苺ジャム

子供の頃、パンが大好きだった。
朝食の食パンに、洋風で素敵ね、と胸をときめかせていた。米味噌汁の日は、嫌だった。

思い出は美化され、幻想化され、パンの日はいつも青く晴れていた。本当に、米味噌汁の日は澱んだ雲のイメージが浮かぶ。暗い部屋で、家族と味噌汁を啜った。

パンの日。ミルクを口に含めば、それは幼い僕に若葉を思わせた。チーズを乗せてトーストにしたり、コーンスープに浸したりして食べた。様々なジャムを乗せたりもした。僕は、マーマレードが一番好きだった。

数年後、僕はだいぶ髭の濃い大人になった。
一人暮らしを始めて、乱雑な生活を送った。年金を払えないでいた。その分の金で、母親にプレゼントを買って持ち寄ったりした。

腹が減ると、百円均一店に置かれた八枚切りの食パンを買って、貪って食べた。トースターは勿論、ジャムを買う心の余裕さえ無かった。

当時を懐かしんでしまったので、ひどい劣等感に襲われた。汚れ切った心の、真っ暗な部分。肉味を帯びたそれは、まるで保健の教科書に写る悪しき肺の様であった。

次の日、僕は苺ジャムを買う決心をして出かけたが、やはりできなかった。ドロドロとした苺ジャムの瓶から、生きた人間の目玉を感じてしまったのだ。睨まれて、僕はそのまま手を離してしまった。

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