見出し画像

Sクリニックにみる都市型クリニック戦略

今回から2回続けて「クリニックCase Study」と称して、具体的なクリニックを例にあげて、ホームページなどの公開情報に基づいてクリニックの経営戦略を考えていきたいと思う。

Case Studyの1例目としてとりあげるのは、Sクリニックである。

Sクリニックをとりあげた理由としては、多数の著書や講演をされているH先生のクリニックであり、公開情報が多いためである。


Sクリニックの前提情報


SクリニックはH先生が2009年に開業されたクリニックである。

もともと同地で皮膚科クリニックを20年以上診療していた高齢の先生が引退された後を引き継いだ、いわゆる継承開業のクリニックである。

新宿西口から徒歩1分という好立地であり、まさに都市型クリニックである。

働き世代をターゲットに診療をしたいという蓮池院長の思いがあり、新宿で開業したと述べている。

診療科は、内科・皮膚科・泌尿器科を標榜。「待たせない医療」を掲げ、予約外診療制(順番予約制)で平日の午前10:00~14:00、午後15:30~19:00の間、診療されている。2022年10月現在、土日、祝日は診療されていない。

Sクリニックは、当初、院長のH先生1人+医療事務1人で1診制での診察をスタートされ、初日の来院患者数は32人だったという。

しかし開業5年目の2014年には常勤医師5人体制になり、1日の来院患者数は400人に達している。

規模の拡大に応じて3度移転され、現在、6つの診察室と1つの処置室を有するクリニックとなり、常勤医師5人体制で診療されている。

都市型クリニックの特徴

具体的なケースに入る前に、一般論としての都市型クリニックの特徴、メリットとデメリットを考えてみよう。

まずは分かりやすい、デメリットから。

都市型クリニックの経営戦略を考える上でのデメリットは、なんといっても高い家賃である。

一般的に都市型クリニックのテナント料の坪単価は1万~3万/坪である。

例えば内科開業の場合、およそ30坪~50坪での開業が一般的なので、テナント料は30万~150万/月になる。

ここではイメージしやすく、月100万の家賃だとして、都市型の保険診療クリニックでは、家賃が固定費に重くのしかかってくるのである。

一方で都市型クリニックのメリットは以下の3つだ。

①診療圏内の人口が多い。
②立地がそのまま広告宣伝になる。
③スタッフを集めやすい。

都市型CLのメリット①診療圏内の人口が多い。

Sクリニックで考えると、クリニックの診療圏を1kmとしたとしても新宿駅前は地方都市と比べても診療圏内の人口は桁はずれに多い。

さらに、新宿駅ほどのメガターミナル駅になると、通勤の乗り換え駅としての利用も多く、実際の診療圏はかなり広いと考えられる。

都市型CLのメリット②立地がそのまま広告宣伝になる

大都市部のクリニックの場合、立て看板や駅前看板一つ出すにしても、クリニックの前を通る通行人の絶対数が多いので顕在層へのアプローチ効果が田舎に比べてはるかに大きい。

これは、立て看板や駅前看板などのアナログ広告だけでなく、WEB集患においても同様だ。

クリニックHPでコンテンツマーケティングを仕掛けて、クリニックを気に入ってくれたとしても、そもそも遠方のクリニックなら、受診はそもそも選択肢に入らない。

新宿駅なら「電車で1時間圏内」で考えたとしても、2000万人近くの顕在層にアプローチできることになる。

都市型クリニックは確かに家賃が高いが、広告費を潜在的に削れている側面があるのだ。

都市型CLのメリット③スタッフが集めやすい

意外と見過ごされやすいのがこの3つ目のメリットである、スタッフの集めやすさである。

一般的に、経営側が望む人材の集めやすさは

事務員≥看護助手≥看護師>非常勤医師>>常勤医師>>分院長

となる。

開業医が頭を悩ませるのは、いつの時代も人事労務である。

紹介会社経由の人材は、紹介料も高く、離職率も高い傾向にあるので、ホームページなどからの直接の問い合わせが望ましいが、地方のクリニックでは、なかなかそういった事がおきない。

