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北欧文学散歩-北緯55度以北を読む

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今後、不定期ではございますが、日本では知られていない北欧の作家や作品の紹介をして頂きます。北欧文学より日本社会に身近になることを願って。
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病床と文学の親和性

昨年、取材で私は静岡県富士山世界遺産センターに行ったことがあるのだが、その時特に印象に残った作品が、江戸時代後期の南画家である谷文晁の『富士山中真景全図』(1795)という作品であった。同作は三十四図からなる画巻で、富士川から裾野市を経て富士登山し、小田原までの道中の景色を描いており、これは時の11代将軍の徳川家斉に上覧され、賛辞も付けられている。 カメラが日本に伝来する50年程前に描かれたこの作品は、富士山道中の壮大なパノラマを描いているという点で、現代で

不安の渦中にいる人間たちの運命劇

 ノーベル文学賞と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「今年も村上春樹は受賞しなかった」というニュースだけだろうか。実際、毎年ノーベル賞ウィークの中だるみのようなタイミングで発表される文学賞は、決定前の方が決定後よりもはるかに盛り上がっているような印象を受ける。そして翻訳大国と呼ばれた日本もはるか遠く、今では邦訳も作家紹介もない「見ず知らずの作家」たちがノーベル文学賞を受賞することも多く、そうした意味ではせっかくの文学賞にあやかりたい書店員さんたちも苦虫を噛み潰しているのではな

苦しむ人間の胸中にこそ「魂」が宿る

北欧流自然主義文学の代表作 親元を離れてから病気に罹ることほど心細いものはない。そう強く思ったのは、東京に出てきて間もなくして、新型コロナに罹った時だった。検査で陽性が出た当日ぐらいは「意外とこの程度か」と高を括っていたが、その翌々日には39度近くの熱と、そして凄まじい喉の痛みが襲ってきた。 地元の大阪を離れ、一人で迎えた病床は、何ともまあ苦しいものだった。私の場合、熱が出てから病院を探そうとしたせいもあり、熱と喉の痛みでまともに会話ができず、本当に苦労した。息も絶え絶え