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【神奈川のこと87】優しい闇(鎌倉市、藤沢市ひと巡り)

金曜の深夜、久しぶりに一人でドライブした。
よって、これを書く。

8月は誕生月だというのに、何だか息が詰まりそうな想いで過ごした。
少し前から「一人で深夜の海岸線をドライブしたいな」と考えていた。でも、カミさんからは「ガソリン代が高いから用事がないのに車を運転しないで」と最近言われてる。

だから、金曜の夜は帰宅して夕飯を済ませ、シャワーを浴びたら、カミさんが寝静まったのを確認して、こっそりと家を出た。
お供は、佐野元春の最新アルバム、「今、何処(どこ)~WHERE ARE YOU NOW~」だ。

静まり返った深夜の住宅街。慎重に運転席のドアを開けて乗り込む。
座席の位置を下げ、シートベルトを締めて、眼鏡をかけたら、バックミラーをほど良く調整する。「OK」とつぶやき、エンジンキーにゆっくり手を伸ばしていざ出発。

優しい闇に車が滑り出す。
ランダム機能を使ってCDをかける。
誰もいない西鎌倉の街を通り抜ける(BGM:大人のくせに)。
それほど気にかけていた曲ではなかったが、何だか今夜はしっくり来るぜ。
目白山下で酔っ払いのサラリーマンの横を通り過ぎたら、海岸線へ。
優しい闇に江の島が浮かぶ(BGM:明日への誓い)。
信号を左折して、国道134号線を東へと向かう。

そう、いつの頃からか、スピードを出すことに興味が失せた。
普通の道なら40km/hぐらいがちょうどいい感じ。
親友のひのちゃんは学生の頃からゆっくりと運転した。
当時から落ち着いた大人の心を持っていたんだろうと今思う。

七里ヶ浜の海岸沿いの道を制限速度の50km/hちょうどぐらいで走る(BGM:永遠のコメディ)。
真後ろにトラックが煽るようにくっついてきやがる。
でも、元春の歌声と歌詞、サウンドが心に刺さっているから大丈夫。
坂ノ下の信号で後ろのトラックは引っかかり、突き放す。
「ふん、マイペースが勝つぜ」とバックミラー越しにニヤリ。

しばらく走って信号左折、若宮大路。
鎌倉殿の13人の気分を少し味わいたかったが、茶髪の兄ちゃんたちが、一の鳥居の辺りの車道でたむろしてやがる。気分もへったれくもねぇ。流鏑馬でも打ち込んでやりたい気持ちで身構えながらアクセルを踏むと、意外にもあっさり車をよけていった(BGM:銀の月)。

誰もいない段葛を走る。カトリック雪ノ下教会では洗礼を授かり、結婚式を挙げた。鶴ヶ岡会館では、学生時代の親友、要司が結婚式を挙げた。披露宴で即席バンドをこしらえて「約束の橋」を熱唱したことを思い出す。

八幡様の赤信号でしばらく止まる。岐れ道方面からパトカーがやってきて若宮大路へと向かっていたので、あの茶髪の兄ちゃんたちはどうなるのかと一瞬考えた(BGM:植民地の夜)。

八幡様を右手に北鎌倉へと車は向かう。建長寺の門の前を通過し、踏切を渡って北鎌倉駅を通り過ぎる。幾人かが通りを歩いていたが、皆、幸せそうな表情をしていた。金曜の深夜、風情ある北鎌倉のストリートは何でこんなにハッピーでピースフルなのか(BGM:さよならメランコリア)。

小袋谷の信号を右折して大船方面へ。
おっといけない、ガソリンはどうなっているかと思い、メータを除くと満タンであった。「ああ、カミさんが明日、町田の実家に行くと言っていたのでそれでか」と考えた。この目盛りを一個でも減らしてしまうと、この秘密の深夜ドライブがばれてしまう。もう帰宅の途につくべきかと考えたが、「ええい、ままよ」と横須賀線と東海道線の踏切を渡って、柏尾川沿いを藤沢方面へ(BGM:水のように)。

藤沢市に入り、村岡の街を通り抜けて一気に藤沢駅までやってきた。
郵便局前の信号を左折し、片瀬へと車は向かう。引き続き40km/hで。
ガソリンメータはまだ減ってない。カミさんはどんな夢を見ているのか(BGM:斜陽)。

ここまできて、ようやく今夜最も聴きたかった曲、「冬の雑踏」が流れる。
一緒に口ずさむ。ミルフィーユのように何層にも重なり合った元春らしいグッドソングだ。

鎌倉市に戻り、腰越の江ノ電の線路の上を走り、小動(こゆるぎ)から再び海岸線へ。BGMは消した。最後の数分間は音楽無しで走るのだ。
鎌倉高校前の坂を上って下って、津村に舞い戻った。
ガソリンメータは減ってない。誰にも気づかれない。完全犯罪は成立。

ためらうことなく、眠りに落ちた。

翌日、後部座席の窓が半開であったことから、「夜、車乗ったの?」とカミさんに訊かれたので素直に罪を認めた。

でもおとがめはなかった。

優しい闇に包まれながらの深夜ドライブ。今夜も夜をひとまたぎ。
煽られても40km/hで往け。



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