふふ、お前たちの墓場はこの御岳山がちょうど良いだろうて」
三人の前に姿を現した六つの火の玉の中からは、それぞれ武者姿の怨霊が姿を現した。
「星天学、おのれの野望はここまでだ。物部天獄様の作られる我ら弱者が栄える千年王国が、今そこにあるのだ」
六つの火の玉が、それぞれ武者に変化した。
「我らは、かつて織田信長に滅ぼされし者の変化した姿じゃ。大人しく我らの刃にかかりこの地にて深く眠れば良いぞ」
これを聞いて、両手で思わず気功の玉を練り始める瀧少年。その横では、植芝盛平が嬉しそうにつぶやいた。
「ほう、次から次へと新手を繰出してくるのう」
「瀧君、植芝さん、一気に切り抜けるんだ」
星天学のその一言を合図に、三人を取り囲んだ落ち武者の怨霊たちの一画を崩しにかかる。大上段で斬りかかる怨霊たち。振りかざされた刀を左右に避けながら、見事逃げ切る三人の姿。脱兎の如く駆け抜けていく三人。
「おのれ逃がすな!」
怨霊たちが次々と奇声をあげる。
「待たれい、星天学!」
怒涛のような声が響き渡った。三人が動きを止めた。目の前に悠然として立ち塞がる荒武者がいた。
「お主と手合わせがしたいものだ」
その武者は悠然とおのれの口を拭った。
「あなたは一体…」
星天学が微かに震えた。
「我が名はタケゾウ、世の人は我のことを"宮本武蔵"と呼んでいる」
その右手には、しっかりと櫂で作られた木刀が握られていた。
「ほう、なかなかの強敵が現れましたなあ。血肉を超えて時間を超えて昭和の時代に転生しましたか」
植芝盛平が楽しそうにつぶやく。
「私は剣術の心得などないのですが…」
若干星天学は不安そうである。
「ならば素手打ちでどうじゃ」
武蔵が右手の木刀を放り投げた。雪中に深々と突き刺さる木刀。二人の決闘の舞台が出来上がった。
睨み合う武蔵と星天学。その周りには植芝盛平と瀧少年、落ち武者どもが配置されている。
「わしは長い間 おのれを殺してただひたすら剣の道に生きてきた。じゃが、世の中はそんなわしを評価してくれなかった。無念である」
武蔵のそのつぶやきに、考え深く頷いた星天学。
「これは笑止。武蔵とあろうお方が何をおっしゃる。たとえ評価されなくとも、おのれのやったことに誇りを持つべきではなかろうか。おのれが評価されなくとも、誰かがきっと気付いてくれるはず」
武蔵の顔が若干歪んだ。タッタッタッタと歩みを詰める武蔵。二、三歩後ろに引く星天学。
「おのれに何がわかるというのだ!」
鋭い武蔵の右の拳が、星天学の脳天向けて撃ち落とされた。両手のクロスでパンチを受ける星天学。
「おっと、たとえ蘇った死霊としてもパンチの力は本物ですなあ」
にやりと笑う星天学。
「この腑抜けが、うぬらの生きている時代とは違うわ!」
と言って左足を高く蹴り上げる武蔵。どうにかこうにか、両手で武蔵の蹴りを抑えた星天学だが、そのままあっさりを倒される。
「やばいな、助けに入ろうか」
植芝盛平の一言を制する星天学。
「植芝さん、構わないですよ。この武蔵さんの無念の思い、日本に対する怨念と憎悪、これも全て受け止めて帝国神霊学院の礎にします」
ほうっといった風な顔をして植芝が動きを止めた。
「つべこべうるさいわ。武士の時代が終わろうとも戦いの時代が終わろうとも、武人の戦いに終わりはないのだ!」
武蔵が激しく蹴りとパンチを打ち込んでくる。全身殴打される星天学。
(くそう、このままではやられる…。あまりにも蹴りとパンチが重すぎる、どうしたらいいんだ…)
足元がふらつく星天学。その瞬間、一瞬だけ武蔵が瀧少年の方に気を取られた。星天学が劣勢のため、瀧少年が悲鳴ともつかない声を上げたからだ。たちまち懐に飛び込み柔術の一本背負いを決める星天学。
「おりゃあっ、これでどうだ!」
たとえ武蔵と言えども近代柔道の技である一本背負いは知る由もない。もんどりうって頭から地面に叩きつけられる武蔵。脳天からほとばしる流血。血が武蔵の目に入っていく。
「ぐおぉっ」
武蔵がふらつきながら立ち上がった。再び、星天学が武蔵を巴投げでぶっ飛ばした。したたかに全身を打ち付けて悶え苦しむ武蔵。
「おのれ、またしてもこのわしを栄光の座から引きずり落とすのか。わしに再びチャンスをくれた天獄様へのお返しじゃあ」
と言って、投げ捨てたはずの櫂を再び手に取る。
「おのれの脳天をかち割って天獄様に御礼申し上げるのだ!」
ふらふらになりながらも、構えを振りかざそうとした武蔵であった。するとその時、植芝が小さくつぶやいた。
「雷神帰法しかあるまいな、先日使ったばかりじゃがもう一度チャンスをくれるはずじゃ」
と言って小さな手印を結んだ。するとたちまち黒雲が現れて、一筋の雷光が上空を走った。振りかざした武蔵の頭の上に雷が落ちる。悶絶する武蔵。
「おのれえ、わしは死ぬわけにはいかん!」
と言って、櫂で作られた木刀を黒焦げになりながらも振りかざしてきた武蔵。
「私の気功法で武蔵殿をあの世に送り返さねばなるまいて」
ハァっ!と声を出して自分の腹部の前で巨大な玉を作ると、それを気功で前方の武蔵に押し出した。
「うわあ!」
という声と共に武蔵の体が吹っ飛んでいく。倒れ込む星天学。
「先生、大丈夫ですか!」
瀧少年が近寄る。
「武蔵が負けた、武蔵が負けた」
周りを取り囲んでいた落ち武者の怨霊たちも次々と瓦解していく。
「ついに奴らの怨念も消え去ったか」
植芝盛平が嬉しそうにつぶやく。
「きっと奴らの拠点に近づいてみせるぞ」
星天学は硬く心に誓った。

