アートが高額になる本当の理由
加熱するアート市場
2017年、約510億円という美術史上最高額で落札されアート界を震撼させた《サルバトール・ムンディ》。あの《モナリザ》の作者でもある、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品とされ、サウジアラビアの皇太子が落札したそうです。
この作品に限らず、アートの市場は加熱の一途を辿っています。アートバーゼルとUBSが発表したレポート「Art Market 2023」によれば、2022年の世界のアート取引額は678億米ドル(約9兆75億円)だそうです。
2024年のレポートはこちら↓
この額だけを聞いてもいまいちピンとこないかと思いますが、今流行りのK-POPの市場規模が2021年時点で81億米ドルだそうなので、相当な市場規模だと想像がつくでしょう。
しかし、(言い方は雑ですが)「原価」だけを考えると、ほんの少しの木枠と布に、絵の具を少々塗っただけのものに、何億何十億という値段がつく世界…不思議だと思う人が多いのではないでしょうか?
一体なぜアート作品は、ありえないくらいの高額な値段がつくのか。
その回答としてこんな話をよく聞きませんか?
これは一部事実であるものの、芯をついている回答とは言えません。この話だけでは、アート作品はまるで「心で買う慈善事業」みたいな意味合いが強くなってしまっていませんか?
果たして10万円くらいの少額な作品ならともかく、「個人の好きという曖昧な感情」だけで、億を超えるお金が動くでしょうか?
「慈善」という感情は、これからの時代に重要な要素を帯びており、アート市場に全く関わりがないわけではないのですが、アートが高額になる理由はもっとシンプルなところにあります。
アートが高額になる理由
作品が高額になることには、ちゃんと理由があります。
高額になる市場心理をごく簡単に表すと、「作品をもっと高額にしたいから」です。アート作品は高額で買うと、もっと高額になるのです。
どういうこと?と思う人は、「アートの隠された価値」にまだ気づけていません...!
アートには定価がないので、販売価格の履歴がそのまま市場相場になります。
メルカリで、スニーカーが定価とは違う価格で売られているのと近い感覚です。
つまり、作品を高額で購入すると、その履歴が残り、他の作品の相場も上がるのです。
例えば1万円で購入した作品を競売※に出します。
それを購入する際に、(イカサマでも正当でも)競り合った結果、落札価格が10万円になったとします。
そうすると、元は1万円だった同じ作家の作品相場も同じくらい(10万円前後)の市場相場になるのです。もしかしたら次はさらなる利益を見込んで、15万円で落札する人もいるかもしれない。
(※1万円の作品が競売に出品できるかという話は別です。しかるべき機関に出品する際には厳正な審査があります。)
例では少額で紹介しましたが、何千万円・何億円になる作品は、既にある程度の評価が定まっています。
こういったマイナスな要素が発生しない限り、再生産ができないマスターピースであるアート作品は、価格が上がっていく一方なのです。
近代にオークション制度や美術館という権威施設が生まれて以降、アートは文化財としての価値を確かなものにしました。
お金持ちがアートを購入する理由
アートは今や、株や金よりも1番乱高下が少ない、安定した資産と言われています。(これがお金持ちたちがアートで資産形成をする1番の理由です)
それは、あとで手放すことになっても、然るべき機関に出せば、(現時点では)必ず同価格かそれ以上で購入する人が現れるからです。
また、「高額になった」という履歴が、他の作品相場も引き上げることにつながります。それは、同じ作家だけではなく、同系統や同時代、同地域の作品も含めて波及することもあります。
なので、自分のコレクションの価値を高める意味でも、パフォーマンス的にあえて高額で落札することもあります。
