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エッセイ280.おうちでロスト・イン・トランスレーション(20)説明マニア

夫婦で話していて私が、
(どうしてもこれは日本語で言いたい)
と思うことがあり、一生懸命それを「英語で」説明することがあります。

でもそれをすると、「その冗談のどこが面白いのか」を説明し終わったときのように、むしろ虚しくなります。
難儀なものです。



例えば。

ここ3週間ほど、私は面倒だけれども、しないわけにいかない用事をしていて、
そのためにいつも、頭の隅に気がかりと心配を抱えていました。
そして、それが終わってほっとしたのも束の間、なぜか気分が沈みました。
その気持ちを愚痴ろうとしていて、

「夫、やっと終わって嬉しいはずなのに、それまで気が張っていたせいか」

と、ここまで言いかけて、私は止まってしまいました。

(今私は適当に、"I have been tense." と言ったけれど、
    ちゃんと「気が張っていた」と、言えた気がしない)

と思ったからです。

多分、tense で間違いではないのでしょうけれど、「気が張っていた」と言った私の気持ちを、私が感じているように相手にも感じでほしくなりました。



そこで、話し始めたのを一旦中断して、説明を始めました。

「気が張る、って言う日本語は解らないでしょう?
「張る」というのは、タイトロープ(綱渡りの綱のこと)を、
あっちからこっちへ、ぐいーんと引っ張って、ピンとする。
それです。
長い物だけじゃなくて、面にも使います。
テントとかタープを、強い力で引っ張ってピンとさせる。
それと同じ感じで、神経や、気分を、緊張する状況の中でぴーんと「張る」、
それが「気を張る」といことで、そうすると、
心をずっと、そんなにタイトに引っ張られてたら、
神経が疲れてくることでしょう。
そのために余裕を失くして、息が浅くなるというか、
ピリピリするというか、自然に目が吊り上がってしまうというか。
そういう気持ちになるでしょう。
気持ちが一点に集中して、気づくところに気づかない、
感じるものを感じない、ということもあるでしょう。
「気が張る」というのは、そういうふうに心が緊張することですね。
ワカリマシタカ?」

もう、一生懸命になってしまいます。
長いし、暑苦しいですね。

「夫、わかる?」

・・答えは、日本語で、
「はい、なんとなく」

でした。

こんなふうに、近いものに置き換えるしかない言葉というのは、
外国語にはたくさんあります。

で、「伝わってほしい」という気持ちが強すぎるとき、
こんな厄介なコミュニケーションになってしまうわけです。

でも、あまりに言葉のニュアンスにこだわり過ぎると、
話の流れが阻害されますから、そこはごまかしごまかし、
なんとか間に合わせの言葉を探し出して、毎日喋っております。

夫婦で英語字幕付きの日本映画を一緒に楽しんでいますし、同じ本を、どちらか言葉の翻訳で読んでいたりしますが、英語と日本語のどちらで話していても、片方にとってそれは必ず外国語で、それはもう永遠に変わることはありません。

式にしますと、

男女の隔たり✖️言葉の隔たり=結構 辛い😭

となります。

言葉でどうしても伝えられない空隙を埋めるのは、
とりあえず「愛の力」だったりするのですが、愛だけでは全然足りません。
なんとかなっているのは、私が滅多にいない面倒臭い女であるのに対し、
夫が「辛抱がパジャマ着て寝転んでいるような男」だからでしょう。


ドラマや映画を一緒に見ていて、一時停止をしてもらうことがよくあります。

いつか、うどんについての番組を見ていて、夫が、
「うどんのコシって、どこ?」
と言いました。

そんなこと訊かれたら大変です。一時停止です。

夫、それは腰じゃないよ、コシだよ。
コシとは、どんな麺類でも、茹ですぎると失くなるやつです。
コシがある麺というのは、アルデンテ、ではないよね。
固すぎる、の半歩手前でしょうか。
名古屋の味噌煮込みうどんは、超固くて他県の人がびっくりするけど、
あれは「コシがある」というのとは微妙に違います。
それにしても山本屋本店の味噌煮込みうどんは高い。
うどんであれはない。
それはいいんだけど、コシのあるうどんは、
噛んだ時に、固めではあるものの、固いだけではありません。
噛んだときのその噛み心地がしっかりしていると言うか、
噛み応えに、満足感を覚えられるというか。
応え、というのは、reactionのことだから、
こっちが噛む、うどんがちゃんと応えてくる。
うどんが、bounce backしてくる感じ。
そういうテクスチャーのことを「こし」というのでしょう」

一生懸命話しているうちに、また深い沼へずぶずぶずぶ・・。


諦めることも多いです。

「お前さんいうものはまぁ、なんとも頼りない。
   暖簾に寄っかかって麩ぅを噛んでいるようなお人やなぁ・・」

という、上方落語で聞いたことのある表現についても、
夫に話してみたいけれど、
「麩」から説き起こさなければならないので、やめておきます。


「嘘をつけ!」と言うけれど、
それは、「嘘をつくな」じゃないの?
なぜ、「嘘をつきなさい」と言うの?

と訊かれましたが、答えられませんでした。
ほんとうに、なぜこう言うのでしょうか。



この間、「引越し大名」(字幕なし)を見ていて大受けしました。
私の大好きなミッチーが、幕府からの刺客に追い回されて逃げ惑い、

「勘弁いたせ〜」

と言った、それがとても面白かったのです。
勘弁してよ〜、が、高貴な殿様なので「勘弁いたせ」・・・。
これのどこが面白いかって、さすがに説明できませんでした。


バイリンガルではない同士の、外国人同士のコミュニケーション。
そのもどかしさは、宇宙服を着てハグしているようなもので、
とても大変ですが、味のある苦労であるとは思っています。

・・・・と、無難に苦しく、まとめてみました。






コメダのコーヒーと並んで、
大火傷注意報のいつも出ている山本屋本店の味噌煮込みうどんです。
気をつけてくださいね。


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