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処理水の海洋放出。風評対策しかない。

福島第一原発の「処理水」の海洋放出をめぐって国内外が騒がしいですね。これについて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

そもそも「処理水」ってなに?

多くの人が知るように、福島原発事故によって、高濃度の放射性物質を含む「汚染水」が発生しました。その汚染水を“多核種除去設備”などで浄化し、原発敷地内のタンクに貯蔵しているのが「処理水」です。少し難しくなりますが、“多核種除去設備”は汚染水に関する国の「規制基準」のうち、環境へ放出するのをよしとするときの基準である「告示濃度限度(参考資料①)」より低いレベルまで放射性核種を取り除くことができると言われています。しかしながら、この設備でも除去できない放射性物質があり、それがいま話題の「トリチウム」です。つまり、大部分の放射性核種が取り除かれているものの、除去できなかったトリチウムを含んでいるのが「処理水」ということです。

ところで「トリチウム」ってなに?

「トリチウム」は放射性物質のひとつです。「放射性物質」とは放射線を出す物質のことです。それでは「放射線」とは何かと言うと、少し難しくなりますが、アルファ線、ベータ線、中性子線などの“粒子放射線”とガンマ線やX線などの“電磁波”を指します。これらの放射線は、エネルギー量や物質を貫通する能力(放射能)に違いがありますが、放射線自体は細胞内にある遺伝子を切断する力を有しています。そして、その切断のされ方によっては、遺伝子は修復ができなくなり、細胞ががん化する危険性があります。「放射線を浴びるとがんになるリスクがある」と言われるのはこのためです。また、トリチウムは水素の同位体(化学的に同じ性質の物質)で、水素と同様に水として自然界に存在するため、汚染水から分離することが困難です。言い方をかえると、水として存在するということは、海水・雨水・水道水などにも含まれているということでもあります。放射線は物質を貫通する能力に違いがあると上に書きましたが、トリチウムのエネルギーは小さいため、紙一枚で遮蔽できるとされています(参考資料②)。

どうして、海洋放出することになったのか?

日本政府と東京電力は、これまで処理水を福島原発の敷地内のタンクに貯蔵して、トリチウムを大気や海洋に放出することを避けて来ました。ところが、敷地内にある1,061基のタンクが、2022年夏以降に満杯になる見込みなのです。そして、これ以上のタンクを増設することは事実上不可能と言われています。このため、日本政府が長い年月をかけて採択した措置は、年間22兆ベクレル以下の処理水を太平洋に放出するというものでした。ここでひとつの疑問が生じます。それは「海洋放出以外にトリチウムを処理する方法は無いのだろうか?」ということです。じつはこれについても、すでに議論が尽くされています。処理水の取り扱いは、①地層注入②海洋放出③水蒸気放出④水素放出⑤地下埋没の五つの案を候補にして、ながらく研究・検討されて来ました。結果的に②か③の案に絞られましたが、時を経て、「海洋放出の方がより確実に実施できる」と結論づけられました(参考資料③)。

反対しているだけでは、誰も救われない

(A)貯蔵タンクは増設できず、2022年夏に満杯になる
(B)既述の①~⑤の選択肢のなかで「海洋放出」が最適解

こうしてみると、現実的に処理水は海洋放出するほかないような気がします。これに反対の声を上げている人々は、AかBに対案を提起するか、あるいはまったく別の超画期的な方法を提示する必要があります。なぜなら、福島原発事故について、確かに東京電力や日本政府はその責任を免れないでしょうが、もはやこの事故は日本国民全員の問題であると、私は思うからです。対案を提示することをせず、「政府と東電は責任をもって別の対処をしろ」「専門家はもっと知恵をしぼれ」と怒ってみても、福島県の人々、ひいては日本人にとって何の解決にもならないのではないでしょうか。解決策を示さずに批判だけするのは、無責任と言わざるをえません。

しかしながら、福島県漁連の野崎哲会長が「福島の漁業者の意思として処理水の海洋放出を容認することはできない」と反対の立場を表明なさったことに、私は日本人としていたたまれない気持ちになりました。漁業に携わる人々が批判の声を上げているのは、けっして科学的な考察を無視しているわけではなく、まして無責任なわけでもありません。この問題で風評被害が出れば、福島県の漁民の暮らしが脅かされるからです。処理水を海洋に放出すると決断した以上、日本政府と東電は、福島を含む東北地方のすべてにまつわる風評対策に全力を注ぐべきと思います。

福島第一原発が二年後から放出するトリチウム量は年間で22兆ベクレル。これは、冒頭の表に掲げたとおり、他の国々にある原発施設に比べてもけっして大きくない数値です。さらに、実際に放出する処理水は、トリチウムの濃度を国の基準の40分の1、WHO(世界保健機関)の飲料水基準の7分の1に希釈したものになります。もちろん「よその国がやっているからうちの国だってやっても良い」というわけではなく、また「他国の放出量より少なければ問題ないじゃないか」というわけでもないでしょう。少なくとも、科学的な眼差しでこの問題をみつめて、福島県・東北地方の利益と日本の国益にかなう行動を取るべきだと思うのです。

強靭な風評対策しかない

こうして、私がたどり着いた結論めいたものは、①おそらく処理水は海洋放出するほかない②日本と日本人を守るために強力な風評対策が必要だ、の2点です。米国の政府高官やIAEA(世界原子力機関)は、処理水の海洋放出にあたって日本の取った透明な手続きと、講じた安全対策に高い評価をくだす声明を発表しています。これに対して、東アジアの(ふたつの)国が過剰なまでの批判を繰り返し、日本に風評被害を与えようとしています。これは、科学ではなく政治的プロパガンダと言えるでしょう。この「プロパガンダ」に対抗するには、強靭な風評対策しかありません。もういちど言うと、国内に対しても、国外に対しても、強靭な風評対策こそが必要です。

処理水の海洋放出にまつわる、東アジアの政治問題については、もし次の機会があれば、そこはかとなく書きつくってみたいなと思っています。




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