ダミアンハースト、バスキア(ZOZOの前澤さん)の落札戦略などが分かりやすい例かと思います。極端な高額落札はそれだけでニュースになるのです。
また、この逆の場合、つまり落札価格が下がってしまう場合ももちろんあります。悲惨なのは、まだアーティストの知名度がそんなに高くないのに、作品が無断で競売に出品され、誰もその出品に気づかず売買不成立となった場合。
または、落札されたものの普段の相場よりも低い金額の場合もあります。
こういった場合、何千万、何億とインフレするのとは真逆の事態が起きますので、事態の収集が困難になります。アーティストは何も悪くないのに、相場がどんどん崩れていくのです。
なのでアート界には、「買い支える」という明言されていない文化があります。
ここまで築いてきた相場が崩れないように、パトロン(推し活している人)が、なるべく出品情報を網羅し、作品が出品されるようなことがあれば問答無用で入札・落札するのです。
これがアートがマネーゲームと言われる所以です。現代において、アーティストとパトロンはある種「運命共同体」のような関係性にあるのです。
このように高額で落札することにはちゃんと理由があるのです。
アートの価格が示すこと
また、落札価格は国同士のヒエラルキーを暗に示したりします。
最高落札価格上位10位を全て西洋美術が占めているのは、そういう理由です。
次の2つの表をご覧ください。
日本のアートも近年において健闘はしているものの、ご覧の通り、アートの最高額は欧米と日本でおよそ20倍規模の差があります。
なぜこのように明確な差が生まれているのでしょうか?
私はその理由として以下の3つの要因を考えています。
「武力の序列:戦争で勝利すること」
今の世界経済をアメリカが主導しているのは、戦勝国であることが大きな要因であることは、多くを語らずとも周知の事実かと思います。
今でこそ敗戦国ですが、日本にもかつて「戦勝国としてのチャンス」が訪れたタイミングがありました。およそ100年前の日清日露戦争の辺りです。列強国に力技で勝利し、日本の文化や芸術が世界に注目される機会が訪れたことがあったのです。
しかし、いざ日本のアートについて語ろうとしても、西洋化に必死だった当時、自国の芸術論が学術的に確立していなかったので、政治家は世界交流の場において誰も日本のアートについて語れなかったそうです。
(これが、日本のアートの国際的ヒエラルキーを下げた大きな要因とも言われています。)
「知力の序列:学術的な蓄積を重ねること」
欧米では自国の芸術性を高めるあらゆる工夫を、昔から絶え間なく行なっています。古代ギリシャの時代から現代まで一本筋を通している美術史は、他の地域にはなかなかな見られないでしょう。
またアート活動を公共事業として積極的に支援したり、論文発表や批評活動などを推奨し、学術的にも自国のアートの価値を担保する下地を形成している国も多くあります。芸術教育が、自国のアイデンティティを形成し継承されることを理解しているのです。
また、近年ではアフリカ地域に関係する作品や作家が、多く取り上げられるようになっています。これは、グローバル社会の発展や、多様性を重んじる社会風潮に合わせた動きです。
今までの西洋中心主義的で白人主義的な歴史の語り方では、取り上げられる機会が少なかった地域を意識的に取り上げ、視野の広さや表現の多様性を主張したい美術業界のトレンドでもあるのです。
「財力の序列:経済的に発展すること」
ところで、最近は中国や東南アジアのアートの価格が、徐々に上昇しています。その理由はわかりますか?
理由は簡単です。人口増加による経済発展の見込み、その期待感がアートへの注目度を高めているのです。
先ほどのアフリカのお話と同様に、今までさほど掘られていなかったアジア地域のアートですが、その経済発展と併せて今後しばらくは加熱し続けるでしょう。
日本のアートのこの波に乗って、「アジアアート」としてアジアの文脈に乗せて、世界に売り出すチャンスが大いにあると思います。
みなさんは、”日本らしいアート”とは、どんな姿をしていると思いますか?
