【全文開放】のっぴきならないのらねこいっぴき【短編小説】
(『ここに立ってねゾーン』があるのか、ここん所の墓は。ゲームデザイナーでも居るのか?)
公園を歩いていた男は、そこに隣接する墓地を見つけ、心の中で墓石に話しかけました。その墓石の正面には、赤いタイルでかたどられた四角い模様がありました。
(あの前に立ったら[▶お参り] とかって視界の端に見えるのかな)
この語学留学中の男は、仲間のいないこの地で密かな楽しみを見出しました。
この公園には野良猫が沢山います。男はたまにここを訪れ、餌をやったり撫でたりします。それは男が格別に疲れたときや、「やってられない」ときであり、今日も例外ではありません。
「おう、元気してたか?相変わらず毛が長いな。今日も地面の砂を掃いてたか?」
疲れているので、男の独り言は声が大きく、また数も多いです。
「ほれ。ちくわ。母親から送られてきたんだ。賞味期限ちょっと過ぎてるけど、野良なら平気だよな?」
それ以前に、このアメリカンな猫はちくわを好みません。
「んん、それもそうか。また今度にしよう」
猫に餌をあげるのも毛繕いをするのも自分自身が気持ちよくなるためなので、男は餌付けに失敗しても気にしません。
『おい、────〇〇〇猫───捨てられた───』
「あぁ!はぁはぁ。なぁるほど…………はぁはぁ。」
通りがかりの老紳士が、男に教えてくれました。日本語と世界共通語のあいだの様な言葉を話すのは慣れたものです。実際、日常で純英語を使うことなどほぼありません。
「余計なお世話だな。味方じゃなくて敵なのか?」
─私は敵でも味方でもありませんよ。
「ふぅん。それにしても、あいつは捨て猫なのか。毛並みがいいわけだ」
猫の事は潔くあきらめて、男は散歩で心をリフレッシュすることにしました。
公園を出てすぐのところにその大通りはあります。男はこの道を歩くのが、猫を愛でるのに負けず劣らず好きなのでした。
「すぅ…ハァ」
この大通りを歩くとき、男は深呼吸をします。すれ違った車の排気ガスと運転手の吸うタバコの煙が、男の鼻孔をくすぐりました。
「…この匂い。嫌いじゃないのは何でだろう」
タバコの匂いは好きですが、男はタバコを吸いません。
「そんなもの吸わなくても、ここの空気は十分汚いからね」
別に、喫煙者は汚い空気が好きで吸ってるんじゃないと思いますが。
「バカ言え。でなきゃ何であんなもん吸ってんだ?」
──男の独り言は止まりません。
男は煙たい大通りを当てもなく歩き、数回曲がったところでさっきの公園に帰ってきました。アスファルトで舗装された道を歩いていると、目の前を黒猫が横ぎりました。アメリカにおいても、これは不吉の象徴です。
「てことは、逆に考えると、これは幸運の象徴だな?」
そういう解釈もあるかもしれません。どちらも“何の根拠もない”という点が同じです。
「お、さっきの!また会ったね。同じ日に二回会うとは、これまた幸運だ」
この男の経験上、一度別れた野良猫とは日をまたぐまで会えないのが常でした。同じ日に二度巡り合えた毛の長い猫を、男は愛でます。
「やっぱり綺麗な毛並みだなぁ。捨てられたのは最近かな。あぁ、心底癒される」
男は猫を、なんどもなんども撫でました。
「人に慣れてる野良猫がいなきゃ、俺の貧乏心はとっくに死んでたなぁ」
猫を捨てる余裕がある“心の金持ち”が、男の心を生かしているのです。大富豪が捨てた食べ物を漁って食べるホームレスの姿を思い浮かべ、自分の姿と重ねました。
「どっちが野良猫だか分かんねぇな」
毛の長い猫は地面にゴロンと転がり、掠れた声で『じゃー』と鳴きました。
おわり
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「古き良き」という感じがしていいでしょう
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