なかなかスタッフが集まらないと紹介会社に頼らざるを得ないのだが、都市型CLでは求人面で見えない恩恵を受けているのだ。

また、自院拡張や分院展開、大資本を用いての同時展開などを考えているなら、大都市型CLに軍配が上がる。

経営側が求めるような常勤医師、分院長を集めるのは至難の技だが、大都市型CLでは、比較的この課題をクリアしやすい。

地方の場合、定常的な医師確保を目指すなら、医局や機関病院と強力なコネクションを作る以外には手はない。

都市型クリニックの基本戦略

都市型クリニックのメリット・デメリットを理解できると、経営戦略が自ずと浮かび上がってくる。

保険診療の前提で考えると、1クリニックあたりの収益の上限が決まってくる。

そのため、家賃の分だけ地方のクリニックよりも固定費が高い都市型クリニックは損益分岐点が上がるのを抑えるために、まず、他の部分で固定費を下げないといけない。

専有面積が大きく利益率が低い部門を整理せよ

ではどこを削るかというと、保険点数に対して専有面積が大きい検査機器である。

具体的にいうと、レントゲン、CT、MRIである。

もしどうしてもレントゲンを入れたい場合でも、かなりスペースをとるブッキー台は入れない方がいい。

臥位でのレントゲンが取れなくなるが、内科中心なら、胸部XPと腹部XPが撮れるだけでも十分だ(この意味で都心部での整形外科の新規開業は、やや不利だ)。

内視鏡も、光源装置が大きいのと、内視鏡の保管庫や洗浄機、洗浄・乾燥スペースでかなり専有面積が増えてしまうので、お勧めできない。

待合室はコンパクトにする

待合室も削るべきスペースだ。

診察スタイルを完全予約制とすることで待合室スペースを削り、施工床面積を小さくする。

待合室は部屋として作らずに、受付前と診察室前の廊下に合計5名~10名ほどが座れる椅子をおいた簡易的なものにすると、内装費も削れてBetterだ。

「待合室をコンパクトにすると、混雑時に困ります」

という声もあるかもしれないが、発想としては逆である。

待合室に人があふれているということは、診察で待たせているということである。

待合室をコンパクトにするのはマストで、患者を待たせない予約オペレーション・診察オペレーションを組んでいくのである。

診察室は1~2室。スタッフも1~2名で始める

開業当初は、診察室は1つないしは2つとし、スタッフも1名~2名とする。

診察室を1つにする場合は、看護師を雇用せずに、事務員だけでもよい。

診察室を2つにする場合は、第一診察室をメインの診察室として、第二診察室を処置室兼用として、看護師さんの採血スペースや、医師の処置スペースとする。

この場合、第一診察室で診察している間に、処置が必要な患者さんを第二診察室にあらかじめ案内しておいてもらう運用になる。

処置が必要な患者さんは、診察の体勢になるまでに時間がかかり、診察室を出入りするのにも時間を要することが多いからだ。

診察室数やスタッフ数も同様に、固定費を下げて損益分岐点を下げる狙いがある。

患者単価の低さは患者数でカバーする

上述の通りクリニックへの設備投資を減らすと、必然的に患者単価は低くなるが、そこは大都市型クリニックの強みを最大限に生かして患者数の多さでカバーするのが基本戦略となる。

また、医師・看護師・事務とすべての職種のリクルートがしやすいので、複数診察室での2診~4診制の診療体制も組みやすい。

スナップ診療できる疾患に絞って回転率を上げる

「スナップ診断」といって、特徴的な症状からすぐに診断につなげる総合診療領域の言葉があるが、その診療版とでもいうべき「スナップ診療」のパッケージを作って回転率を上げて、多くの患者さんを診療できる体制を構築するのが大都市型クリニックの診療戦略である。

