これから美術史を勉強してみたい人にオススメの本を紹介してみた。
美術史を勉強してみたいけど、どんな本を読めばいいのかわからない!
という人向けに、美術史の入門書を紹介していこうと思います。
その前に、入門書にはいくつかのタイプがあって、どういう目的で勉強したいかによってそれぞれ向き不向きがあります。なので、目的をはっきりさせておくことが大切です。
あなたがどうしてなぜ美術史に関心をもったのか、それはどんな関心なのかによって、おすすめできる本も変わってきます。
たとえば、美術鑑賞を楽しむことが目的なら、有名な作家の作品や各時代ごとの特徴をまず押さえておきたいですよね。であるならば、豊富な作品の図版が載っていて、それらの作品がどういった時代につくられたのかを解説してくれるような本がよさそうです。
もしくは、美術史という学問に興味があるというなら、どういった学問なのか説明してくれる本が適しているでしょう。
そもそも美術ってなんなの? というような本質的なことを知りたいという目的だったら、美学や芸術哲学といった理論系の本を読むといいかもしれません。
ということで、今回は
①鑑賞を楽しみたい
②美術史学に興味がある
③そもそも美術ってなんなの?
という三つの目的に合わせて、入門書を紹介していこうと思います。
①美術鑑賞を楽しみたい
さきほども述べたように、美術鑑賞を楽しみたいなら、まずは有名なアーティストの作品や各時代ごとの特徴を押さえておきたいところですよね。美術史といえば西洋美術史と日本美術史の二つに大きく分かれていますので、ここでもそれぞれ紹介します。
では、西洋美術史から行ってみましょう。
『西洋絵画の歴史』(全3巻)
『西洋絵画の歴史』(全3巻)は、コンパクトで図版も豊富かつカラーで読みやすく、ルネサンス期から20世紀までの美術史の流れをつかむことができます。
キリスト教美術においては教会という設置場所と絵画の内容が連動していること、市民社会が形成されていくにつれて絵画のジャンルが多様化したことなどが個々の作品の分析の中で明らかにされていくさまは読んでいて楽しい。
近代以降の美術は、作家それぞれの興味関心によってさまざまな動向へと分裂していきました。そこで3巻では時系列ではなくテーマを共有する作品ごとに分析するという方法を採用しています。要点を抑えながら、近代以降の混沌っぷりをこのコンパクトさにまとめあげるのは、すごい手際の良さです。
このシリーズで扱っているのはタイトルにある通り絵画が中心であることと、ルネサンス期以前の古代~中世美術はフォローしてないのが難点ですが、美術といえば絵画、西洋美術といえばルネサンスというのがやっぱり王道でしょう。
ルネサンス期以前の時代では、古代については『ギリシャ美術史入門』がおすすめです。ほかのビザンツ、ロマネスク、ゴシックといった時代の手軽な入門書となると、ちょっと思いつきません…。すみません。
『西洋美術の歴史』(全8巻)
西洋美術史のおおまかな流れはもう知ってるからもっと深堀したものを読みたい、という場合におすすめなのが『西洋美術の歴史』(全8巻)。
このシリーズは、図版が最小限でテキストが多め。各時代の専門家が深い議論を展開していきます。これ以上まとまったものは、いまのところありません。一冊一冊がかなりのボリュームで読み応え抜群です。自分の興味のある時代だけでも買って読んでみるのが良いと思います。
つぎに、日本美術史に行ってみましょう。
『教養の日本美術史』
通史の本は、『教養の日本美術史』がおすすめです。
ほぼすべての時代をフォローしているのはもちろん、ジャンル史の記述が充実しているのが特徴。工芸や水墨画、書、浮世絵などに個別の章を設けており、痒いところに手が届く一冊となっています。どの章の内容にも密度があり、各章末尾の読書案内から自分の関心を広げていけるガイドブックとしても使える、これ一冊で満遍なく日本美術史に入門できるオールマイティーさが魅力です。
欠点は、カラー図版が一つもないことと、専門用語が解説なしに出てくる箇所がままある点。日本美術史の記述って作法みたいなものがけっこうあって、とっつきにくい面があるかもしれません(わたしの場合とにかく漢字が読めなくて困ることが多いので、もっとルビ振ってほしいって思います)。
