【神奈川のこと57】ブリックパックと門馬さん(相模原市/東海大相模高校)

今年も神奈川高校野球の夏が始まった。

そして、今夏限りで、これまで春夏計4度、甲子園での優勝を果たした、我が母校、東海大相模高校野球部監督の門馬敬冶さんが退任することとなった。

よって、これを書く。

昭和61年(1986年)、高校一年生。陸上競技部の一年坊の昼休みというのは、まずグラウンドに行って、いわゆる一つの「グラセン(グラウンド整備のこと)」を行なう。

ほんでもって、部室で弁当を食べたら、校舎に戻って、先輩の飲み物を買ういわゆる一つの「パシリ(使い走りのこと)」を行う。

まず、三年生の陸上部の先輩がいる教室に行く。「おう、小林。今日は俺、コーヒー」とか言って先輩から小銭を渡される。いくつかのクラスを巡り先輩からの「注文」を頭に叩き込んで、地下の食堂へ向かう。

ついでに、当時の野球部のエース、五味さんなんかの分も頼まれる。

校舎の地下にある食堂の自動販売機。

買うのは、森永乳業のピクニック。そう、いわゆる一つの「ブリック(ブリックパックのこと)」って奴だ。

頼まれたブリックパックを買って、三年生の教室に再び戻る。「おう、ご苦労さん、お釣りはいいよ」とか言われてすぐさま、今度は二年生の先輩がいる階へ。

ここを素早く移動しないと、途中で別の三年生の先輩に捕まってしまう。遠くから、「小林!」と叫ばれやしないかと、背中をゾクゾクさせながら、耳を立てながら速歩きで移動。

二年生のT先輩の教室に行く。このT先輩の苗字は、我が母校の頭二文字そのものという、冗談のような正味な話だ。

「おう、小林、お前遅いよ。俺、今日はグレープフルーツ」と正味な話のT先輩は、小銭を渡しながら、口をとがらせて言う。

ちなみに、先ほどから出てくる「コーヒー」や「グレープフルーツ」というのは、ブリックパックの種類の名称である。

その時に、決まってそのT先輩と一緒にいたのが、野球部の門馬さんであった。

「おい、門馬、お前どうする?」とかなんとか、T先輩が門馬さんに聞く。「じゃあ、俺、いちご」と門馬さんが何味を指定したかまでは、正味な話忘れたが、とにかく頼まれる。

そんでもって、再び、地下の食堂へブリックパックを買いに行く。

そんなことを毎日やっていたので、当時の門馬さんは、私のことを陸上部の一年生として認識してくれていたようだ。

それ以降は、廊下とかで会ってあいさつをすると、「おう」、と無愛想ながらも返事をしてくれたもんだ。

そんな門馬さんは、平成11年(1999年)に野球部監督に就任。その翌年の平成12年(2000年)のセンバツ甲子園大会で、筑川投手をエースに見事、優勝を果たす。

嬉しかった。

優勝インタビューの門馬さんは、まるで身内がテレビに出ているようで、なんだかこちらが照れ臭かった。ただ、その輝かしい姿は、愛甲投手を擁して全国制覇をした時の、横浜高校の渡辺監督のインタビュー「感無量です」と重なった。

しかしその後は、苦しい年が続いた。

夏の大会に勝てない。

三年連続で神奈川県の決勝敗退というのもあった。

敗戦後、テレビを通して観る門馬さんの虚ろで寂しげな表情に、とうてい察することのできない重圧や何やら複雑な心情が見て取れた。見ていて心底辛かった。

門馬さんが監督に就任した時にはすでに、22年間、夏の甲子園出場から遠ざかっていた。その、「〇〇年の夏の扉」の数字が毎年、どんどんと重くなっていくのが分かった。

横浜高校が強すぎたし、桐光学園や慶応なんかも台頭してきて、もう一生、夏の甲子園では我が母校を観ることができないのではないかと考えていた。

ただ、門馬さんが監督になってから、着実に力が付いてきていると感じていた。

そして、平成22年(2010年夏)。錆びついて、ずっしりと重くなった扉は、33年目でようやく開かれた。あの時に、TVK(テレビ神奈川)を通じて観た門馬さんの喜びを嚙みしめる表情に、「そうっすよね!」と震えるほど強く共感した。

あの夏の甲子園一回戦、茨城県代表の水城高校戦は、妻と子供たちを連れて、そして、関西に住む大学時代の同級生と一緒に甲子園で応援した。

それ以降の快進撃は、記すまでもないが、平成23年(2011年)センバツ優勝、平成27年(2015年)45年ぶり夏の全国制覇、そして、今春、令和3年(2021年)センバツ優勝。

「俺は、門馬の野球が嫌いだ」

と、目の肥えた高校野球通の友人は言う。

そういう意見も当然あるだろう。

否定はしない。

けれども、何十年もの間、母校の甲子園出場を願い続け、祈り続けてきた一介の卒業生にとって、門馬さんは間違いなくヒーローなのである。

野球部にとって、暗黒の時代と言っても過言ではない、80年代から輩出された救世主なのである。

ブリックパックを買った甲斐があったと言わせていただきます。

後輩冥利に尽きると言わせていただきます。

最後の夏から目が離せない。

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