 ─

昭和初期の大阪ミナミの地下街、ネズミが走り回るような地下街で黒く汚れた人間が集まっている。
「イヒヒヒヒ、そろそろ再び大阪を襲撃してやるか」
小柄なネズミのような男がつぶやいた。その男が歩みを進めた先には古びた商店があった。その商店の扉を開けると、巨大なナニカが眠っている。そのネズミのような男は、その巨大なナニカを見ながら惚れ惚れとして言った。
「今度の大阪襲撃では お前さんが先頭をきるんだってねえ…イヒヒヒヒ」
その眠っているナニカは、巨大な胎児のようであった。
「もうすぐ、この巨大な赤ちゃんが目を覚まし始めるぞ。大阪が地獄になるのは近いなあ。今から楽しみだ」
すると、まるでその声に頷くかのように巨大な赤子が目を開けた。そして、微かに口を動かし、
「殺す… 殺す… 我々の敵を… 殺す…」
そう言って再び目を閉じた。ドクン、ドクンと響き渡る心臓の音。ネズミのような男は舌なめずりしながらニヤニヤとその様子を見守った。
ちょうどそこへ入ってきた角の生えた男。
「赤子玉は元気かのう」
「あい、元気にしております。あとこれと同じものが15体ほど秘密の場所に保管して飼育中です」
角の生えた男は嬉しそうに自分の角を触った。
「おもしろいのう。これでますます、通天閣を中心とした大阪を攻める楽しさが増えたようなもんじゃ。どうやら岐阜の本部に帝国神霊学院の連中が逆に攻め入ったようだが、我らもその仕返しをせねばなるまいて」
「そうでございますなあ」
ネズミのような男は低く笑うと、そう言ってペコリと頭を下げた。すえたような臭いのする地下空間に、角の生えた男とネズミのような男の笑い声だけが響き渡る。

 ─

徳島県の剣山麓にて、十数人の若者たちが修行を行なっている。
「おっし、おっし、おっし!」
若者たちは掛け声をかけながら、空拳を山の木に向かって打ち込んでいく。一人リーダーらしき男が全員に檄を飛ばす。
「星先生や渋沢先生が言った大阪襲撃は近いぞ。皆の者、心を込めて空拳を打つべし!」
天空に声高くヒバリの声が渡っていき、山の隅々まで男たちの修行の声が響いていく。
「物部天獄、何するものぞ。天獄、おのれの自由にはさせないぞ」
口々に叫びながら修行を続ける青年たち。そのうち組み手が始まる。激しい蹴りとパンチの応酬の中、それぞれが相手の急所を狙って的確に打ち込んでいく。それを見ながらリーダーらしき青年がつぶやく。
「このままだと、どうにか我ら有尾人が日本のお役目に立つ日がきそうだ。不当な差別を受けてきた日々、今こそ恩義を果たさん。蜂須賀さん、浅野さん、見といて下さい。大至急我ら有尾一族が我らの固有の能力を使って物部天獄の操る化物軍団を倒して見せますぞ」
全体の組打ちは夜遅くまで続けられた。決戦まであと数日である。
同じく徳島の剣山麓にて、ちかみつがパソコンに向かい合っていた。パソコンの画面を見て固まるちかみつ。若干顔には不安そうな表情が浮かんでいる。じりじりと夏の熱い昼下がりであった。
「これはいけませんね、すぐに山口さんに相談しないと…」
そう言って、電話を手に取るちかみつ。電話が鳴って千葉県の自宅で電話を取る山口敏太郎。
「あぁちかみつさん久しぶり。いやあ、この前は時空を超えてやってきた気動砲にやられましたよ。まさか気動が時間と空間を超えるなんて思いませんでした」
にこりと山口敏太郎が笑う。
「そうでしょうね、そういうものは時間も空間も簡単に飛び越えちゃうんですよ。吹っ飛ばされるまでとは思いませんでした」
ふと真顔になる山口敏太郎。
「それでどうしたんですか、今日は急に電話なんかして」
「いや、電話したも何もとんでもないことになりましたねえ」
「一体何があったんですか」
不安げに山口が聞いた。
「昭和初期から伝わってくる波動の形が変わったんですよ」
「ええっなんですって?!」
山口が素っ頓狂な声で叫んだ
「ということは、歴史に干渉することが成功したということでしょうか?」
大きくちかみつが頷く。
「そのようですね。昭和初期の歴史的事実が変わりつつあるんですよ」
「それで、どんな風に変わったんですか?」
「星先生のパワーが高まっています」
「星先生のパワーが高まってるだって?!」
ちかみつが大きく頷く。
「高まってるも何も倍増してるんですよ」
「じゃあ我々がやったことも全然無駄じゃなかったんですね」
「そうですね」
ちかみつが何度も頷いた。歴史は確実に変わりつつある。

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