カラー図版がたくさんある類書には『日本美術史』(美術出版社)がありますが、そのかわりテキストは概説といった趣ですし、ジャンルについての言及も少なめです。どちらも一長一短がありますね。テキストで知識欲を満たすの重視か、カラー図版を見る楽しさ重視かで選びましょう。
『日本美術全集』(全20巻)
日本美術史もおおまかな流れは知ってるからもっと深堀したいという人向けの本というのは、紹介するのがむずかしいんですよね。西洋美術史の場合と違って充実した通史のシリーズというのが出ておりません。
ということで、ここでは『日本美術全集』を挙げておきます。
全巻揃えるとなんと33万円(!!!)。一巻だけでも1万5千円です。お高いので近所の図書館で探してみるか、なければリクエストを出して買ってもらうか、他館取り寄せサービスなどを駆使してアクセスしてみてください。気に入った時代の巻があったらそれだけ買い求めるのもありです。
ちなみにこれが大型美術全集としては刊行される最後のものなのではないか、なんて言われています。だとしたらそれは寂しい限りですが、これからはデジタル鑑賞の時代なのは明らかですから、しょうがないのかもしれません。コロナ緺においては、ますますネット鑑賞を充実させていこうという流れになってきていますし。印刷の精度にも限界があって超高精細のデジタル画像にはどうしても見劣りします。
とはいえ、現時点ではネットでアクセスできない作品はまだまだたくさんあります(それもそれで問題なんだけど)。画集もまだまだ貴重な情報源です。
『講座日本美術史』
美術全集には節目節目にテキストや巻末に専門家の論考が収録されているとはいえ、メインは図版です。そこで通史のシリーズではないですが、深い議論に触れてみたいという人向けに『講座日本美術史』を紹介しておきます。
通史のシリーズではなく、ゆるやかに設定されたテーマごとに論考がまとまっている論集です。通史的な記述に縛られないからこそ可能な個別の議論が展開されています。研究者からしてみれば通史って膨大な研究に目配せをしなければいけなかったり、そのわりに紙幅も限られていたりと制約が多く、逆にこういう各論のほうがのびのびとした記述をしている人が多い気がします。なので、通史とはまた違った面白さがあると思います。
最初に、西洋美術史と日本美術史が日本における美術史の二大領域であると述べましたが、それもよくよく考えてみればおかしな話です。なぜ中国や韓国やインドなどの美術史はマイナーなんでしょうか。日本美術史の創始者である岡倉天心は「Asia is one.(アジアは一つ)」と言ったのに。それにはいろいろな説明ができると思いますが、ここではそれはおいておきます。
中国美術史については、最近ようやく通史のシリーズ『中国美術全史』が刊行され始めましたのでそれを紹介しておきます。江戸時代までの日本は程度の差こそあれど、つねに中国から文化を輸入し続けてきました。日本を考えるうえでも中国は重要な存在です。
もうひとつ現代アートも最近は入門書が増えています。一般的に現代アートは敷居が高いと思われていますし、たしかに理解するとなると簡単とは言えません。どうしても理論的な話が多くなってしまうからです。
しかし、なにしろわたしたちは現代に生きているわけですから、現代の感性でいろんなものを日々消費しているわけです。現代の感性で作られたアートだって理解できるはずだし、その中に魅力的なものがきっとあるはずです。
『現代美術史』
おすすめなのが『現代美術史』。社会と芸術の関係というテーマを軸に、社会への積極的な関与を志向した(ときには変革といったより強い語調を伴う)芸術運動を取り上げ、現代アートのひとつの歴史を紡ぎだしています。数ある現代アートの入門書の中でも、これがいまのところ無難と思います。
『現代アート入門』
つぎにおすすめはこちら。アヴァンギャルド(前衛)とはどんな思想なのか、技術の発達によるメディウム(作品を作る材料)の多様化によってアートがどう展開していったか、なぜピカソが天才扱いされるのかといった疑問から、アートとマネーの関係まで、重要な議論を展開しています。
