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After 2020 - 危機を乗り越えたGPパドック - No.239より

ハードエンデューロの台頭、KTMの離反、コロナ危機、プロモーターの交代。この数年間を振り返ると伝統的なエンデューロは何度も危機的な状況に直面してきた。競技スポーツとは何か、プロスポーツとは何か、エンデューロとは何か。答えは見出すことができたのだろうか。

Text : Hisashi Haruki
Photos : ENDURO21 Team

 ENDURO GP(FIMエンデューロ世界選手権)のプロモーターだったABCコミュニケーションのアラン・ブランシャールは、KTMグループからの提案に頭を悩ませていた。2015年から2017年にかけてのことだ。彼らは、ENDURO GPにいくつかの提案をし、それを具体的にシリーズ戦に適用するようにスポンサーとして圧力をかけていたのである。

 ひとつは、それまで排気量によって3つに区分されていたメインクラスを統廃合し、GPクラスを設定、それを世界一を競うメインのクラスと位置付けること。もうひとつは、流行のハードエンデューロやクロスカントリーレーシングをシリーズ戦に組み込むこと。

 ハードエンデューロが台頭していることは事実で、あるいは、それはENDURO GPの将来にプラスになる選択かもしれないと考えられた。KTMグループはメインスポンサーではなかったが、それはKTMとHusqvarnaというビッグチームの去就にも関わることで、ブランシャールはその要求を呑まざるを得なかった。

 2017年、ENDURO GPは伝統の選手権に手を加え、多種目混合のシリーズにしてしまう。同時に、シード選手を集めたGPクラスを設定し、それをメインクラスとして位置づけ、PRに努めた。

 しかし、それはどちらも不評のままに終わってしまう。(注.当時のGPクラスは、現在のオーバーオールカテゴリーとは違い、指定選手がシードされた別枠のクラスだった)

 そればかりか、KTMは結局、ENDURO GPから撤退。ライダーもチームも引き上げてしまったのだ。そして自ら肝煎りの新団体を発足、2018年から新シリーズを立ち上げ、これをエンデューロの頂点として喧伝するに至る。

 WESS(ワールドエンデューロスーパーシリーズ)。背景にはRed Bullのメディアパワーが控え、このシリーズは成功すると誰もが思ったに違いない。WESSはハードエンデューロ、あるいはエクストリームエンデューロのシリーズ戦だと思っていた人が多いと思うが、実際は、エルズベルグのようなレースだけではなく、ISDEスタイルの伝統的な形式のエンデューロやビーチレース、クロスカントリーレースも含まれる異種混合のシリーズ。すなわち、ENDURO GPに求め、半ば呑ませた内容を、自ら別の場所で具現化したようなものだった。

 いろいろなスタイルのレースを走って誰が一番強いかを競う。すなわちこれが真の世界一決定戦である、というのがWESSのコンセプトだった。

 確かにそういう側面はあったかもしれないが、しかし実際には、ハードエンデューロイベントだけを選択してスポット参戦するライダーが多いし、クロスカントリーやクラシックエンデューロのライダーはそもそもWESSに興味を持たない(ジャービスやビリー・ボルトらと一緒にハードエンデューロなんて走れない)。実際にシリーズ全戦をフォローするライダーなど極くわずかで、だからほとんどシリーズの体を成していなかった。

 一方のENDURO GPは、スペシャルテストのタイムアタックのために技を磨いてきたライダーたちが、一斉スタートの耐久レースをしたり、トライアルライダーと一緒に渋滞する岩場で苦戦したり、一貫性も独自性も喪失し、そればかりかトップチーム、トップライダー(KTMグループのこと)の多くを失い、完全な死に体となってしまった。

 やってしまったと思った時には、手遅れ寸前だった。しかし、ABCコミュニケーションは、今度は冷静に対応している。KTMの離反がはっきりとしたことで開き直ることができたのだ。

 エンデューロはエンデューロでなければならない。人気が獲れそうだからといって「エンデューロのようなもの」で衆目を集めようとして本質を損なってしまったことを自覚したのである。

 2019年、すべてのラウンドを本来の競技形態(パルクフェルメ+タイムチェック+スペシャルテスト方式)に戻した。

 突然、専門外のことをやらされて戸惑っていたライダーたちが、また生き生きと競技に組むことができるようになった。スペシャルテストで1/100秒のタイムアタックに全力をぶつける。ただそれだけのことに命をかける。

 いろんな仕掛け工夫、目新しいものを導入すること。ENDURO GPも右往左往したが、結局、本来の姿を取り戻すことが重要だった。伝統的な競技。それがENDURO GPの独自性であり、選手の能力を引き出す一貫性であり、ファンを引き付ける魅力だったのだ。ハードエンデューロを見たいファンは、サルビーニがそれをやっているのを見るより、ジャービスの神業を見にいったほうがいい。その逆に、ジャービスのスペシャルテストは、まあまあ速いとはいっても芸術的と言えるほどのことはない。

 結果、ENDURO GPは人気を回復し、コロナ状況下にも関わらず堅調を維持し、2020、2021年も休止することなくシリーズを成立させることになった。

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