見出し画像

ムーミンママの魅力:ムーミン・コミックスより「預言者あらわる」

 今回は、ムーミン・コミックス第5巻『ムーミン谷のクリスマス』に収録されている「預言者あらわる」を紹介しながら、ムーミンママの魅力をお伝えします。

 前回、ムーミン・コミックスには、トーベの作品、トーベと弟ラルスの共同作品、ラルスの作品があるとお話ししましたが、「預言者あらわる」は、1956年に発表されたトーベの作品です。トーベはコミックの制作においてストーリーを重視し、アイディアを出し続けることに苦労しました。実際にムーミン・コミックスを見ると、彼女の苦労の成果が読み取れます。たとえば、クローズアップされるキャラクターが少しずつ変わり、さまざまなキャラクターと場面が描かれることで作品世界に広がりがもたらされています。あるいは、鎖や植物などのモチーフを利用したコマ割り線によって、視覚的におもしろいだけでなく、物語が円滑に展開する工夫がなされています。

第7回画像

 本作は、ムーミントロールたちが二人の預言者の異なる教えとスティンキーの悪い囁きに振り回されるお話です。一人目の預言者は、しきたりや思いこみにとらわれない自由な生活を説き、二人目の預言者である「黒の預言者」は、義務と犠牲と反省の日々を説きます。ムーミンバレーパークで、本作をもとにしたショー「自由でしあわせな生活」をご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。このお話だけの登場人物である二人の預言者は、ショーでは声だけでしたが、コミックでは聖書にイメージされる預言者のような、ゆったりとした衣服を羽織った姿で描かれています。黒くて毛むくじゃらのスティンキーは小説には登場しませんが、いくつかのコミックスと写真絵本『ムーミンやしきはひみつのにおい』に登場します。

 コミックに話を戻しましょう。「預言者あらわる」の物語は、一人目の預言者がムーミン谷を訪れるところから始まります。ムーミントロールたちは自由をもとめて家を出ていきますが、ムーミンママは「わたしはいつだって自由だったわ」と考えながら家に残って食器を洗っています。ママは自分の生活を顧みて今ある幸福に目を向けており、他者の言葉に左右されません。

 みんなが自由を模索している頃、ムーミントロールの誕生日に誰も帰ってこないので、ついにママは自分だけの時間を楽しむために貝殻集めに出かけました。ママが不在のうちに、さらなる混乱を企てるスティンキーが黒の預言者を呼びました。みんなが今度は黒の預言者にしたがう生活を始めると、また厄介ごとが次々と起きました。しまいには預言者たちがお互いを非難しあう喧嘩の観戦が始まり、ちょうどその頃、花冠をかぶってたくさんの貝殻を手にしたムーミンママが帰ってきます。ママは預言者たちの喧嘩を止めるだけでなく、彼らに友情を芽生えさせました。二人は肩を組んでムーミン谷を去り、日常が戻りました。ママが二人を打ち解けさせた方法を知りたい方は、ぜひ作品で確認してみてください。

 「預言者あらわる」に描かれるムーミンママは、自分の考えを持ちながらも他者を尊重しています。密造酒をつくるムーミンパパや頼りなさそうな男性についていくスノークのおじょうさんの行動が間違っていると思いながらも、本人たちのやり方には口出しせず、食事の用意などを手伝います。預言者たちが他者の生き方を変えようとするのとは対照的に、ムーミンママは自分の考えを押し付けません。預言者たちを仲裁したときには、「どちらもりっぱな教え」と二人を認めたうえで「ふつうのひとたちがそのまま実行するには難しい」と、自分たちの生活には二人の教えが必要ないことを暗に伝えました。

 小説に描かれるムーミンママも、みんなを助けたり導いたりする役割を担っています。『小さなトロールと大きな洪水』ではムーミントロールとスニフを率い、『ムーミン谷の彗星』ではムーミントロールとスニフが彗星調査に行くことを促し、『ムーミンパパの思い出』ではムーミンパパに「思い出の記」を書くことをすすめます。前面に出て活躍しないこともあるムーミンママですが、ムーミンの物語になくてはならない存在です。あるキャラクターに着目して読むと、ムーミンの小説もコミックスも、何度も楽しめます。

<紹介した本>

トーベ・ヤンソン、ラルス・ヤンソン著『ムーミン谷のクリスマス』冨原眞弓訳、筑摩書房、2000。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480770455/

<参考文献>

トーベ・ヤンソン文、ペル・ウーロフ・ヤンソン写真『ムーミンやしきはひみつのにおい』渡部翠訳、講談社、2014。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000208599

ボエル・ウェスティン著『トーベ・ヤンソン:人生、芸術、言葉』畑中麻紀、森下圭子訳、フィルムアート社、2021。
http://filmart.co.jp/books/novel/tove_jansson/
※講談社から2014年に刊行された『トーベ・ヤンソン:仕事、愛、ムーミン』の改題・改訳。

ムーミンバレーパーク公式サイト(「エンマの劇場」のページ)
https://metsa-hanno.com/guide/list/237/
※ショー「自由でしあわせな生活」は2021年3月~11月に野外ステージ「エンマの劇場」で上演された。2022年1月現在、展示施設「コケムス / トーベの記憶シアター」でショーを撮影した映像が上映されている。

※次回は5月下旬に掲載予定です。

著者紹介 / 小林亜佑美(こばやし あゆみ)

秋田県出身。高校生の時に初めてムーミンを読み、大学で文学・文化・表象論を学びヤンソン研究を始める。2013年山形大学人文学部卒業、2016年法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。
修士論文タイトルは「理解・不理解の主題から読み解くヤンソン作品の変化:『ムーミン谷の仲間たち』を中心に」。
著作物;バルト=スカンディナビア研究会誌『北欧史研究』第37号に「日本におけるトーベ・ヤンソンおよびムーミン研究の動向」を掲載(2020年)。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?