ショート動画の「煽りアート」の正体
話はガラッと変わりますが、最近はTikTokなどで制作の様子を短い動画にまとめて挙げることが盛んです。
ショート動画で「私の作品は1円にも1億円にもなります。あなたならいくらで買いますか?」なんて主張している方もいます。しかしこれは、単純に不勉強か、炎上ねらいの煽りパフォーマンスでしかないと考えています。
実績も権威性も文脈も制作歴もないのに、何千万、何億という値段で買う人はいないのです。(社会実験としてお金持ちと手を組み、あえて高額販売を繰り返して「架空の市場価値」をつくりだすのはおもしろいと思いますが。)
実はこの話は「パフォーマンスアート」として捉えるとおもしろいのです。
一見めちゃくちゃに絵の具を撒き散らし「アート」っぽいことを行うことで、「これって本当にアートなの?」「こんなん自分でも作れる」といった批判のコメントを煽っている猛者たち。さらにその批判のコメントに対して、音声で返答しながら動画では新たな「アートっぽい」絵の具の塊をつくる。
これは、一見すると動画に写っている「絵の具の塊」そのものが作品と思いがちですが、実は違うのです。私は「一連のパフォーマンスそのもの」がリレーショナルなアート性を帯びていると捉えています。
今日的なデバイス(メディウム)を駆使して、視聴者(消費者)の心理や、市場の構造(コメントをもらえると拡散されやすいシステム)をうまく捉え、ステレオタイプになっている「アート制作っぽい行為」を通じて、鑑賞者とコミュニケーションを図る。
「アートは絵の具を使ったよくわからないもの」という世の中の漠然としたイメージや、わからないことが恥ずかしくて語ることを控えていた社会の実態・本音を、「匿名で攻撃しやすい動画形式」によって見事に明るみに出すことに成功しています。つまり、動画に写っている物体ではなく、動画そのものとコメントの内容が「社会状況を結晶化したもの」つまりアート作品なのです。
今はまだ制作サイドにその自覚がないため、自然現象的なものに止まっていますが、アーティストが意図したパフォーマンスとしてそのコンセプトを公式に表明したり、批評や評価を行う権威が現れれば、立派な「現代アート」として語られる現象かと思います。
私たちができること
話題が少し逸れたついでに、別の話もしましょう。
もし、あなたの身近に推したい作家がいたら、作品がなるべく売れ残らないように購入してあげるといいです。
そうするとだんだんと作品相場が上がってきて、自分が以前購入した初期作品の相場も徐々に上がるでしょう。
1年や5年の単位で売るつもりで買うのではなく、30年後の売却を見越して、活躍に投資するつもりで購入するのがおすすめです。
(数年では何も変わらないし、短期での転売はむしろ作家にとってマイナスの要素しかないので、絶対にしない方がいいです。またフリッピング(短期転売)は業界でも嫌われています。ブラックリストにも載りやすいので、まじでやめましょう。)
また、美術作品は1作品100万円以下の作品であれば、経費計上することが可能になりました。さらに、1作品30万円以下の作品であれば合計300万円まで経費にすることができます。
近い将来に大きな借金をする予定がなく、どうせ税金で持っていかれるのであれば、現金を作品に変えて保有するというのも有効な方法と言えるでしょう。
日本の人は投資のような考え方を毛嫌いする方も多いので、そういう方は別に投資でなくてもいいです。単純に応援として、またはインテリアとして、購入するのもいいでしょう。
というか、アート作品を資産として購入する人は、飾らないことが多いのですが、アート作品は空間に飾るととてもいいですよ。(今回はその話はしませんがYoutubeでも語っているのでぜひご覧ください。)
作品を買うのが難しければ、SNSで作品を紹介するだけでもいいと思います。あなたの高評価が、作家の価値を高め、活躍に導きます。
まとめ
いかがだったでしょうか?
このアカウントでは、「日本のアートリテラシーが高まればいいな」という想いで、様々なアートの情報を発信しています。(普段は鑑賞メイン)
この話で新たな発見があったという方は、ぜひ高評価をよろしくお願いします。
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