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【神奈川のこと69】ばっちいスープ(横浜市中区/根岸台ハイツ)

数年ぶりにかみさんが買ってきてくれた。

よってこれを書く。

「人生の最後に食べるとしたら何か?」

「明日、死ぬとしたら何を食べたいか?」

この手の質問がよくある。

明確である。

唯一無二でこれである。

キャンベルのクリームマッシュルームスープ。

昭和50年(1975年)前後、物心のついた時に暮らしていた根岸台ハイツのダイニングでの朝ごはんによく出てきた。

「ばっちいスープ」。

見た目からそう呼んでいたので、我が家ではそれで通用した。

朝ごはんは苦手であったが、このばっちいスープの時は嬉しかった。

母が、「今日はばっちいスープよ」と言って起こしてくれた。

サラサラ一辺倒ではない、不意に固まりと出くわす濃淡相まみえるスープの湖。そこにゴロゴロと好き勝手な間隔で浮かぶマッシュルームたち。

滑り止めのためだろう、デコボコとした缶の手触りは、指の腹でさすっても、爪の先でいじっても、手のひらで握っても心地が良い。

食べ終わったら、空き缶の腹をスプーンでコンコンと叩く。すると鈍く曇った優しい音がする。

赤地に白い綴り字で記された、Campbell'sの文字を見ただけでお腹が鳴る。

ちなみに、マッシュルームは、「マ」にアクセントを置いて、息継ぎもせず一気に発音する。

かみさんは、「マッシュ」と「ルーム」の間で息継ぎをするように発音する。そう、「ロンパー・ルーム」と同じように。

キャンベルのスープには、他にも種類がある。

好きだったのは、チキンヌードルと、ABCスープだ。

ABCスープは野菜がたくさん入っていてそれは嫌なのだが、アルファベットの形をしたパスタが入っていて楽しかった。

魅惑のキャンベルスープ。

人生の最後に食すのは、これと決めている。

根岸台ハイツのベランダから、京浜工業地帯の煙突たちを、飽きもせずいつまでも眺めていた。

昭和50年(1975年)の秋。







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