かくいう蓮池先生も、比較的スナップ診療しやすい診療分野である「皮膚科」「一般内科(風邪など)」「泌尿器科」に絞って診療科を標榜されている。

また、ホームページも、スナップ診療可能な疾患に絞ってコンテンツマーケティングされているように見うけられる。

まさにクリニックにおけるサプライチェーンを熟知されている。

スナップ診療しやすい診療分野での開業は、医師のリクルート時にも強い味方になってくれる。

すでに述べた通り、都市型クリニックでは患者単価を下げる分、患者数を多くみるのが基本戦略なので、順調に経営していれば、いずれどこかで非常勤医師あるいは常勤医師を採用しなければならなくなる。

一人の医師(院長)が診れる患者数にはやはり限りがあるし、2診制にすると、仮に2人のうち1人が何らかの理由で大幅に診療時間をオーバーしていても、残りの1人がスムーズに診療できていれば極端に患者を待たせることはなくなる。

これは、1レーンの道路で事故渋滞が起きたら動かなくなるが、2レーンなら遅いながらも動いているのを想像していただけると分かりやすいかと思う。

当然だが、専門性が高い診療科・診療内容であればあるほど、採用市場は狭くなるのでリクルーティングがしにくくなる。

もし、スナップ診療しづらい診療科での開業を考えていたとしても、比較的スナップ診療しやすい疾患に絞ってマーケティングするのが良いだろう。

コンパクトなチームでPDCAを回せ

今や常勤医師5人診体制で診療しているSクリニックだが、先に述べた通り、開院当初は院長の蓮池先生1人+医療事務1人で1診制での診察をスタートされている。

その後、2019年までに、クリニック規模の拡大に応じて3度移転されている。

まさに、私がこれまで解説してきたことを、JH先生は実践されている。

H先生が初期研修医の頃から明確に大都市部でのビル開業をイメージされていたかは定かではないが、結果的には氏のキャリアと開業戦略はマッチしているようにみえる。

20-50代の働き世代が圧倒的に多い新宿エリアで、彼らのニーズに応えた形の診療を展開されている。

基本的に高齢者がメイン層となる慢性疾患を対象とした糖尿病・循環器内科や整形外科で、同様の戦略をとることは難しいだろう。

開業初期は、沢山のスタッフを雇用したり、高い広告費をかけたりと、いきなり資本を投入するのではなく、まずは少人数のチームで高い利益率を作るワークセットを確立することが重要である。

開業前に思い描いていたプランと開業後の実際は、解離することが多い。

開業前は、勤務医時代に自分の得意な専門分野で集患し、患者数を伸ばしていこうと考える人がやはり多いと思う。

しかし開業すると、自分の専門分野の疾患の有病率は低く、診療圏の広い総合病院では成立するが、クリニックレベルの診療圏では受療率が低すぎることに気付いたりする。

すると、マーケティングから院内オペレーションまで修正する必要が出てくるのだ。

この際、院長1人にスタッフ1~2名なら、非常に小回りが利き、実際の診療の場で患者から受けたフィードバックをホームページにすぐ反映したり、スタッフのオペレーションもすぐ変更しやすい。

ちなみに余談になるが、ホームページは開業後に必ず修正や追記する必要が出てくるので、拡張性の高いWord pressなどで作り、ホームページの簡単な記事の追加や修正くらいは必ず院長ができるようになっていた方がいい。

反対に、開業直後からいきなりロケットスタートをきろうとして、広い床面積のテナントに複数の診察室を構え、バイト医や大勢の看護師や事務員を雇用すると、固定費がかさむばかりか、上述の方針転換を迫られたときに、マーケティングやオペレーションの転換コストが高くなる。

スタッフを1~2名にせねばならないとは言わないが、初期の3か月~半年ほどはコンパクトなチームでPDCAを回すことで、利益率の高い検査・治療などが見えてくる。

それが分かってから、改めてホームページを含むマーケティングおよび院内オペレーションを最適化し、しかるの後に大規模な資本投入をするので決して遅くない。

まとめ

以上、Sクリニックをケースとして、都市型クリニックの経営戦略について考えてきた。

共通している考えは、「家賃が高い分、他の固定費を下げ、損益分岐点を上げないようにする」ことである。

少しでも参考になって頂ければ幸いである。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?