『絵を見る技術』
最後に鑑賞についての本も紹介します。『絵を見る技術』は、そのタイトル通り絵の見方を、もっと言えば絵の構造を読み解く方法をレクチャーしている本です。
ようするに目利きですね。作品を鑑賞するうえでは、もちろん自分の好みとか、その作品の時代背景とか作者像とかの文脈も大事なのですが、それ以前の問題としてその絵が客観的に見て上手いのか下手なのかというのがわかったほうが鑑賞するうえでの面白さは絶対アップします。
②美術史学に興味がある
美術史という言葉には二つ意味があって、一つは美術の歴史、これは先ほどまで紹介してきた本で記述されるような歴史のことです。もう一つは学問としての美術史、美術史学そのもののことです。美術品を分析するための方法論にはいろんな種類があります。
『西洋美術史入門』
いろんな方法論の中でもオーソドックスな分析方法を紹介しているのが『西洋美術史入門』です。美術史学の基礎的な方法論であるイコノグラフィー(図像学)とイコノロジー(図像解釈学)について解説し、実際にそれを駆使して作品を分析しています。
『美術史の歴史』
図像学や図像解釈学、様式論といった美術史の研究手法のほかにも、最近ではいろいろなアプローチがあります。ヴィジュアル・カルチャー・スターディーズとか表象文化論とかフェミニズム批評とかマルクス主義批評とかイメージ人類学とか。
そういったことを網羅している入門書としては、『美術史の歴史』があります。ただしイメージ人類学という手法は、比較的最近の沸騰ワードなので触れられていません。
この本では芸術を捉える理論の歴史として章が設けられているので一石二鳥な感があるのですが、残念ながら絶版です。まずは図書館で取り寄せて読んでみてください。
『美術を書く』
美術史学ってそういうものか~と理解できたなら、次のステップは何か作品について文章を書いてみるというところですね。『美術を書く』は、その手引き書としてうってつけです。
美術のための文章読本の決定版 “A Short Guide to Writing About Art”(第7版)の日本語版ということで、アメリカで美術史を学ぶ学生が読む定番の本らしいです。比較的新しい美術史学の動向もフォローしているし、懇切丁寧な説明に好感が持てます。教科書として定評があるのも頷ける一冊です。
③そもそも美術ってなんなのか知りたい
美術って何なの?という本質的な疑問は、哲学の一分野である美学とか芸術哲学などが取り組んでいるテーマです。例えばあのプラトンとかアリストテレスとかも、アートとは何かについて語っていることは、美学の説明をするときにたいてい触れられることです。
『美学への招待』
まずおすすめなのが『美学への招待』。美学とはどのような学問なのかを解説する本です。この本が特徴的なのは、美術の用語には外国語を翻訳したものがたくさんある(むしろほとんどがそう)のですが、そうした翻訳語がもつ語感の微妙なニュアンスを、一般人の日常的な感覚に即してとらえていくというスタイルで、入門書としてもかなり独特な文体です。
『でも、これがアートなの?』
『でも、これがアートなの?』は、お騒がせな現代アートを理論的に解釈すると…?という切り口から始まって、芸術のいろんな解釈の仕方を紹介してます。伝統的な芸術の解釈からはじまって、ジェンダーや民族、性的指向など現代的なテーマまでバランスよく取り上げています。語り口がまた魅力的で、やわらかい文章でありながら、かっこいい文言がちりばめられていて読んでいてワクワクします。ただし、もうすでに絶版。図書館を探すか、中古で買い求めるしかないのが惜しいところです。
美術史のおすすめ入門書の紹介は、以上になります。気になる本がみつかったなら幸いです。
できるだけ最近刊行されたものを選びましたが、これからもどんどんいい本が出版されるはずです。そのときは、また別の記事で紹介できたらと思います。
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